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第三章 Ⅸ いつか来た町
67.変わらないでいてくれる
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「やっぱりきみは頼りになるな」
ショーンがにっこりして首の後ろに手を回したのは、どうも照れ隠しのようで。嬉しくて、泣きたいほど恥ずかしかったのは僕の方なのに。
きみのせいでこんな所にいるはめになった。
と、そう言わないでいてくれるだけで、どれだけほっとしたことか。
ゲールはまだ判るのだ。彼の性質は僕と同じ。関わることを運命づけられている。けれどショーンは違う。違うのに――
「ねぇ、ショーン、ゲールをあの部屋に閉じ込めたのは、誰だと思う? アルはドラコを疑っていたけど、きみはマークスが連れて行ったんじゃないか、って言っていただろ。やっぱり彼だと思う?」
僕の存在が、こうしてまた彼を巻き込んでしまったからには、せめて僕の役割を全うしなければ、と切に思う。
「ん? そうだな――」
ショーンは語尾を濁して、そのまま空を見上げた。10月とは思えないほど明るい空を。
僕は彼の意見を待たずに一気に吐き出した。
「僕は、シルフィーかもしれないって気もするんだ。昨夜ね、ゲールたちと話したときに、彼は風の依り代だって聞いたんだよ」
もう、ショーンに隠し立てするのは止めにする。ロンドンからいきなりこんな遠方まで飛ばされる、なんて非現実的なことが起こってしまっているのだ。巻きこみたくない、と言える段階はとうに過ぎてしまったのだ。
「風の依代か。なるほどな、名前からして大風使いだもんな」
ドラコが火の精霊だということを、先にショーンに話したのはアルだった。
アルのお父さんの館で起こったことで、僕の事情はアルだけでなく、駆けつけてくれたショーンにも隠しておけるものではなくなったからだ。
それでも自分の口で話すと決めた時、僕はショーンという最高の友人を失う覚悟をした。だが、彼は「大方はアルから聞いているよ」と僕の話を淡々と受け止め、驚くことも、怖がることもしなかった。それから変な羨望を向けることも――
これからも友人でいてくれることに半信半疑だった僕に、当たり前じゃないかと笑って返してくれたのが、どれほど嬉しかったことか。
だからシルフィとの同居が始まった時には、彼女は本当は風の精霊なのだ、とすぐに話した。マリーの手前、僕とドラコの親戚ということにしているだけだと。
ショーンはシルフィにジニーの面影を重ねていたから、その誤解を解くためもあったのだ。この話を聴いて彼はとてもがっかりしていた。「ジニーは妖精になった」という占い師の託宣を信じたかったのかな、と淋し気に笑って。
とはいえ秘密の全てを共有しているわけではない。ゲールに関することは、先に本人の了承を得なければ、と話せていなかったのだ。だけどもう、そんなことを言っていられる場合じゃない。僕らだって、こんなところで足止めを食らう訳にはいかないもの。僕の持つ情報を開示して、ショーンの道標を動かさなくては、いつまでたってもロンドンに帰れない。アルが僕を信じて待ってくれているのに。
「それで――、依代となるはずの彼をシルフィが攫ったのかい? いったい何のために? すでに躰を持っている彼女が新たに依代を必要とするのかな?」
思慮深い、真面目な空色の瞳を向けられても、僕は首を横に振るしかない。
「シルフィはゲールを気に入ってるってドラコが――」
「子どもっぽい気まぐれ、悪戯?。シルフィは俺たちの家族みたいなもんだろ? 今さらこんな悪い妖精みたいな悪さをするかな? きみが困ると判るだろうに、そんな」
はっと何かに気づいたようにショーンは言葉を止めた。そして、眉を潜めて声を落とした。
「まさか、ゲールが何かやらかしたとか?」
「だけど、ゲールと彼女に接点があったとは思えないんだ」
僕が最後に彼女を見たのはテラスだし、誰とも言葉を交わすことなんて――
「あ!」
「ん? どうした?」
「裂け目があった」
どうして忘れていたのだろう! あの時、シルフィはテラスの空間の裂け目から現れたじゃないか! それに、僕がアビゲイルの元に飛ばされたのもテラスだったじゃないか。
そうか、ゲールがいるのはマーカスの部屋だとばかり思いこんでいたから――
「テラスが入り口だったんだ!」
でも――
「それって、俺たちはゲールの居場所と全然関係ない所に来てるって意味かい?」
さすがにショーンの頬も引きつっている。
「いや、違う、そうじゃなくて。道順は違っても目的地は同じだから大丈夫」
力強く頷いてみせた。おそらく、だけど。
おそらくショーンといるから、よりこちら側から辿りやすいルートになっただけだと思う。
「だけど、もしシルフィが使うような道をゲールが通ったなら……」
彼、無事なんだろうか。
鏡の中に見たときは大丈夫そうだったけれど、相当体力を削がれているんじゃないだろうか。
「急いだほうがいいかも」
確定された入り口に繋がるマーカスの部屋ではなく、シルフィの領域にいるとしたら、人が通れるような道は消えてしまうかもしれない。
「手っ取り早く、入り口に向かう方がよさそうだよ」
ショーンがにっこりして首の後ろに手を回したのは、どうも照れ隠しのようで。嬉しくて、泣きたいほど恥ずかしかったのは僕の方なのに。
きみのせいでこんな所にいるはめになった。
と、そう言わないでいてくれるだけで、どれだけほっとしたことか。
ゲールはまだ判るのだ。彼の性質は僕と同じ。関わることを運命づけられている。けれどショーンは違う。違うのに――
「ねぇ、ショーン、ゲールをあの部屋に閉じ込めたのは、誰だと思う? アルはドラコを疑っていたけど、きみはマークスが連れて行ったんじゃないか、って言っていただろ。やっぱり彼だと思う?」
僕の存在が、こうしてまた彼を巻き込んでしまったからには、せめて僕の役割を全うしなければ、と切に思う。
「ん? そうだな――」
ショーンは語尾を濁して、そのまま空を見上げた。10月とは思えないほど明るい空を。
僕は彼の意見を待たずに一気に吐き出した。
「僕は、シルフィーかもしれないって気もするんだ。昨夜ね、ゲールたちと話したときに、彼は風の依り代だって聞いたんだよ」
もう、ショーンに隠し立てするのは止めにする。ロンドンからいきなりこんな遠方まで飛ばされる、なんて非現実的なことが起こってしまっているのだ。巻きこみたくない、と言える段階はとうに過ぎてしまったのだ。
「風の依代か。なるほどな、名前からして大風使いだもんな」
ドラコが火の精霊だということを、先にショーンに話したのはアルだった。
アルのお父さんの館で起こったことで、僕の事情はアルだけでなく、駆けつけてくれたショーンにも隠しておけるものではなくなったからだ。
それでも自分の口で話すと決めた時、僕はショーンという最高の友人を失う覚悟をした。だが、彼は「大方はアルから聞いているよ」と僕の話を淡々と受け止め、驚くことも、怖がることもしなかった。それから変な羨望を向けることも――
これからも友人でいてくれることに半信半疑だった僕に、当たり前じゃないかと笑って返してくれたのが、どれほど嬉しかったことか。
だからシルフィとの同居が始まった時には、彼女は本当は風の精霊なのだ、とすぐに話した。マリーの手前、僕とドラコの親戚ということにしているだけだと。
ショーンはシルフィにジニーの面影を重ねていたから、その誤解を解くためもあったのだ。この話を聴いて彼はとてもがっかりしていた。「ジニーは妖精になった」という占い師の託宣を信じたかったのかな、と淋し気に笑って。
とはいえ秘密の全てを共有しているわけではない。ゲールに関することは、先に本人の了承を得なければ、と話せていなかったのだ。だけどもう、そんなことを言っていられる場合じゃない。僕らだって、こんなところで足止めを食らう訳にはいかないもの。僕の持つ情報を開示して、ショーンの道標を動かさなくては、いつまでたってもロンドンに帰れない。アルが僕を信じて待ってくれているのに。
「それで――、依代となるはずの彼をシルフィが攫ったのかい? いったい何のために? すでに躰を持っている彼女が新たに依代を必要とするのかな?」
思慮深い、真面目な空色の瞳を向けられても、僕は首を横に振るしかない。
「シルフィはゲールを気に入ってるってドラコが――」
「子どもっぽい気まぐれ、悪戯?。シルフィは俺たちの家族みたいなもんだろ? 今さらこんな悪い妖精みたいな悪さをするかな? きみが困ると判るだろうに、そんな」
はっと何かに気づいたようにショーンは言葉を止めた。そして、眉を潜めて声を落とした。
「まさか、ゲールが何かやらかしたとか?」
「だけど、ゲールと彼女に接点があったとは思えないんだ」
僕が最後に彼女を見たのはテラスだし、誰とも言葉を交わすことなんて――
「あ!」
「ん? どうした?」
「裂け目があった」
どうして忘れていたのだろう! あの時、シルフィはテラスの空間の裂け目から現れたじゃないか! それに、僕がアビゲイルの元に飛ばされたのもテラスだったじゃないか。
そうか、ゲールがいるのはマーカスの部屋だとばかり思いこんでいたから――
「テラスが入り口だったんだ!」
でも――
「それって、俺たちはゲールの居場所と全然関係ない所に来てるって意味かい?」
さすがにショーンの頬も引きつっている。
「いや、違う、そうじゃなくて。道順は違っても目的地は同じだから大丈夫」
力強く頷いてみせた。おそらく、だけど。
おそらくショーンといるから、よりこちら側から辿りやすいルートになっただけだと思う。
「だけど、もしシルフィが使うような道をゲールが通ったなら……」
彼、無事なんだろうか。
鏡の中に見たときは大丈夫そうだったけれど、相当体力を削がれているんじゃないだろうか。
「急いだほうがいいかも」
確定された入り口に繋がるマーカスの部屋ではなく、シルフィの領域にいるとしたら、人が通れるような道は消えてしまうかもしれない。
「手っ取り早く、入り口に向かう方がよさそうだよ」
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