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第四章
虹のたもと 4.
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反射的にスティーブを押しのけていた。僕の瞳は彼越しにいるアーノルドを捉えていたのだ。
彼はゆったりとした足取りで魔法陣の周囲を遠巻きに回っていた。霧がかかって彼の表情が良く見えない。けれど、その口許が笑っているように思えたのだ。とても喜んでいるかのように――。
背筋が凍りつくようだった。
コウを奪われた。なぜか、そんな気がしたのだ。彼に騙されたのだ、と――。
「コウを返してくれ!」
思わず叫んでいた。何の根拠もないのに。僕の手を上から握って放さないスティーブをキャリーバッグごと振り払い、アーノルドに詰め寄っていた。
「コウをどこへやったんだ! コウを返せ!」
彼のジャケットを掴んで、乱暴に揺さぶっていた。まじかで見た彼は、やはり薄笑いを浮かべている。
「なにをそんなに興奮しているんだね、先生。そんなに慌てなくてもすぐに逢えるじゃないか」
「コウはどこにいるんだ!」
腹の底から湧きあがる憎しみで、どうにかなってしまいそうだ。
この男は、コウに何を仕掛けたんだ? コウは、ショーンはどうなったんだ?
生きているのか――。
「二人はどこにいるんだ!」
「アーノルド!」
背後にいたはずのスティーブの声が逆方向から聴こえ、思わず声の方へと振り向いた。
「やめろ!」
ものすごい力で、彼は、僕を突き飛ばした。
まるでスローモーションのように、アーノルドの動きが緩慢に見えた。つんのめり、転がるように走っているのに。
無理だ、間に合わない。
僕も彼に釣られ、引き込まれるように、走りだしていた。
魔法陣の外から、スティーブの手が、憎しみを込めて、振りかざされる。あの人形を円の中心に叩きつけるために。
僕は、アビーを助けようと――。
地面に落ちる前に、彼女を受けとめようと――。
カ、シャーンッ――!
柔らかで、冷たい、肌の壊れる音が響く。
それは何度も、何度も、繰り返し聴いたのと同じ音。
飛び散る鮮血。艶やかに光る黒い棺。喪服の弔問客。泣き叫ぶ赤ん坊。白薔薇に囲まれ横たわる、動くことのない彼女――。
スティーブが、アーノルドの頬を拳で殴りつけていた。アンナが彼の背中に飛びついて止めようとしている。けれどスティーブはやめない。崩れそうな彼の胸倉を掴んだまま、罵り続けている。
「目を覚ませ! この子にどんな罪があるというんだ!」
他の弔問客たちが割って入り、二人を引き離して宥める。
彼は、両手で顔を覆って泣いている。
スティーブは、唇をきつく結んで顔を背けたまま。
ぼうと浮きあがる鈍い光の円を踏み越えて、僕は泣き叫ぶ赤ん坊を拾いあげ胸に抱いた。
「母さん――」
砕け散った顔、バラバラになった身体、ちぎれた手足は辛うじてゴムで残骸が繋がっているだけ。
その光景を見ていた一瞬は、自分で感じたよりも、ずっと長いものだったのだろうか。
いつしか夕闇は視界を保てないほど濃くなっていた。闇空に薄く棚引く霧が、閉ざされた夜に濃淡をつける。
やがて頭上から光が射した。月が昇ったのだ。
僕はなぜか不思議に思わなかった。頭上に、月があることを――。そして、月の指し示す白い道を辿っていった。
何も、考えることも、何も、疑うこともなく――。
彼はゆったりとした足取りで魔法陣の周囲を遠巻きに回っていた。霧がかかって彼の表情が良く見えない。けれど、その口許が笑っているように思えたのだ。とても喜んでいるかのように――。
背筋が凍りつくようだった。
コウを奪われた。なぜか、そんな気がしたのだ。彼に騙されたのだ、と――。
「コウを返してくれ!」
思わず叫んでいた。何の根拠もないのに。僕の手を上から握って放さないスティーブをキャリーバッグごと振り払い、アーノルドに詰め寄っていた。
「コウをどこへやったんだ! コウを返せ!」
彼のジャケットを掴んで、乱暴に揺さぶっていた。まじかで見た彼は、やはり薄笑いを浮かべている。
「なにをそんなに興奮しているんだね、先生。そんなに慌てなくてもすぐに逢えるじゃないか」
「コウはどこにいるんだ!」
腹の底から湧きあがる憎しみで、どうにかなってしまいそうだ。
この男は、コウに何を仕掛けたんだ? コウは、ショーンはどうなったんだ?
生きているのか――。
「二人はどこにいるんだ!」
「アーノルド!」
背後にいたはずのスティーブの声が逆方向から聴こえ、思わず声の方へと振り向いた。
「やめろ!」
ものすごい力で、彼は、僕を突き飛ばした。
まるでスローモーションのように、アーノルドの動きが緩慢に見えた。つんのめり、転がるように走っているのに。
無理だ、間に合わない。
僕も彼に釣られ、引き込まれるように、走りだしていた。
魔法陣の外から、スティーブの手が、憎しみを込めて、振りかざされる。あの人形を円の中心に叩きつけるために。
僕は、アビーを助けようと――。
地面に落ちる前に、彼女を受けとめようと――。
カ、シャーンッ――!
柔らかで、冷たい、肌の壊れる音が響く。
それは何度も、何度も、繰り返し聴いたのと同じ音。
飛び散る鮮血。艶やかに光る黒い棺。喪服の弔問客。泣き叫ぶ赤ん坊。白薔薇に囲まれ横たわる、動くことのない彼女――。
スティーブが、アーノルドの頬を拳で殴りつけていた。アンナが彼の背中に飛びついて止めようとしている。けれどスティーブはやめない。崩れそうな彼の胸倉を掴んだまま、罵り続けている。
「目を覚ませ! この子にどんな罪があるというんだ!」
他の弔問客たちが割って入り、二人を引き離して宥める。
彼は、両手で顔を覆って泣いている。
スティーブは、唇をきつく結んで顔を背けたまま。
ぼうと浮きあがる鈍い光の円を踏み越えて、僕は泣き叫ぶ赤ん坊を拾いあげ胸に抱いた。
「母さん――」
砕け散った顔、バラバラになった身体、ちぎれた手足は辛うじてゴムで残骸が繋がっているだけ。
その光景を見ていた一瞬は、自分で感じたよりも、ずっと長いものだったのだろうか。
いつしか夕闇は視界を保てないほど濃くなっていた。闇空に薄く棚引く霧が、閉ざされた夜に濃淡をつける。
やがて頭上から光が射した。月が昇ったのだ。
僕はなぜか不思議に思わなかった。頭上に、月があることを――。そして、月の指し示す白い道を辿っていった。
何も、考えることも、何も、疑うこともなく――。
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