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Ⅶ 今度は僕の番
48.縮まった距離だけやかましい
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そんな思考でぐるぐるしていると、小さなノックと同時にドアが開いた。「コウ、起きたの?」とアルビーが顔を覗かせる。だけど、僕を見つけた優しい眼差しはすぐに横に流れて険を含んだ。
「へぇ、どこに隠れたのかと思ったら、またコウに庇ってもらうつもりだったわけ?」
いつもの静かな口調だけど、声音は外気よりもよほど冷たい。外気といえば、アルはさっきまで、あのむちゃくちゃ寒いテラスにいたじゃないか!
唐突に気にかかり、考えるよりも先に口に出してしまった。
「アル、大丈夫? テラス、すごく寒かっただろ。そんな薄着じゃ風邪ひかないかな」
場違いな発言に、当然アルは綺麗な深緑の瞳をまん丸にした。そして、ふいっと目を逸らすと、「見てたんだ」とばつが悪そうな口調で呟いた。
「あー、えっと、うん」
鏡に映っていたのを――、なんて言えるはずもない。馬鹿なことを口走った、と後悔したってもう遅い。
だけど、そんな僕の内心の動揺は見過ごされ、すぐにアルは先ほどまでの冷ややかな緊張をまとい直した。
「コウ、」
僕には優しく呼びかけてくれているのに、視線は厳しいままドラコに向けられている。牽制しているのか、問い詰めているのか。
当のドラコは、アルが部屋に入ってきた時にチッと舌打ちして、腕組みしたまま顔を背けてしまっている。今も面白くなさそうに足を小刻みに揺らしている。こちらを見ようともしない。だから僕も、ドラコが振り返るとき、いつものいがみ合いが始まるに違いない、とつい身構えてしまっていたのだ。
ところが続く言葉でガツンとやられた。全く予期していなかった。アルの不信で深く沈んだ瞳の意味合いが、すとんと腑に落ちることになるなんて。
「あのこ、ゲイルはここにいるの?」
アルは視線でバスルームやクローゼットルームをちらちらと示している。もちろんいる訳がないから、僕は首を横に振る。「なんで?」と真顔で尋ねた。アルは僕とゲールのことを疑っているのかと思うと、胃をぎゅっと捻りあげられたような痛みを感じた。そのせいか、口調も重くくぐもって力なく響いた気がする。
「いっしょにピアノを置いてある部屋で話しただろ。その後、コウがここに移って。それから姿を見てないんだ。コウ、ごめん。僕がコウのことばかり気にしていたせいで、気づくのが遅れてしまったんだ」
え――、と今度は僕が目を見開く番だった。なんでゲールが……、と反射的に僕もドラコを見つめてしまった。
「話し声が聞こえたから、てっきりここに来ているんだと思ったのだけれどね」
アルは綺麗な眉を軽くしかめて、はぁ、とドラコに向けて大袈裟にため息をつく。昔のアルみたいなちょっと意地悪な感じだ。
「これがここにいる以上、彼の安全にも万全を尽くすべきだった。きみがあんなに気にかけていたのに、頭からすっぽり抜け落ちていたなんて。本当に申しわけない、僕の失態だよ」
「おい、これってのは誰のことだ、これってのは!」
「きみ以外に誰がいるんだい。だけどきみは人間じゃないんだろ。人称で呼ぶのもおかしいと思ってね」
「アル、それはいくらなんでも……」
「お前は頭が足りないから、おおかた俺があの小僧に手だししたとでも思ってるんだろうが、俺はあんな小僧どうだっていいんだぞ」
ドラコの甲高い声がキンキンと頭に響いてくる。
「きみのその良く回る舌ならどうとでも言えるだろうさ」
アルもすかさず早口で言い返して負けていない。
結局こうなるんじゃないか、と半ば呆れて「まずはゲールを探そうよ! そうだ、鳥たちは? まだあの部屋にいるのかな?」僕はベッドから飛びおりた。とたんにくらりと立ち眩んだ。倒れるほどではなかったのだけれど、ふらついた僕をアルがしっかりと支えてくれた。
「この蜥蜴もどきが面倒ごとばかり起こすから。ほら、こんなふうに体調を崩してしまうんだ。コウはここで休んでいて。僕が責任を持ってこいつといっしょに探してくるよ。心配しないで」
アルは有無を言わせぬまなざしをドラコに向けると、「さあ」と、くいっと顎をしゃくってドアを示した。ちっ、とまたドラコの舌打ちが聞こえた。
でも、地の精霊の拘束力はここでも健在のようで、ドラコは悪態替わりに青く透きとおる焔を吐き散らしながら渋々立ちあがった。その焔が僕を内側からざわつかせた。不安なのか期待なのか、よく分からないながらも、ドラコが嫌々でもアルビーに協力していることが、なんだか頼もしく、微笑ましく思えたのだ。
「へぇ、どこに隠れたのかと思ったら、またコウに庇ってもらうつもりだったわけ?」
いつもの静かな口調だけど、声音は外気よりもよほど冷たい。外気といえば、アルはさっきまで、あのむちゃくちゃ寒いテラスにいたじゃないか!
唐突に気にかかり、考えるよりも先に口に出してしまった。
「アル、大丈夫? テラス、すごく寒かっただろ。そんな薄着じゃ風邪ひかないかな」
場違いな発言に、当然アルは綺麗な深緑の瞳をまん丸にした。そして、ふいっと目を逸らすと、「見てたんだ」とばつが悪そうな口調で呟いた。
「あー、えっと、うん」
鏡に映っていたのを――、なんて言えるはずもない。馬鹿なことを口走った、と後悔したってもう遅い。
だけど、そんな僕の内心の動揺は見過ごされ、すぐにアルは先ほどまでの冷ややかな緊張をまとい直した。
「コウ、」
僕には優しく呼びかけてくれているのに、視線は厳しいままドラコに向けられている。牽制しているのか、問い詰めているのか。
当のドラコは、アルが部屋に入ってきた時にチッと舌打ちして、腕組みしたまま顔を背けてしまっている。今も面白くなさそうに足を小刻みに揺らしている。こちらを見ようともしない。だから僕も、ドラコが振り返るとき、いつものいがみ合いが始まるに違いない、とつい身構えてしまっていたのだ。
ところが続く言葉でガツンとやられた。全く予期していなかった。アルの不信で深く沈んだ瞳の意味合いが、すとんと腑に落ちることになるなんて。
「あのこ、ゲイルはここにいるの?」
アルは視線でバスルームやクローゼットルームをちらちらと示している。もちろんいる訳がないから、僕は首を横に振る。「なんで?」と真顔で尋ねた。アルは僕とゲールのことを疑っているのかと思うと、胃をぎゅっと捻りあげられたような痛みを感じた。そのせいか、口調も重くくぐもって力なく響いた気がする。
「いっしょにピアノを置いてある部屋で話しただろ。その後、コウがここに移って。それから姿を見てないんだ。コウ、ごめん。僕がコウのことばかり気にしていたせいで、気づくのが遅れてしまったんだ」
え――、と今度は僕が目を見開く番だった。なんでゲールが……、と反射的に僕もドラコを見つめてしまった。
「話し声が聞こえたから、てっきりここに来ているんだと思ったのだけれどね」
アルは綺麗な眉を軽くしかめて、はぁ、とドラコに向けて大袈裟にため息をつく。昔のアルみたいなちょっと意地悪な感じだ。
「これがここにいる以上、彼の安全にも万全を尽くすべきだった。きみがあんなに気にかけていたのに、頭からすっぽり抜け落ちていたなんて。本当に申しわけない、僕の失態だよ」
「おい、これってのは誰のことだ、これってのは!」
「きみ以外に誰がいるんだい。だけどきみは人間じゃないんだろ。人称で呼ぶのもおかしいと思ってね」
「アル、それはいくらなんでも……」
「お前は頭が足りないから、おおかた俺があの小僧に手だししたとでも思ってるんだろうが、俺はあんな小僧どうだっていいんだぞ」
ドラコの甲高い声がキンキンと頭に響いてくる。
「きみのその良く回る舌ならどうとでも言えるだろうさ」
アルもすかさず早口で言い返して負けていない。
結局こうなるんじゃないか、と半ば呆れて「まずはゲールを探そうよ! そうだ、鳥たちは? まだあの部屋にいるのかな?」僕はベッドから飛びおりた。とたんにくらりと立ち眩んだ。倒れるほどではなかったのだけれど、ふらついた僕をアルがしっかりと支えてくれた。
「この蜥蜴もどきが面倒ごとばかり起こすから。ほら、こんなふうに体調を崩してしまうんだ。コウはここで休んでいて。僕が責任を持ってこいつといっしょに探してくるよ。心配しないで」
アルは有無を言わせぬまなざしをドラコに向けると、「さあ」と、くいっと顎をしゃくってドアを示した。ちっ、とまたドラコの舌打ちが聞こえた。
でも、地の精霊の拘束力はここでも健在のようで、ドラコは悪態替わりに青く透きとおる焔を吐き散らしながら渋々立ちあがった。その焔が僕を内側からざわつかせた。不安なのか期待なのか、よく分からないながらも、ドラコが嫌々でもアルビーに協力していることが、なんだか頼もしく、微笑ましく思えたのだ。
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