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Ⅶ 今度は僕の番
47.気まぐれにも軸はあるのかな
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金鳳花――
鮮やかに浮かんだこの花畑に驚かされた。僕が彼女といたのは白薔薇の咲き誇る庭だった。このイメージは、マークスのポスターのせいだろうか。
なんだか訳が解らず首を振った。
今、大切なのは僕のことじゃない、ゲールだ。アビーのことは家に戻ってからサラに聴けばいい。
ふーと息をついて、頭の奥でそよぐ黄色いふわふわを見ないように目を眇めた。そして今度は慎重に口に出してみた。
「ゲール、――彼が風の依代ってどういうこと?」
依代という言い方が合っているのかどうか。けれど他に上手い言い方を思いつかなかった。僕がそう言われるのは解かるのだ。ドラコは僕を媒介にして人型の体を作り、この現実に存在しているのだから。だけど、ゲールはそんなふうには見えない。ましてアルビーは……
彼を心に浮かべたとたん、だらりとソファーに寝そべっていたドラコがニヤッと意地悪な笑みを浮かべた。
「ああ、あの小僧はクリスマス生まれだからな。大方、こうるさい鳥どもの差し金だろうよ。それでだな、戯れにそういうことになったんじゃないのか」
アルの悪口を言われるんじゃないかって構えたのに、まともな返事に拍子抜けた。だけど、全然意味が分からないじゃないか。そういうことってどんなことだよ! と、ドラコを睨みつけてみたけれど、彼はもう指先にビー玉ほどの小さな炎を作り出しては弾き飛ばす手悪さに興じて素知らぬ顔だ。これ以上は自分で考えろってことだ。
シルフィは、鳥たちの肩入れでゲールを依代に選んだのだろうか。それならたとえ悪霊に狙われてもシルフィの加護を得られる。大事にはならないだろう。
そう話して彼を安心させてあげられるかな、などとドラコの中途半端な言葉をあれこれ補って考えてみたけれど、やはりだめだ。一つ、大きな懸念が消えない。
「依代って言うからには、ゲールもシルフィの出入り口になるってことだろ」
僕のように。
口に出してから、眉間にきつく皺を寄せてしまった自分の顔を隠すように擦った。強張った表情筋をほぐしたかったのもある。
他の誰かが、まして、あんなに優しいゲールが、僕のように、これほどまで死に近い体験をさせられることになるとしたら――
想像するだけで怒りがこみあげ抑えられない気がした。
途端にドラコの作り出したいくつもの火の玉が、一瞬、ぼっと青く長く燃え上がって消えた。ジジッと薄く細くたなびく黒い煙を残して。
「お前はだな、仕方なかったんだ。俺の魔力が奪われちまってたから……」
ソファーにふんぞり返っていたドラコが、ごにょごにょと語尾を濁らせ拗ねたような上目遣いで僕を見あげている。
「じゃ、ゲールは、」
「依代と呼ばれる者だっていろいろあるんだ。お前は特別だよ。あの小僧は小娘のお気に入りっていうだけだよ」
「シルフィの?」
なんだか腑に落ちなくて小首を傾げた。それからすぐに納得して。なんとも困った消化できない息をつく。
いつ知り合ったの、などという人間同士の間柄を詮索するような疑問がまかり通るはずがない。僕の知っているシルフィは、風の精霊の一部でしかないのだから。それに彼女は全てを知っていて全てを知らない。瞬く間に忘れてしまうから。何かに留まるということをしないのだ。そんな彼女のお気に入りだなんて、僕にはそれがどういった者に当てはまるのか想像もつかなかった。おそらく気まぐれ。さっきドラコの言った通りってことだ。彼女なら、むしろ戯れ、遊び相手くらいの感覚かもしれない。
結局そういうこととしか言いようのない結論に戻ってきて、またしてもため息がついて出た。
「それで――、」
言いかけて、言葉にしあぐねたまま黙り込んでしまった。気まぐれなシルフィがゲールを助けてくれるのだろうか。当てにしてもいいのだろうか。助けを求めれば何かを差しださなければならない、とんでもない代償が必要になるのではないだろうか。
やっぱり僕が自分ですべきことなんだ。
そう決意したところで、「相変わらず頭が固いな、お前は」と呆れ声が天井から降ってきた。ドラコの体が在る方向とは違う。この声はサラだ。いくら個体が違うからって、一度にドラコを二人も相手にしたくないよ。「余計なお世話だよ」と唇を尖らせてそっぽを向いてやった。
誰のせいでこんな勘繰ってばかりの疑り深い性格になったと思ってるんだ!
それもこれもドラコが、と悪態が波のように溢れ出す前に「コウ、聴けよ!」と今度はドラコが両手を突き出して僕の思考を遮った。指先にまで絡みつく火焔のタトゥーが、今はオレンジ色にゆらゆらと立ち上がっている。綺麗だな、と不覚にもふっと気が緩んでしまった。
「小娘なんか当てにしなくてもだな、お前が望むなら俺があいつを助けてやらないこともないんだぞ。たかが人間の悪霊ごとき、ひと息に焼き払ってだな、」
僕のみせた隙に付け込むように一気に捲し立てたドラコは、ぐいと胸を張った。
「浄化してくれるの?」
ぼんやり訊き返していた。ドラコを包むオレンジから黄色に透けていく焔のグラデーションが、なんだかいつもより優しく温かい。
「お前が望むならな」
と、ここではっと我に返った。
なんだか裏がありそうな言いぶりじゃないか。僕が望むことでドラコに都合のよい事でも起こるのだろうか。
風は火を煽り燃え立たせるから。
シルフィを使ってドラコが何かを企てている。ゲールはそれに巻き込まれたんじゃないか、ざわざわとそんな気がして仕方なかった。
鮮やかに浮かんだこの花畑に驚かされた。僕が彼女といたのは白薔薇の咲き誇る庭だった。このイメージは、マークスのポスターのせいだろうか。
なんだか訳が解らず首を振った。
今、大切なのは僕のことじゃない、ゲールだ。アビーのことは家に戻ってからサラに聴けばいい。
ふーと息をついて、頭の奥でそよぐ黄色いふわふわを見ないように目を眇めた。そして今度は慎重に口に出してみた。
「ゲール、――彼が風の依代ってどういうこと?」
依代という言い方が合っているのかどうか。けれど他に上手い言い方を思いつかなかった。僕がそう言われるのは解かるのだ。ドラコは僕を媒介にして人型の体を作り、この現実に存在しているのだから。だけど、ゲールはそんなふうには見えない。ましてアルビーは……
彼を心に浮かべたとたん、だらりとソファーに寝そべっていたドラコがニヤッと意地悪な笑みを浮かべた。
「ああ、あの小僧はクリスマス生まれだからな。大方、こうるさい鳥どもの差し金だろうよ。それでだな、戯れにそういうことになったんじゃないのか」
アルの悪口を言われるんじゃないかって構えたのに、まともな返事に拍子抜けた。だけど、全然意味が分からないじゃないか。そういうことってどんなことだよ! と、ドラコを睨みつけてみたけれど、彼はもう指先にビー玉ほどの小さな炎を作り出しては弾き飛ばす手悪さに興じて素知らぬ顔だ。これ以上は自分で考えろってことだ。
シルフィは、鳥たちの肩入れでゲールを依代に選んだのだろうか。それならたとえ悪霊に狙われてもシルフィの加護を得られる。大事にはならないだろう。
そう話して彼を安心させてあげられるかな、などとドラコの中途半端な言葉をあれこれ補って考えてみたけれど、やはりだめだ。一つ、大きな懸念が消えない。
「依代って言うからには、ゲールもシルフィの出入り口になるってことだろ」
僕のように。
口に出してから、眉間にきつく皺を寄せてしまった自分の顔を隠すように擦った。強張った表情筋をほぐしたかったのもある。
他の誰かが、まして、あんなに優しいゲールが、僕のように、これほどまで死に近い体験をさせられることになるとしたら――
想像するだけで怒りがこみあげ抑えられない気がした。
途端にドラコの作り出したいくつもの火の玉が、一瞬、ぼっと青く長く燃え上がって消えた。ジジッと薄く細くたなびく黒い煙を残して。
「お前はだな、仕方なかったんだ。俺の魔力が奪われちまってたから……」
ソファーにふんぞり返っていたドラコが、ごにょごにょと語尾を濁らせ拗ねたような上目遣いで僕を見あげている。
「じゃ、ゲールは、」
「依代と呼ばれる者だっていろいろあるんだ。お前は特別だよ。あの小僧は小娘のお気に入りっていうだけだよ」
「シルフィの?」
なんだか腑に落ちなくて小首を傾げた。それからすぐに納得して。なんとも困った消化できない息をつく。
いつ知り合ったの、などという人間同士の間柄を詮索するような疑問がまかり通るはずがない。僕の知っているシルフィは、風の精霊の一部でしかないのだから。それに彼女は全てを知っていて全てを知らない。瞬く間に忘れてしまうから。何かに留まるということをしないのだ。そんな彼女のお気に入りだなんて、僕にはそれがどういった者に当てはまるのか想像もつかなかった。おそらく気まぐれ。さっきドラコの言った通りってことだ。彼女なら、むしろ戯れ、遊び相手くらいの感覚かもしれない。
結局そういうこととしか言いようのない結論に戻ってきて、またしてもため息がついて出た。
「それで――、」
言いかけて、言葉にしあぐねたまま黙り込んでしまった。気まぐれなシルフィがゲールを助けてくれるのだろうか。当てにしてもいいのだろうか。助けを求めれば何かを差しださなければならない、とんでもない代償が必要になるのではないだろうか。
やっぱり僕が自分ですべきことなんだ。
そう決意したところで、「相変わらず頭が固いな、お前は」と呆れ声が天井から降ってきた。ドラコの体が在る方向とは違う。この声はサラだ。いくら個体が違うからって、一度にドラコを二人も相手にしたくないよ。「余計なお世話だよ」と唇を尖らせてそっぽを向いてやった。
誰のせいでこんな勘繰ってばかりの疑り深い性格になったと思ってるんだ!
それもこれもドラコが、と悪態が波のように溢れ出す前に「コウ、聴けよ!」と今度はドラコが両手を突き出して僕の思考を遮った。指先にまで絡みつく火焔のタトゥーが、今はオレンジ色にゆらゆらと立ち上がっている。綺麗だな、と不覚にもふっと気が緩んでしまった。
「小娘なんか当てにしなくてもだな、お前が望むなら俺があいつを助けてやらないこともないんだぞ。たかが人間の悪霊ごとき、ひと息に焼き払ってだな、」
僕のみせた隙に付け込むように一気に捲し立てたドラコは、ぐいと胸を張った。
「浄化してくれるの?」
ぼんやり訊き返していた。ドラコを包むオレンジから黄色に透けていく焔のグラデーションが、なんだかいつもより優しく温かい。
「お前が望むならな」
と、ここではっと我に返った。
なんだか裏がありそうな言いぶりじゃないか。僕が望むことでドラコに都合のよい事でも起こるのだろうか。
風は火を煽り燃え立たせるから。
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