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Ⅺ もしも過去に戻れたら
82.カニングフォーク
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「悪霊祓い」
暫く考えてみたけれど、上手い説明は浮かんでこなかった。だから僕は正直にありのままを話すことにした。けれど思った通り呆れた顔をされて「悪霊祓い?」とオウム返しに訊き返された。僕だってこの話を聴かされた時、ショーンの今と同じ顔をしていたと思うもの。
「うん、火の精霊には浄化の能力があるからね、だけど、」
「ドラコは悪魔祓いみたいなものかい?」ショーンがにやにやしながら十字を切る。
「僕はエクソシストの方を知らないから」それを言うなら、ドラコの方がエクソシストに祓われる側だろう。苦笑して言葉を濁すしかない。「だけど、彼に頼るわけにはいかないよ」
ヴィーが僕に頼んできたのが、火の精霊を当てにしてのことかも定かではないんだ。依代だからそれなりの能力を持っているだろうと、勝手に誤解されているだけかもしれない。ああ、もう、ややこしい! なんだって僕はこんなことに巻きこまれているんだ! ゲールが風の依代なら、風の精霊が彼を救い出せばいいじゃないか――
などと恨みがましく考えたところできりがない。僕には解らない彼らの規則があるようで、彼らはしばしば人間を道具として使いたがるってことも、僕は解っていたじゃないか。
「確かにな。いくら侏儒の頼みでも、あいつを介入させるのは俺だって嫌だよ」
苦々しい想いが顔にでてしまったのだろうか。僕を労わるような口調で、ショーンが同調してくれた。
「ありがとう、ショーン。だけど、ここではむやみに十字を切らない方がいいよ。彼らは、」
「ああ、そうだったな! うっかりしてた。気をつけるよ」
急に神妙な顔をして、ショーンは深く頷いた。まるでこの天井裏に、壁の裏側に、床下に、彼らが潜んで聞き耳を立てている、とでも気にしているかのように。
おとぎ話の妖精たちは、キリスト教とは相容れないとされている。彼らは本来、異教の神々の末裔であり、征服者であるキリスト教会によって貶められた存在だからだ。そのことはショーンにしろ解っている。だからすぐにふざけたことを反省してくれた。
それにしても、悪霊を祓うという言い方は宗教的なのだろうか。ヴィーの話を聴いた時、僕が真っ先に思い浮かべたのは、比良坂の本家で毎年行われる大祓の神事だった。祓うという概念は僕には身近だし、日本でも悪霊祓いについて聞いたことがある。けれど、そのやり方が英国の魔女の死霊に効くかどうかは判らない。もし仮に効果があったとしても、ここにいたのでは段取りをおばあちゃんに尋ねることもできない。
「ねぇ、ショーン、英国での民間伝承では、悪霊払いってどうするんだろう? 悪霊や死人に憑りつかれる説話は読んだことがあるけど、憑かれた人は悪霊を追い払うんじゃなくて、願いを叶えてやって解放してもらう、ってパターンしか知らなくてさ。じゃなきゃ、憑りつかれたまま死んでしまうか」
現実的でない可能性を探るよりも、今ここでできる手段を見つける方が建設的だ。
伝承のなかで、悪霊に憑かれた人間は、どんなふうにその難から逃れていたのだろう? 蹄鉄やナナカマドなどの魔除けならすぐに思いつくけれど、すでに目をつけらているゲールを悪霊に諦めさせるには――
「うーん、そうだな……」ショーンはくるっと眼球を上に向けた。暫く考えてくれていたけれど、はぁ、と息をついて首を振る。「サウィンがそもそも悪霊祓いの意味があるんだけどさ」
「そのサウィンを乗り切れそうにないから、僕たちはこんなところにまで連れてこられているんだよね」
ショーンと顔を見合わせ、苦笑し合った。
おそらく、そんじゃそこらの魔除けで退けられる相手なら、こんなことにはなっていない。魔除けだけでは駄目。それ以外の方法を探さなくては。
コホンと咳ばらいをして、ショーンが真面目な顔をして人差し指を立てた。「まず、侏儒のヴィーがきみに悪霊祓いを依頼した理由から考えよう。要するに俺は、彼はカニングフォークとしての才能をきみにみているんだと思うんだが」
「カニングフォーク?」
「ああ」
聞き慣れない言葉に、僕は小首を傾げた。
「コウ、知らないのか!」
「そんな驚くようなこと?」
「そりゃ知ってるだろ。同じ分野を専攻して、同じ講義を受けてるんならさ!」
ショーンは軽く眉をしかめ、くるんと視線を上向ける。だがすぐにあ、と小さく呟くと僕に視線を戻して恥ずかしそうに笑った。
「こう言えば解かるかな? 賢い人、呪医、魔法使い。いわゆる民間呪術師、白魔女のことだよ」
「あ、それなら解る」
ほっとして頷いた。職業魔法使いのことだ。ショーンは僕を買いかぶるけれど、実際のところ、僕の知識には相当な偏りがある。この世の理についてドラコから教えられ、いろんな現象や歪みを調べたりはしても、僕は人間側からこの世界を学んできた訳ではないのだ。
けれど、イギリスでは教会の力はヨーロッパほど強くはなくて、民間呪術が、迫害されることなく脈々と受け継がれていた、という話は知っている。あちこちに教会はあるのに、英国の人たちはそこに行くよりも、土地に受け継がれてきた精霊や妖精を信じる方が多かったのだ。
「だけど僕は、お呪いの類で悪運を退けたり、使い魔を使役して悪事を探らせたりなんてできないよ」
「そうなのか! 充分やってると思うけどな。現に今、時を遡ってるしな。でもそんなことじゃない、カニングフォークの役割りってのはな、それとは別にあるんだよ!」
ショーンは瞳を煌めかせて、僕の顔を見つめた。
暫く考えてみたけれど、上手い説明は浮かんでこなかった。だから僕は正直にありのままを話すことにした。けれど思った通り呆れた顔をされて「悪霊祓い?」とオウム返しに訊き返された。僕だってこの話を聴かされた時、ショーンの今と同じ顔をしていたと思うもの。
「うん、火の精霊には浄化の能力があるからね、だけど、」
「ドラコは悪魔祓いみたいなものかい?」ショーンがにやにやしながら十字を切る。
「僕はエクソシストの方を知らないから」それを言うなら、ドラコの方がエクソシストに祓われる側だろう。苦笑して言葉を濁すしかない。「だけど、彼に頼るわけにはいかないよ」
ヴィーが僕に頼んできたのが、火の精霊を当てにしてのことかも定かではないんだ。依代だからそれなりの能力を持っているだろうと、勝手に誤解されているだけかもしれない。ああ、もう、ややこしい! なんだって僕はこんなことに巻きこまれているんだ! ゲールが風の依代なら、風の精霊が彼を救い出せばいいじゃないか――
などと恨みがましく考えたところできりがない。僕には解らない彼らの規則があるようで、彼らはしばしば人間を道具として使いたがるってことも、僕は解っていたじゃないか。
「確かにな。いくら侏儒の頼みでも、あいつを介入させるのは俺だって嫌だよ」
苦々しい想いが顔にでてしまったのだろうか。僕を労わるような口調で、ショーンが同調してくれた。
「ありがとう、ショーン。だけど、ここではむやみに十字を切らない方がいいよ。彼らは、」
「ああ、そうだったな! うっかりしてた。気をつけるよ」
急に神妙な顔をして、ショーンは深く頷いた。まるでこの天井裏に、壁の裏側に、床下に、彼らが潜んで聞き耳を立てている、とでも気にしているかのように。
おとぎ話の妖精たちは、キリスト教とは相容れないとされている。彼らは本来、異教の神々の末裔であり、征服者であるキリスト教会によって貶められた存在だからだ。そのことはショーンにしろ解っている。だからすぐにふざけたことを反省してくれた。
それにしても、悪霊を祓うという言い方は宗教的なのだろうか。ヴィーの話を聴いた時、僕が真っ先に思い浮かべたのは、比良坂の本家で毎年行われる大祓の神事だった。祓うという概念は僕には身近だし、日本でも悪霊祓いについて聞いたことがある。けれど、そのやり方が英国の魔女の死霊に効くかどうかは判らない。もし仮に効果があったとしても、ここにいたのでは段取りをおばあちゃんに尋ねることもできない。
「ねぇ、ショーン、英国での民間伝承では、悪霊払いってどうするんだろう? 悪霊や死人に憑りつかれる説話は読んだことがあるけど、憑かれた人は悪霊を追い払うんじゃなくて、願いを叶えてやって解放してもらう、ってパターンしか知らなくてさ。じゃなきゃ、憑りつかれたまま死んでしまうか」
現実的でない可能性を探るよりも、今ここでできる手段を見つける方が建設的だ。
伝承のなかで、悪霊に憑かれた人間は、どんなふうにその難から逃れていたのだろう? 蹄鉄やナナカマドなどの魔除けならすぐに思いつくけれど、すでに目をつけらているゲールを悪霊に諦めさせるには――
「うーん、そうだな……」ショーンはくるっと眼球を上に向けた。暫く考えてくれていたけれど、はぁ、と息をついて首を振る。「サウィンがそもそも悪霊祓いの意味があるんだけどさ」
「そのサウィンを乗り切れそうにないから、僕たちはこんなところにまで連れてこられているんだよね」
ショーンと顔を見合わせ、苦笑し合った。
おそらく、そんじゃそこらの魔除けで退けられる相手なら、こんなことにはなっていない。魔除けだけでは駄目。それ以外の方法を探さなくては。
コホンと咳ばらいをして、ショーンが真面目な顔をして人差し指を立てた。「まず、侏儒のヴィーがきみに悪霊祓いを依頼した理由から考えよう。要するに俺は、彼はカニングフォークとしての才能をきみにみているんだと思うんだが」
「カニングフォーク?」
「ああ」
聞き慣れない言葉に、僕は小首を傾げた。
「コウ、知らないのか!」
「そんな驚くようなこと?」
「そりゃ知ってるだろ。同じ分野を専攻して、同じ講義を受けてるんならさ!」
ショーンは軽く眉をしかめ、くるんと視線を上向ける。だがすぐにあ、と小さく呟くと僕に視線を戻して恥ずかしそうに笑った。
「こう言えば解かるかな? 賢い人、呪医、魔法使い。いわゆる民間呪術師、白魔女のことだよ」
「あ、それなら解る」
ほっとして頷いた。職業魔法使いのことだ。ショーンは僕を買いかぶるけれど、実際のところ、僕の知識には相当な偏りがある。この世の理についてドラコから教えられ、いろんな現象や歪みを調べたりはしても、僕は人間側からこの世界を学んできた訳ではないのだ。
けれど、イギリスでは教会の力はヨーロッパほど強くはなくて、民間呪術が、迫害されることなく脈々と受け継がれていた、という話は知っている。あちこちに教会はあるのに、英国の人たちはそこに行くよりも、土地に受け継がれてきた精霊や妖精を信じる方が多かったのだ。
「だけど僕は、お呪いの類で悪運を退けたり、使い魔を使役して悪事を探らせたりなんてできないよ」
「そうなのか! 充分やってると思うけどな。現に今、時を遡ってるしな。でもそんなことじゃない、カニングフォークの役割りってのはな、それとは別にあるんだよ!」
ショーンは瞳を煌めかせて、僕の顔を見つめた。
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