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第三章 Ⅸ いつか来た町
61.子どもに子どもの世話はできるのだろうか
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「もう12年になるんだっけ?」
もやもやとした塊を胃の辺りに感じながら、押し出すように言葉を紡いだ。
「うん、俺は9歳でジニーが3歳だった。俺は、ほんとに馬鹿なガキだったよ。冷たくて、意地悪で、すぐキレてた。でも結構、子どもってそんなもんなんだって、周りからは気休めで言われたよ」
僕はむしろ今の方がよくキレる。子どもの頃の僕は臆病で、人の顔色ばかりうかがっていた。他の一般的な子どもはどうなのか、僕にはよく判らない。けれどもしショーンのように兄弟がいれば、弟妹の世話をするのが当然になって、それが負担で、「そんなもん」な子どもになっていたかもしれない。
そんなことを漠然と考えていると、以前見かけた小さな子どものことを、ふと思いだした。ロンドンに来たばかりの頃のことだ。
「そういえば以前床屋さんでね、髪を切るのが怖いってぐずってる子どもを見たことがあるよ。椅子に座らせるだけで大人3人がかりでさ。押さえつけてお菓子で黙らせようとしたりさ。その子のお父さんも、お店の人も大変そうだったよ」
癇癪を起こして泣いて暴れる子どもの世話が、はたして子どもにできるのだろうか? それが実の妹でどんなに可愛がっている子だとしても。大人ですらあれほど手を焼いていたのに。
僕だって、シルフィーの突拍子もない我がままや気まぐれに振りまわされたときは、心底疲れる。腹も立つし、逃げだしたくなる時だって……。ドラコに比べればシルフィーはずっと大人しい。大きな面倒ごとを起こすわけじゃない。それでも頻繁に強情を張るし、言う事を聞いてくれなくなる。いつもいい子ではいてくれない。
ショーンの言う、面倒くさくて知らんぷりしたくなった気持ちは解かる気がするんだ。シルフィーは僕にとって、ショーンの妹のような存在かもしれない。彼女、見かけは14,5歳でも、中身は幼児だもの。そうか、彼女が生まれてから、もう3年になるんだ――
「小さな子の世話って、想像よりずっと大変だよね。妹さんに泣かれて、きみがやりきれない気持ちになったからって、きみが馬鹿なガキだったってことにはならないよ。だって、その時きみは9歳だろ。僕なんて、20歳でもシルフィーを上手くあしらえる気がしないよ。それとも、9歳の頃のきみの気持ちに同意しかない僕も、馬鹿なガキなのかな」
僕は真顔で言ったのに、ショーンは、はははっと声を立てて笑った。
「彼女はジニーだもんな。あの岩のような強情さったらないよな! それも、なんでここってことにこだわるしさ。――でも、だからこそ、俺はちゃんとジニーを見てなきゃいけなかったんだ。言いだしたら聞かない、強情な子だって解ってたんだからな」
真っ直ぐに僕を見つめた眼差しは、怖いほどに真剣だ。
子どもだったのだから仕方がないじゃないか――
喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。慰めにもならない残酷な投げかけを、踏みとどまれてよかった気がする。
「仕方がない」で済ますことなんてできるはずがない。そんなおざなりの言葉はショーンの心には響かない。僕の持つどんな言葉だって、きっと――
この事件の話をした時、過失があったのはショーンじゃない、彼の両親なんだよ、とアルビーは言った。
彼の両親は、本来なら自らが持つべき子どもの監督義務を、その場に共にいた彼ひとりが負っているのだと錯覚させ、ショーンを責め立てた。自らの責任を棚上げし誤魔化すために。ショーンだって、妹と同じように守られるべき子どもだったというのに。
いつもの彼からは想像もできないほど辛辣に、アルビーは、ショーンの両親のショーンへの対応に憤慨していた。アルビーは知っていたんだ。12年もの時を経ても、この事件はこんなにも生々しくショーンの心を蝕んでいるということを。
イースターの旅行を除いて、ショーンは、僕にはその傷痕を晒すことはなかった。けれど口にしないからって、その傷が癒えたわけでも、痛まないわけでもなかったのだ。
「誰かの行く道を、人の手で変えることはできないよ」
て、いったい何を言ってるんだ、僕は! ショーンの元気の出るようなことを言いたかったのに!
考えていたこととは明らかに違う、自分の口から零れ落ちた言葉に唖然とした。恐る恐る、上目遣いでショーンを垣間見た。怒ってないだろうか。
ショーンは情けなさそうに柳眉を下げて、へへっと笑って言った。
「アルにも同じことを言われた。どんなに必死にやったって、俺にジニーの心や行動全てを支配できるわけじゃないって」
「アルが――」
そんなことを言うなんて。
「自分のせいでって、自分を責めるのは、相手の全てを自分が支配している気になってるからだって。支配を手放せないからだって。言われた時はムカついたけどな、少し経つとなんていうか、分るようになったよ」
僕はそんな話聴いていない。アルはショーンにどこまでも同情的だったし、誰かのせいだっていうのなら、それはショーンではなく両親のせいだって。
そうはいっても、納得したと言っているショーンに、それを話していいものかどうか――
「ジニーは喋るのが下手だったから、泣いて俺を支配しようとするだろ、俺はそれに負けるのが嫌だから頷かなかった。親に動くなって言われたからとか、迷子になるのが心配で、じゃないんだ。ただ負けたくなかった。だから、俺のせいでジニーはいなくなった、そう思っている間は――」
言葉を詰まらせ、ショーンはひゅっと息を吸った。
「俺のせいなんだから、俺ならジニーを取り戻せるって、そんな気持ちを持ち続けていられたんだ。俺の手のなかに、ジニーの命を握っていたかったんだろうな」
ああ、見えた。
ショーンの見つめる彼の手のひらから、きらきらした細い粒子が煙のような線を描いて立ち上っている。これは道標、僕らの行く道を照らす灯だ。
ショーンが心の底から取り戻したいのは、ゲールよりも妹。この強い想いに、道標が応えたのか。まずは彼女の真実を見つけ出すこと。そうしないと、本来の目的であるゲールにはたどり着けないのかもしれない。
だけどなぜだろう、立ち上る粒子の線は二本で、二重螺旋を描いている。
こんな道標、僕はこれまで見たことがなかった。
もやもやとした塊を胃の辺りに感じながら、押し出すように言葉を紡いだ。
「うん、俺は9歳でジニーが3歳だった。俺は、ほんとに馬鹿なガキだったよ。冷たくて、意地悪で、すぐキレてた。でも結構、子どもってそんなもんなんだって、周りからは気休めで言われたよ」
僕はむしろ今の方がよくキレる。子どもの頃の僕は臆病で、人の顔色ばかりうかがっていた。他の一般的な子どもはどうなのか、僕にはよく判らない。けれどもしショーンのように兄弟がいれば、弟妹の世話をするのが当然になって、それが負担で、「そんなもん」な子どもになっていたかもしれない。
そんなことを漠然と考えていると、以前見かけた小さな子どものことを、ふと思いだした。ロンドンに来たばかりの頃のことだ。
「そういえば以前床屋さんでね、髪を切るのが怖いってぐずってる子どもを見たことがあるよ。椅子に座らせるだけで大人3人がかりでさ。押さえつけてお菓子で黙らせようとしたりさ。その子のお父さんも、お店の人も大変そうだったよ」
癇癪を起こして泣いて暴れる子どもの世話が、はたして子どもにできるのだろうか? それが実の妹でどんなに可愛がっている子だとしても。大人ですらあれほど手を焼いていたのに。
僕だって、シルフィーの突拍子もない我がままや気まぐれに振りまわされたときは、心底疲れる。腹も立つし、逃げだしたくなる時だって……。ドラコに比べればシルフィーはずっと大人しい。大きな面倒ごとを起こすわけじゃない。それでも頻繁に強情を張るし、言う事を聞いてくれなくなる。いつもいい子ではいてくれない。
ショーンの言う、面倒くさくて知らんぷりしたくなった気持ちは解かる気がするんだ。シルフィーは僕にとって、ショーンの妹のような存在かもしれない。彼女、見かけは14,5歳でも、中身は幼児だもの。そうか、彼女が生まれてから、もう3年になるんだ――
「小さな子の世話って、想像よりずっと大変だよね。妹さんに泣かれて、きみがやりきれない気持ちになったからって、きみが馬鹿なガキだったってことにはならないよ。だって、その時きみは9歳だろ。僕なんて、20歳でもシルフィーを上手くあしらえる気がしないよ。それとも、9歳の頃のきみの気持ちに同意しかない僕も、馬鹿なガキなのかな」
僕は真顔で言ったのに、ショーンは、はははっと声を立てて笑った。
「彼女はジニーだもんな。あの岩のような強情さったらないよな! それも、なんでここってことにこだわるしさ。――でも、だからこそ、俺はちゃんとジニーを見てなきゃいけなかったんだ。言いだしたら聞かない、強情な子だって解ってたんだからな」
真っ直ぐに僕を見つめた眼差しは、怖いほどに真剣だ。
子どもだったのだから仕方がないじゃないか――
喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。慰めにもならない残酷な投げかけを、踏みとどまれてよかった気がする。
「仕方がない」で済ますことなんてできるはずがない。そんなおざなりの言葉はショーンの心には響かない。僕の持つどんな言葉だって、きっと――
この事件の話をした時、過失があったのはショーンじゃない、彼の両親なんだよ、とアルビーは言った。
彼の両親は、本来なら自らが持つべき子どもの監督義務を、その場に共にいた彼ひとりが負っているのだと錯覚させ、ショーンを責め立てた。自らの責任を棚上げし誤魔化すために。ショーンだって、妹と同じように守られるべき子どもだったというのに。
いつもの彼からは想像もできないほど辛辣に、アルビーは、ショーンの両親のショーンへの対応に憤慨していた。アルビーは知っていたんだ。12年もの時を経ても、この事件はこんなにも生々しくショーンの心を蝕んでいるということを。
イースターの旅行を除いて、ショーンは、僕にはその傷痕を晒すことはなかった。けれど口にしないからって、その傷が癒えたわけでも、痛まないわけでもなかったのだ。
「誰かの行く道を、人の手で変えることはできないよ」
て、いったい何を言ってるんだ、僕は! ショーンの元気の出るようなことを言いたかったのに!
考えていたこととは明らかに違う、自分の口から零れ落ちた言葉に唖然とした。恐る恐る、上目遣いでショーンを垣間見た。怒ってないだろうか。
ショーンは情けなさそうに柳眉を下げて、へへっと笑って言った。
「アルにも同じことを言われた。どんなに必死にやったって、俺にジニーの心や行動全てを支配できるわけじゃないって」
「アルが――」
そんなことを言うなんて。
「自分のせいでって、自分を責めるのは、相手の全てを自分が支配している気になってるからだって。支配を手放せないからだって。言われた時はムカついたけどな、少し経つとなんていうか、分るようになったよ」
僕はそんな話聴いていない。アルはショーンにどこまでも同情的だったし、誰かのせいだっていうのなら、それはショーンではなく両親のせいだって。
そうはいっても、納得したと言っているショーンに、それを話していいものかどうか――
「ジニーは喋るのが下手だったから、泣いて俺を支配しようとするだろ、俺はそれに負けるのが嫌だから頷かなかった。親に動くなって言われたからとか、迷子になるのが心配で、じゃないんだ。ただ負けたくなかった。だから、俺のせいでジニーはいなくなった、そう思っている間は――」
言葉を詰まらせ、ショーンはひゅっと息を吸った。
「俺のせいなんだから、俺ならジニーを取り戻せるって、そんな気持ちを持ち続けていられたんだ。俺の手のなかに、ジニーの命を握っていたかったんだろうな」
ああ、見えた。
ショーンの見つめる彼の手のひらから、きらきらした細い粒子が煙のような線を描いて立ち上っている。これは道標、僕らの行く道を照らす灯だ。
ショーンが心の底から取り戻したいのは、ゲールよりも妹。この強い想いに、道標が応えたのか。まずは彼女の真実を見つけ出すこと。そうしないと、本来の目的であるゲールにはたどり着けないのかもしれない。
だけどなぜだろう、立ち上る粒子の線は二本で、二重螺旋を描いている。
こんな道標、僕はこれまで見たことがなかった。
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