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Ⅹ 異界の入り口
69.情報が多過ぎると見え辛いこともある
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僕はいつまでたっても誰かにおんぶにだっこで、ちゃんとできていない。その事実を突きつけられたような気がした。いや、ショーンがわざとそうしたわけではないのだから、この言い方には語弊がある。
自分の考えに没頭している時、自分が何をしているか、ショーンやアルが僕を気遣って何をしてくれているのか、僕が気にも留めないことが問題なんだ。
友人を、こんな当たり前に荷物持ちに使っているなんて――
「あ、汗がひいて冷えてきたんだろ」
ショーンはごく普通のことのように僕の肩にコートをかけてくれる。
「ありがとう。それからごめん、不甲斐なくて」
何のこと? とショーンは少し眉をあげた。僕は袖を通していた腕をぶんぶん振ってみせる。
「ああ、そんな些細なこと気にするなよ」
結局、また謝ってしまった。その方が自分が楽になれるから――
こんな自分に苦笑してしまうのに、それでも、ショーンの屈託のない笑顔にほっとするんだ。これに慣れてしまってはいけないと分かっているのに。これまで何度も失敗しているのに性懲りもなく……
ドラコが火の精霊の能力を取り戻してから、僕はいろんなことを思い出すようになった。ドラコに逢う以前の、もっと幼い頃のことも。そう、両親と離れて祖母と一緒に暮らしていた頃のことさえも。たったの三つだったのに――
思い出したくない場面が脳裏を掠め、思わずぎゅっと奥歯を噛みしめた。
「コウ、どうした? まだ辛いのか?」
心配そうな声音に飛び上がってしまう。
「大丈夫。行こう、塔の中に入ってみようよ!」
勢い頭を上げて、笑みを貼り付かせた。
自分のことばかり考えていると、また、道を歪めてしまうことになりかねないじゃないか。
一歩一歩、踏みしめる地面を意識しながら、古色蒼然とした石造りの塔の内側へと足を踏み入れた。冷んやりと空気が変わった。きらきらと粒子が渦巻いている。だけど――
「ここにも風がいないね」
「風? ああ、そういえばそうだな。前はすごかったもんな。ここに来たことがある他の奴らも皆、吹き飛ばされそうな大風が吹いてたって言ってたよ。まぁ、今日はこんなに天気も良いからかな」
顔を反らせて、苔むした四方の壁に四角く切り取られた天を見上げた。透き通る青ばかりが眩しくて、すんとも空気は動かない。こんなにも光は満ちているのに。
「コウ、それでどうだい? 入り口はありそうかい?」
ショーンはじっくりと石壁の一つ一つを確かめるように触っている。まるで、そこに秘密の通路を開く仕掛けでも隠されているかのようだ。
「この塔の下には巨大な迷路が隠されているって説もあるしな。部屋の一つくらいあっても不思議じゃないよな」
「ああ、アーサー王伝説研究家たちがダウジングで見つけたっていう……」
この日本の古墳にも似た小高い丘には、12世紀末にアーサー王とグィネヴィア王妃の遺体とみなされる骨や棺が発掘されたとか、ヘンリー8世の修道院解散によって閉鎖されたグラストンベリー修道院の所有する聖杯や聖遺物などが、抵抗した修道士によってこの地の地下洞窟に隠されたとか、さまざまな伝説が伝わっている。そのため、現代でも脈々と調査研究の対象とされているのだ。ただこのダウジング調査に関しては、僕は反対論文も目にしたことがあるため素直に頷くことはできない。
「確かに、ここの地下は曰くのある話が多いよね。だけど、」
僕はもう一度視線を上に向けた。
脈絡なく動き回っている光の粒子はまだまだ固まりそうにない。
「一度外に出てみようよ」
がっかりしたようなショーンを尻目に、入って来た時とは別の出入り口から外にでた。この塔には東と西の二か所にアーチ型の出入り口がある。まだまだ日は高いと思っていたのに、もうかなり西の空に傾いている。影の伸びる東側から出て、なだらかな斜面の始まる頂の端まで歩いた。
「ショーン、見て。トポスコープだ」
直径1メートル程度の石の台座に、金属の方位盤が埋め込まれている。ゲールが教えてくれた通りだ。
「ショーン、ゲールはここでテントウムシを飛ばす呪をかけたんだ。ここからなら、僕にも彼を追いかけることができそうだよ!」
ゲールを見つける手段にあれほど頭を悩ませていたのに、シルフィがかんでいるかもしれない、と気づいた途端、こんがらがった糸が解けるようにするすると簡単な方法を思いつくことができたのだ。
「ショーン、そこで見てて」
そのまま動かないで、と手振りで示唆し、逆の手をポケットに入れて、テントウムシのブローチを取り出した。ゲールの実家の店で買い物をした時におまけで貰ったヤツだ。ゲールに曰くのある品物だと聞いて、帽子から外してポケットに移しておいたのだ。後で、もっと詳しく聴こうと思っていたのに。
その曰く付きを摘まんで鈍い銀色を放つ方位盤の中心に置くと、自分の影が映りこまないように数歩後退ってショーンの横に並んだ。
オレンジ色の柔らかな西日が方位盤をも暖色に染める。ゆらゆらと鈍い盤面が不鮮明に世界を映す。西日の色を燃え上がらせて、盤上の小さな形代を包み込む。
その熱に驚いたかのように、ぶるっ、とテントウムシが震えた。
よし!
「飛べ、飛べ、テントウムシ! 東西南北、好きに飛べ、恋人の元へ飛んでいけ!」
ショーンの腕を掴み、唱えながら利き手を伸ばして人差し指で盤上に円を描いた。1回、2回――
エナメル質に光っていた羽が羽ばたき、ブーンと小さな羽音を立てて飛び上がった。1回、2回、盤の上方を旋回した後、目指した先は、やはり塔だ!
「ショーン、追いかけるんだ!」
僕はショーンの腕を掴んで走りだした。
自分の考えに没頭している時、自分が何をしているか、ショーンやアルが僕を気遣って何をしてくれているのか、僕が気にも留めないことが問題なんだ。
友人を、こんな当たり前に荷物持ちに使っているなんて――
「あ、汗がひいて冷えてきたんだろ」
ショーンはごく普通のことのように僕の肩にコートをかけてくれる。
「ありがとう。それからごめん、不甲斐なくて」
何のこと? とショーンは少し眉をあげた。僕は袖を通していた腕をぶんぶん振ってみせる。
「ああ、そんな些細なこと気にするなよ」
結局、また謝ってしまった。その方が自分が楽になれるから――
こんな自分に苦笑してしまうのに、それでも、ショーンの屈託のない笑顔にほっとするんだ。これに慣れてしまってはいけないと分かっているのに。これまで何度も失敗しているのに性懲りもなく……
ドラコが火の精霊の能力を取り戻してから、僕はいろんなことを思い出すようになった。ドラコに逢う以前の、もっと幼い頃のことも。そう、両親と離れて祖母と一緒に暮らしていた頃のことさえも。たったの三つだったのに――
思い出したくない場面が脳裏を掠め、思わずぎゅっと奥歯を噛みしめた。
「コウ、どうした? まだ辛いのか?」
心配そうな声音に飛び上がってしまう。
「大丈夫。行こう、塔の中に入ってみようよ!」
勢い頭を上げて、笑みを貼り付かせた。
自分のことばかり考えていると、また、道を歪めてしまうことになりかねないじゃないか。
一歩一歩、踏みしめる地面を意識しながら、古色蒼然とした石造りの塔の内側へと足を踏み入れた。冷んやりと空気が変わった。きらきらと粒子が渦巻いている。だけど――
「ここにも風がいないね」
「風? ああ、そういえばそうだな。前はすごかったもんな。ここに来たことがある他の奴らも皆、吹き飛ばされそうな大風が吹いてたって言ってたよ。まぁ、今日はこんなに天気も良いからかな」
顔を反らせて、苔むした四方の壁に四角く切り取られた天を見上げた。透き通る青ばかりが眩しくて、すんとも空気は動かない。こんなにも光は満ちているのに。
「コウ、それでどうだい? 入り口はありそうかい?」
ショーンはじっくりと石壁の一つ一つを確かめるように触っている。まるで、そこに秘密の通路を開く仕掛けでも隠されているかのようだ。
「この塔の下には巨大な迷路が隠されているって説もあるしな。部屋の一つくらいあっても不思議じゃないよな」
「ああ、アーサー王伝説研究家たちがダウジングで見つけたっていう……」
この日本の古墳にも似た小高い丘には、12世紀末にアーサー王とグィネヴィア王妃の遺体とみなされる骨や棺が発掘されたとか、ヘンリー8世の修道院解散によって閉鎖されたグラストンベリー修道院の所有する聖杯や聖遺物などが、抵抗した修道士によってこの地の地下洞窟に隠されたとか、さまざまな伝説が伝わっている。そのため、現代でも脈々と調査研究の対象とされているのだ。ただこのダウジング調査に関しては、僕は反対論文も目にしたことがあるため素直に頷くことはできない。
「確かに、ここの地下は曰くのある話が多いよね。だけど、」
僕はもう一度視線を上に向けた。
脈絡なく動き回っている光の粒子はまだまだ固まりそうにない。
「一度外に出てみようよ」
がっかりしたようなショーンを尻目に、入って来た時とは別の出入り口から外にでた。この塔には東と西の二か所にアーチ型の出入り口がある。まだまだ日は高いと思っていたのに、もうかなり西の空に傾いている。影の伸びる東側から出て、なだらかな斜面の始まる頂の端まで歩いた。
「ショーン、見て。トポスコープだ」
直径1メートル程度の石の台座に、金属の方位盤が埋め込まれている。ゲールが教えてくれた通りだ。
「ショーン、ゲールはここでテントウムシを飛ばす呪をかけたんだ。ここからなら、僕にも彼を追いかけることができそうだよ!」
ゲールを見つける手段にあれほど頭を悩ませていたのに、シルフィがかんでいるかもしれない、と気づいた途端、こんがらがった糸が解けるようにするすると簡単な方法を思いつくことができたのだ。
「ショーン、そこで見てて」
そのまま動かないで、と手振りで示唆し、逆の手をポケットに入れて、テントウムシのブローチを取り出した。ゲールの実家の店で買い物をした時におまけで貰ったヤツだ。ゲールに曰くのある品物だと聞いて、帽子から外してポケットに移しておいたのだ。後で、もっと詳しく聴こうと思っていたのに。
その曰く付きを摘まんで鈍い銀色を放つ方位盤の中心に置くと、自分の影が映りこまないように数歩後退ってショーンの横に並んだ。
オレンジ色の柔らかな西日が方位盤をも暖色に染める。ゆらゆらと鈍い盤面が不鮮明に世界を映す。西日の色を燃え上がらせて、盤上の小さな形代を包み込む。
その熱に驚いたかのように、ぶるっ、とテントウムシが震えた。
よし!
「飛べ、飛べ、テントウムシ! 東西南北、好きに飛べ、恋人の元へ飛んでいけ!」
ショーンの腕を掴み、唱えながら利き手を伸ばして人差し指で盤上に円を描いた。1回、2回――
エナメル質に光っていた羽が羽ばたき、ブーンと小さな羽音を立てて飛び上がった。1回、2回、盤の上方を旋回した後、目指した先は、やはり塔だ!
「ショーン、追いかけるんだ!」
僕はショーンの腕を掴んで走りだした。
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