飛んでけ! レディバード

萩尾雅縁

文字の大きさ
上 下
8 / 8

8.イースターの奇蹟

しおりを挟む
 シャラシャラ――、と半透明のカピスシェルの連なるウィンドチャイムが涼しげな音を立て、ドアが開く。

「いらっしゃいませ」

 軽く会釈して入ってきた客に、ゲールも簡単な挨拶を返した。いや、むしろそれ以上の言葉が出なかったのだ。店内を見回しているこの3人組のうちの1人に、釘付けにされていたのだから。

 その東洋系の黒髪の子は、かなり上品な言葉遣いだけど違和感がある。イギリス人じゃないのかもしれない。連れの男はロンドン訛りで、もう一人の美女はフランス訛りだ。イースター休暇で旅行中の大学生。服装や喋っている内容から、ゲールはそう推理する。
 だけど、そんなことはどうだっていい。彼を一目で惹きつけたのは、そんなことじゃない。

 この東洋系の子の姿が、半分透けていたからだ。

 半魂――。ここにいるのはこの子の魂の半分だけ。もう半分は、ゲールと同じように靴下を片方だけはいて眠って、夢のなかに留まっているのだろうか。




「うん、綺麗だね、これにする」

 オカルトグッズこの手のものにに詳しいらしく、あれやこれやと説明しているフランス訛りの美女に相槌を打って、黒髪の子は棚に並ぶ虹色の香り付き蝋燭アロマキャンドルのひとつを手にとった。継いで香り違いのものも。真剣な表情で物色している。

「香り、いろいろあるんだね。どうしようかな」悩ましげな大きな鳶色の瞳が、ふいにゲールへ向けられる。「あの、すみません、」

「うん、その蝋燭ね。5種類ほどあるんけど、それぞれ効能が違うからさ――」
     
 ゲールは緊張ではにかみながら、レジカウンターから立ちあがった。

 
 
 ゲールだって伊達に店の手伝いをしている訳じゃない。商品を売る術として、客を楽しませる話術は心得ている。ほがらかに雑談を交えながら、彼らの土産選びを手伝った。だがその間の、ゲールの動作はぎこちない。つい無意識に左頬に手を当ててしまう。頬に沿って流れるような三角形を描いている痣が、熱を持って火照っているように感じられてたまらなかったのだ。もっとも、火照って赤くなっていたのは、耳まで含んだ顔全体だったのだが。


「これ、きみに。テントウ虫レディバードは、幸運を運んできてくれるんだ」

 ゲールは包装した商品を受け取ろうと伸ばされた手に、小指ほどの小さなブローチをのせた。

「え――、ありがとう」
 ぽかんと驚いた顔を見せ、それからにっこりと会釈した黒髪の子に、「また会うかもしれないし。俺もロンドン大、キングス志望なんだ。ま、Aレベルの結果次第だけどね」ゲールは照れたように笑い返す。
「そうなんだ。試験、お互いに頑張ろうね。――それじゃ、ありがとう」
 その子は袋を手に取ると、律儀に礼を繰り返した。





 彼らが店を出ると途端にゲールは脱力して、ほぅっと椅子の背もたれに寄りかかる。しばらくぼんやりと閉じたドアを見つめていたが、やがて、ふにゃりと口許をほころばせた。
 手にしたクレジットカードの利用控えを目の高さにあげ、そこに記された名前を嬉しそうに小声で読みあげる。

「アキラ・ヒラサカ。――ロンドン大学準備コース留学生」

 
 ゲールの放ったテントウ虫レディバードは東、ロンドン方面へ飛び立った。そのロンドンから訪れた東洋人は、霧のなかで一瞬垣間見た彼の運命にとても似ている。それに何より、半透明の不思議な姿をして――。

「焦ることないって。9月になれば、カレッジで逢えるじゃん」

 追いかけていきたい衝動を抑え、ゲールはゆっくり深呼吸する。


 未来の伴侶に出逢えたのだ。だけど、まだまだゲールの恋は始まらない。

 この秋、ロンドン大学で彼の運命に再会するまでは。
 そして、そこからようやく彼らの物語が始まる。
 
 

                了    

しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

mash:m
2021.05.03 mash:m

何度も霧のはし虹のたもとでシリーズ読ませて頂いているのですが、一作目のコウの旅行の合間にまさかこんな出来事があったなんて!となんだか一波乱ありそうな雰囲気にワクワクしました。

三作目がとても楽しみです、応援しています☺︎

2021.05.03 萩尾雅縁

霧のはしシリーズに加えて、こちらもお読み下さりありがとうございます!
今回の主人公ゲールは三作目に登場予定で、その紹介をかねての番外編にしてみました。
コウ視点に戻る三作目、少しづつですが書き始めています。
楽しみに待って下さっている方がいることが、何よりの励みです。
一日でも早く公開できるように頑張ります。

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!

naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』 シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。 そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─ 「うふふ、計画通りですわ♪」 いなかった。 これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である! 最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。