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第四章
夢の跡 3.
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そこで僕はそもそもの始まり、赤毛が彼を残して消えていた理由から、コウに尋ねることにした。
「彼はこの空白期間を、どこでどう過ごしていたの? せっかく偶然を装って僕たちを引き合わせたのに、どうしてあんなにも長い間きみを放っておいたの?」
どうも納得できないのだ。奴がアビーの人形を手に入れ壊したかったのならば、もっと早い時点でそうできたと思うのに。
「ドラコはきみに恰好つけて、引き合わせた、なんて言い方をしただけだよ。彼だって、きみが地の精霊の宝だってことを知らなかったんだ。僕たちの出逢いは必然だったにしても、ドラコが仕組んだってわけでもないんだよ。彼は地の精霊がどこに火の精霊の力を封じたのかさえ、知らなかったんだもの」
また訳が判らなくなってきそうだ。奴が仕組んだのではないのに、必然だなんて。コウの思考法は、僕にはかなり難解だと思う。この論理の飛躍がどういう過程を経て起こるのか、どうも気になって仕方がない。
「それなら、僕たちの出逢いは彼とは関係ない、アビーのペンの導いた運命って思ってもいいのかな?」
「うん、それはあると思う。あのペンには彼女の祈りが込められていたからね。でも、ドラコがいない間の僕は、そんな気配もまるで判らなくて――。なんだか夢のなかにいるみたいにあやふやなまま、必死に目の前の現実をこなすことで精一杯だったんだ」
ああ、それは僕も納得するよ。僕から見たコウは必死に現実にしがみついているようだったもの。
「それに受肉の儀式は、いちおう成功はしたけど不完全で、僕を生かすために彼自身の魔力を分けなくちゃいけなくなったから、ドラコは長期間人間の姿を保つのは無理だったんだ。だから彼は、新たに魔力を補給する道筋を立てたんだよ」
「どうやって?」
「ショーンとの旅行。僕は意図せずして火の精霊の龍脈を巡り、そこに足跡を残すことで新たな道を上書きして、大地に眠る彼の本体の力の一部を解放したんだ」
どう応えるべきか思いつかない。とりあえず頷く。
「それで僕も彼も魔力を増すことができて、忘れていたいろんなことを、少しずつ思いだすことができるようになったんだ」
どうも赤毛の暗示力は、奴自身がコウの側にいないと効果が薄れ、雑多な記憶の襞に埋もれてしまうらしい。けれどコウにとって、ショーンの存在もまた彼の魔術的な世界を補ってくれるものだったようだ。つまり、コウの必然であり強制力で以て働きかける力とは、彼の基盤となっている内的世界、即ち魔術的世界ということになるのだろう。意識のうえでどれほど遠ざかろうと、内へ内へと向かう引力に引っ張られ、彼はこの世界へと方向づけられるのだ。
だがコウにとって、それは死の欲動を意味するもの――。
なんとか理解できるようにと真剣に考えていて、つい難しい顔をしてしまっていたのだろう。コウはそんな僕を気にして、反応を窺っているような、そんな怯えを含んだ眼差しを向けていた。
その不安を受けとめるために、僕はにっこりと微笑みかける。「お茶のおかわりは?」と、空になっていたカップにお茶を注ぐ。
「僕がドラコと地の精霊の関係性や、彼の真の望みを知ったのは、彼が戻ってきてから――、それにこの館に囚われるようになってからなんだ。これだけは信じて。きみを騙したり、利用しようなんて気持は本当になかったんだ」
「うん、解ってる。心配しなくても、僕はそんなふうに考えたことは一度もないよ」
言い訳するように懸命に喋っている彼の髪を撫でさすり、こめかみにキスを落とした。同じ精神世界を経てきたからだろうか。僕は前以上にコウの感情の機微が解るようになった気がする。
「僕を怖がらないで。もっと僕に甘えて」
僕に受け入れられたい、と願うことが、逆にコウにとっては不安を掻きたてることにつながる――。
彼は決して自己主張のできない子ではなかったのに。酒に酔っていたり、本気で怒っているときのコウは、素直にその感情を解放することができていた。
出逢ったばかりのころの、日本での家庭環境や赤毛の抑圧からようやく解放され、のびのびすることができ始めていた彼の自我を潰し、再び今のような臆病なコウにしてしまったのは、僕なのだ。
彼に対する不誠実な僕の態度が、彼の希望を奪い、僕に対して正当な権利を望むことさえ奪っていたのだ。
そんなコウの不安の中心は本当は何であったのか、今は僕だって解っている。
「きみにとって、僕はやっぱりカメレオンなのかな?」
コウの頬を手のひらで包んだまま、ゆっくりと発語する。
「きみと一緒にいたい僕は、きっともうきみの色に染まっていると思う。他の誰かはいらない。きみ以外に対してそんな気持ちにならない。きみだけを愛してる」
「彼はこの空白期間を、どこでどう過ごしていたの? せっかく偶然を装って僕たちを引き合わせたのに、どうしてあんなにも長い間きみを放っておいたの?」
どうも納得できないのだ。奴がアビーの人形を手に入れ壊したかったのならば、もっと早い時点でそうできたと思うのに。
「ドラコはきみに恰好つけて、引き合わせた、なんて言い方をしただけだよ。彼だって、きみが地の精霊の宝だってことを知らなかったんだ。僕たちの出逢いは必然だったにしても、ドラコが仕組んだってわけでもないんだよ。彼は地の精霊がどこに火の精霊の力を封じたのかさえ、知らなかったんだもの」
また訳が判らなくなってきそうだ。奴が仕組んだのではないのに、必然だなんて。コウの思考法は、僕にはかなり難解だと思う。この論理の飛躍がどういう過程を経て起こるのか、どうも気になって仕方がない。
「それなら、僕たちの出逢いは彼とは関係ない、アビーのペンの導いた運命って思ってもいいのかな?」
「うん、それはあると思う。あのペンには彼女の祈りが込められていたからね。でも、ドラコがいない間の僕は、そんな気配もまるで判らなくて――。なんだか夢のなかにいるみたいにあやふやなまま、必死に目の前の現実をこなすことで精一杯だったんだ」
ああ、それは僕も納得するよ。僕から見たコウは必死に現実にしがみついているようだったもの。
「それに受肉の儀式は、いちおう成功はしたけど不完全で、僕を生かすために彼自身の魔力を分けなくちゃいけなくなったから、ドラコは長期間人間の姿を保つのは無理だったんだ。だから彼は、新たに魔力を補給する道筋を立てたんだよ」
「どうやって?」
「ショーンとの旅行。僕は意図せずして火の精霊の龍脈を巡り、そこに足跡を残すことで新たな道を上書きして、大地に眠る彼の本体の力の一部を解放したんだ」
どう応えるべきか思いつかない。とりあえず頷く。
「それで僕も彼も魔力を増すことができて、忘れていたいろんなことを、少しずつ思いだすことができるようになったんだ」
どうも赤毛の暗示力は、奴自身がコウの側にいないと効果が薄れ、雑多な記憶の襞に埋もれてしまうらしい。けれどコウにとって、ショーンの存在もまた彼の魔術的な世界を補ってくれるものだったようだ。つまり、コウの必然であり強制力で以て働きかける力とは、彼の基盤となっている内的世界、即ち魔術的世界ということになるのだろう。意識のうえでどれほど遠ざかろうと、内へ内へと向かう引力に引っ張られ、彼はこの世界へと方向づけられるのだ。
だがコウにとって、それは死の欲動を意味するもの――。
なんとか理解できるようにと真剣に考えていて、つい難しい顔をしてしまっていたのだろう。コウはそんな僕を気にして、反応を窺っているような、そんな怯えを含んだ眼差しを向けていた。
その不安を受けとめるために、僕はにっこりと微笑みかける。「お茶のおかわりは?」と、空になっていたカップにお茶を注ぐ。
「僕がドラコと地の精霊の関係性や、彼の真の望みを知ったのは、彼が戻ってきてから――、それにこの館に囚われるようになってからなんだ。これだけは信じて。きみを騙したり、利用しようなんて気持は本当になかったんだ」
「うん、解ってる。心配しなくても、僕はそんなふうに考えたことは一度もないよ」
言い訳するように懸命に喋っている彼の髪を撫でさすり、こめかみにキスを落とした。同じ精神世界を経てきたからだろうか。僕は前以上にコウの感情の機微が解るようになった気がする。
「僕を怖がらないで。もっと僕に甘えて」
僕に受け入れられたい、と願うことが、逆にコウにとっては不安を掻きたてることにつながる――。
彼は決して自己主張のできない子ではなかったのに。酒に酔っていたり、本気で怒っているときのコウは、素直にその感情を解放することができていた。
出逢ったばかりのころの、日本での家庭環境や赤毛の抑圧からようやく解放され、のびのびすることができ始めていた彼の自我を潰し、再び今のような臆病なコウにしてしまったのは、僕なのだ。
彼に対する不誠実な僕の態度が、彼の希望を奪い、僕に対して正当な権利を望むことさえ奪っていたのだ。
そんなコウの不安の中心は本当は何であったのか、今は僕だって解っている。
「きみにとって、僕はやっぱりカメレオンなのかな?」
コウの頬を手のひらで包んだまま、ゆっくりと発語する。
「きみと一緒にいたい僕は、きっともうきみの色に染まっていると思う。他の誰かはいらない。きみ以外に対してそんな気持ちにならない。きみだけを愛してる」
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