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1.クリスマスチャイルド
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あなたは、クリスマス生まれの子どもの言い伝えを聞いたことがあるだろうか?
12月25日に生まれた子どもは、誕生日とクリスマスが同じ日だから贈り物を一つしかもらえない。それは、なんと悔しいことだろう。だから神さまは、代わりにこんな二つの贈り物を、この日生まれの子どもにご用意くださったという――。
この聖なる日にゲール・マイスターは生を受けた。壁の時計を朦朧と見つめていた彼の母親が、渾身のいきみで無理くりこの日の終わる直前に産み落したのだ。そもそもの予定日より3日も早めて陣痛促進剤で出産日を操作し、16時間もの微弱陣痛に耐えてのようやくの誕生だ。母親は産後のくたびれ切った蒼白な顔で、それでも手を叩いて喜んだそうだ。もちろん、毎年巡ってくる誕生日そしてクリスマスに、あげる贈り物が一つですむから、などというケチなことを考えてのことじゃない。
クリスマスという特別な日に合わせた出産だなんて、病院だってさぞ迷惑なことだと思うだろう。だが残念なことに、この人口8千人程度の小さな町では、彼女のような母親は珍しくない。むしろ、クリスマスはベビーラッシュだといっていい。なんといってもこの町は、英国最大の聖なる地グラストンベリーなのだ。
この一風変わった土地柄で、贈り物が一つにまとめられる日の代償に神さまがくださるという――、「妖精が見える能力」と「幽霊につきまとわれる権利」、この特別な贈り物を望まない親がいるだろうか。
だがそれは、贈り物を受け取る子ども本人とは関係ないところで決定されるのだ。少なくともゲールは、この贈り物に翻弄される自分の生を手放しで喜んではいられないのに。
ゲールは贈り物のために何かしら酷いめにあうたびに、夢見るような瞳の母親から、この誇らしい武勇伝を聴かされた。
「ちょうどこの日にあんたを産むのは、本当に大変だったのよ、だから、」
だからあなたは、この贈り物をもっと誇らなければならないのだ、と――。
冬の陽射しが柔らかく降りそそぐ午後には、この町の人々も心なしか浮かれた様子で、手にはいかにも特別な装いのショップバッグを下げて行き交っている。今日の大通りはクリスマスに次ぐかきいれ時だ。なんといっても誰もが贈り物を手に愛を語る、バレンタインデーなのだ。
ゲール・マイスターはこの人混みの中を、肩を丸めポケットに手を突っこんで、ひどい仏頂面をして家路を急いでいた。彼の家は大通り添いの小径をくぐった、スピリチュアルグッズや占いの店が軒を連ねる小さな中庭の一角にある。「ウインド チャイム」と洒落た書体で描かれ、流れる銀色の風に躍る月と星とで装飾された、紺地の看板がひときわ目を引くあの店だ。
濃い紫色で縁どられたウィンドウを覗いてみると、パワーストーンやタロットカード、魔女鍋や箒までが艶やかな黒地のサテンの上に所狭しと置かれている。それに革のボロボロになった緋色の古本。これには非売品の札がついている。それらの品々を、天井から吊り下げられた大小さまざなタルキッシュランプが、柔らかな灯でより一層怪しげに彩っている。
その横にある、箒に乗った魔女のシルエットプレートのかかる空色のドアを、ゲールはため息を呑みながら押した。
シャラシャラ――、と丸い半透明のカピスシェルの連なるウィンドチャイムが、涼しげな音を立てる。
「あら、しけた顔しちゃって。あんたの小鳥は今年も現れなかったようね。17にもなって、デートする相手もないの?」
小さなレジカウンターでパソコン画面を睨んでいたこの店の魔女――、ゲールの母親は、からかうような瞳で艶やかな唇を引き上げ、学校から戻った息子を迎えた。この現代の魔女は、お守りや占いグッズを売るおまじないのスペシャリストだ。それにアロマセラピーなども施術するので、店内は複雑に絡み合うお香の匂いが染みついている。
「約束くらいあるよ」
ゲールは母親と目を合わせないように視線を泳がせながら、彼女の前を通り抜け、二階へと続くドアに手をかけてこの場をやり過ごそうとしたのだが――。当然、そんなあからさまな嘘を母親が見逃すはずがない。
「あらー! 連れてらっしゃいよ、相性を占ってあげる!」
「いいから」
からかう声にぼそりと返して、ゲールは店舗と自宅とを分けるドアの向こうに急いで消えた。バタン、と音を立てて閉められたこちら側では、母親が吊り上げていた唇の緊張を解いて、ふぅと吐息を漏らして言う。
「誰に会うっていうのよ。おバカさんねぇ。恥ずかしがる年齢でもないでしょうに――」
12月25日に生まれた子どもは、誕生日とクリスマスが同じ日だから贈り物を一つしかもらえない。それは、なんと悔しいことだろう。だから神さまは、代わりにこんな二つの贈り物を、この日生まれの子どもにご用意くださったという――。
この聖なる日にゲール・マイスターは生を受けた。壁の時計を朦朧と見つめていた彼の母親が、渾身のいきみで無理くりこの日の終わる直前に産み落したのだ。そもそもの予定日より3日も早めて陣痛促進剤で出産日を操作し、16時間もの微弱陣痛に耐えてのようやくの誕生だ。母親は産後のくたびれ切った蒼白な顔で、それでも手を叩いて喜んだそうだ。もちろん、毎年巡ってくる誕生日そしてクリスマスに、あげる贈り物が一つですむから、などというケチなことを考えてのことじゃない。
クリスマスという特別な日に合わせた出産だなんて、病院だってさぞ迷惑なことだと思うだろう。だが残念なことに、この人口8千人程度の小さな町では、彼女のような母親は珍しくない。むしろ、クリスマスはベビーラッシュだといっていい。なんといってもこの町は、英国最大の聖なる地グラストンベリーなのだ。
この一風変わった土地柄で、贈り物が一つにまとめられる日の代償に神さまがくださるという――、「妖精が見える能力」と「幽霊につきまとわれる権利」、この特別な贈り物を望まない親がいるだろうか。
だがそれは、贈り物を受け取る子ども本人とは関係ないところで決定されるのだ。少なくともゲールは、この贈り物に翻弄される自分の生を手放しで喜んではいられないのに。
ゲールは贈り物のために何かしら酷いめにあうたびに、夢見るような瞳の母親から、この誇らしい武勇伝を聴かされた。
「ちょうどこの日にあんたを産むのは、本当に大変だったのよ、だから、」
だからあなたは、この贈り物をもっと誇らなければならないのだ、と――。
冬の陽射しが柔らかく降りそそぐ午後には、この町の人々も心なしか浮かれた様子で、手にはいかにも特別な装いのショップバッグを下げて行き交っている。今日の大通りはクリスマスに次ぐかきいれ時だ。なんといっても誰もが贈り物を手に愛を語る、バレンタインデーなのだ。
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濃い紫色で縁どられたウィンドウを覗いてみると、パワーストーンやタロットカード、魔女鍋や箒までが艶やかな黒地のサテンの上に所狭しと置かれている。それに革のボロボロになった緋色の古本。これには非売品の札がついている。それらの品々を、天井から吊り下げられた大小さまざなタルキッシュランプが、柔らかな灯でより一層怪しげに彩っている。
その横にある、箒に乗った魔女のシルエットプレートのかかる空色のドアを、ゲールはため息を呑みながら押した。
シャラシャラ――、と丸い半透明のカピスシェルの連なるウィンドチャイムが、涼しげな音を立てる。
「あら、しけた顔しちゃって。あんたの小鳥は今年も現れなかったようね。17にもなって、デートする相手もないの?」
小さなレジカウンターでパソコン画面を睨んでいたこの店の魔女――、ゲールの母親は、からかうような瞳で艶やかな唇を引き上げ、学校から戻った息子を迎えた。この現代の魔女は、お守りや占いグッズを売るおまじないのスペシャリストだ。それにアロマセラピーなども施術するので、店内は複雑に絡み合うお香の匂いが染みついている。
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「いいから」
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