エートス 風の住む丘

萩尾雅縁

文字の大きさ
上 下
68 / 99
第三章 Ⅸ いつか来た町

67.変わらないでいてくれる

しおりを挟む
「やっぱりきみは頼りになるな」
 ショーンがにっこりして首の後ろに手を回したのは、どうも照れ隠しのようで。嬉しくて、泣きたいほど恥ずかしかったのは僕の方なのに。
 きみのせいでこんな所にいるはめになった。
 と、そう言わないでいてくれるだけで、どれだけほっとしたことか。
 ゲールはまだ判るのだ。彼の性質は僕と同じ。関わることを運命づけられている。けれどショーンは違う。違うのに――

「ねぇ、ショーン、ゲールをあの部屋に閉じ込めたのは、誰だと思う? アルはドラコを疑っていたけど、きみはマークスが連れて行ったんじゃないか、って言っていただろ。やっぱり彼だと思う?」

 僕の存在が、こうしてまた彼を巻き込んでしまったからには、せめて僕の役割を全うしなければ、と切に思う。

「ん? そうだな――」
 ショーンは語尾を濁して、そのまま空を見上げた。10月とは思えないほど明るい空を。
 僕は彼の意見を待たずに一気に吐き出した。
「僕は、シルフィーかもしれないって気もするんだ。昨夜ね、ゲールたちと話したときに、彼は風の依り代よりしろだって聞いたんだよ」
 
 もう、ショーンに隠し立てするのは止めにする。ロンドンからいきなりこんな遠方まで飛ばされる、なんて非現実的なことが起こってしまっているのだ。巻きこみたくない、と言える段階はとうに過ぎてしまったのだ。

「風の依代か。なるほどな、名前からして大風使いゲール・マイスターだもんな」

 ドラコが火の精霊サラマンダーだということを、先にショーンに話したのはアルだった。
 アルのお父さんの館で起こったことで、僕の事情はアルだけでなく、駆けつけてくれたショーンにも隠しておけるものではなくなったからだ。
 それでも自分の口で話すと決めた時、僕はショーンという最高の友人を失う覚悟をした。だが、彼は「大方はアルから聞いているよ」と僕の話を淡々と受け止め、驚くことも、怖がることもしなかった。それから変な羨望を向けることも――
 これからも友人でいてくれることに半信半疑だった僕に、当たり前じゃないかと笑って返してくれたのが、どれほど嬉しかったことか。

 だからシルフィとの同居が始まった時には、彼女は本当は風の精霊シルフなのだ、とすぐに話した。マリーの手前、僕とドラコの親戚ということにしているだけだと。
 ショーンはシルフィにジニーの面影を重ねていたから、その誤解を解くためもあったのだ。この話を聴いて彼はとてもがっかりしていた。「ジニーは妖精になった」という占い師の託宣を信じたかったのかな、と淋し気に笑って。 

 とはいえ秘密の全てを共有しているわけではない。ゲールに関することは、先に本人の了承を得なければ、と話せていなかったのだ。だけどもう、そんなことを言っていられる場合じゃない。僕らだって、こんなところで足止めを食らう訳にはいかないもの。僕の持つ情報を開示して、ショーンの道標を動かさなくては、いつまでたってもロンドンに帰れない。アルが僕を信じて待ってくれているのに。

「それで――、依代となるはずの彼をシルフィがさらったのかい? いったい何のために? すでに躰を持っている彼女が新たに依代を必要とするのかな?」

 思慮深い、真面目な空色の瞳を向けられても、僕は首を横に振るしかない。

「シルフィはゲールを気に入ってるってドラコが――」
「子どもっぽい気まぐれ、悪戯?。シルフィは俺たちの家族みたいなもんだろ? 今さらこんな悪い妖精アンシーリーコートみたいな悪さをするかな? きみが困ると判るだろうに、そんな」
 はっと何かに気づいたようにショーンは言葉を止めた。そして、眉を潜めて声を落とした。
「まさか、ゲールが何かやらかしたとか?」
「だけど、ゲールと彼女に接点があったとは思えないんだ」
 
 僕が最後に彼女を見たのはテラスだし、誰とも言葉を交わすことなんて――

「あ!」
「ん? どうした?」
「裂け目があった」

 どうして忘れていたのだろう! あの時、シルフィはテラスの空間の裂け目から現れたじゃないか! それに、僕がアビゲイルの元に飛ばされたのもテラスだったじゃないか。
 そうか、ゲールがいるのはマーカスの部屋だとばかり思いこんでいたから――

「テラスが入り口だったんだ!」
 でも――
「それって、俺たちはゲールの居場所と全然関係ない所に来てるって意味かい?」
 さすがにショーンの頬も引きつっている。
「いや、違う、そうじゃなくて。道順は違っても目的地は同じだから大丈夫」
 力強く頷いてみせた。おそらく、だけど。
 おそらくショーンといるから、よりこちら側から辿りやすいルートになっただけだと思う。
「だけど、もしシルフィが使うような道をゲールが通ったなら……」
 彼、無事なんだろうか。
 鏡の中に見たときは大丈夫そうだったけれど、相当体力を削がれているんじゃないだろうか。
「急いだほうがいいかも」
 
 確定された入り口に繋がるマーカスの部屋ではなく、シルフィの領域にいるとしたら、人が通れるような道は消えてしまうかもしれない。

「手っ取り早く、入り口に向かう方がよさそうだよ」



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

君の想い

すずかけあおい
BL
インターホンを押すと、幼馴染が複雑そうな表情で出てくる。 俺の「泊めて?」の言葉はもうわかっているんだろう。 今夜、俺が恋人と同棲中の部屋には、恋人の彼女が来ている。 〔攻め〕芳貴(よしき)24歳、燈路の幼馴染。 〔受け〕燈路(ひろ)24歳、苗字は小嶋(こじま)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

処理中です...