46 / 99
Ⅶ 今度は僕の番
45.親しくない間柄の以心伝心は居心地が悪い
しおりを挟む
蜂蜜ミルクティーを飲み終えると、もうあれこれ言うことはせずに素直にアルに従った。
予定では、マリーがバーナードさんにしつこくして迷惑をかけないように、早めにお開きにしようと決めていた。責任持って彼女を連れて帰るって。けれどそれも、彼女の保護者代わりでもあるアルビーが来てくれたのだから、任せていいのだと思う。
それよりもゲールだ。ここなら彼を守ってあげることだってできるし、何かあった時のためにも僕がいる方がいい。彼ともっと話したい焦燥も、明日の朝にでもゆっくり話せるのだと思えば諦めもつく。彼はいろいろ誤解しているようだから、まずはそこから。だけど、とにかくアルの前では話しづらい。今は時間を置いた方がいいのだと自分自身を納得させた。
寝室に行く前に、マリーとミラ、それにショーンに挨拶しておいた。ショーンはキッチンにいると思っていたのに、いつの間にかレセプションルームに戻っていて、彼女たち相手に和気あいあいと過ごしていた。すごいなって思う。僕はいまだにミラの前では、怖くて自然に振舞えない。きっとショーンのことだから、アルとバーナードさんが僕のところへ駆けつけてくれているのに気がついて、彼女たちまでが押しかけてこないように話し相手になってくれたんじゃないかな。ありがとう、ショーン。
ショーンにしろマリーにしろ同居人である二人は、僕が体調を崩しやすいことを知っている。改めて説明する必要もない。だから「きっと疲れが出たのね。私たちのことは気にしないで、ちゃんと休みなさいよ」とマリーにさらりと労われただけで、深く詮索されることもなかった。ミラはどうでもよさそうに、「お大事に」と愛想笑いしている。それからショーンが「あまり騒がないように気をつけるよ!」と真面目な顔で言い、「また後でな」と意味ありげな笑みで見送ってくれた。
ああ、そうか。
眩暈や倦怠感は少し経てば収まる。本当に体調が悪いわけではないのだ。言われた通りにベッドに入る必要なんてない。休んだフリをして戻ればいいのか。――アルビーには怒られるかもしれないけど。
当然のように付き添って寝室にまで入ってきたバーナードさんをちらと盗み見た。
眠るのでもういいですよ、なんて言い方じゃ失礼だろうか? 無難に「ありがとうございます」と頭だけ下げておく。だけど彼は会釈を返してくれただけで、ゆるりと室内を見回すと、窓際にあった一人掛けソファーに腰を下ろしてしまった。
「あの、僕は先に休ませてもらうので」
「どうぞ。僕はしばらくここできみを見守るから、気にせず休んでくれてかまわないよ」
なんで? と、思わず眉をひそめてしまった。「かまわない」と言われても、僕の方がかまう! 小さな子どもじゃあるまいし。アルビーがするみたいに、この人にまで子ども扱いされるのは嫌だ。
「また昼のようなパニック発作が起こると心配だからね。で、今回は何を視たの、現れたのは同じ女性かい?」
彼の口調は、昨夜は何の映画を観たの、とでも尋ねるような何げないものだったのに、この思いがけない質問のせいで、僕の肩はびくっと跳ね上がってしまった。そう、まるで悪戯のバレた子どものように。
だからとっさに、
ついさっき、貧血だろう、って言ったのはどの口だよ!
などという悪態を思い浮かべてしまったのも、やましさからくる動揺を誤魔化したかったのだと思う。
「ああ、貧血だと言ったから、それとは関係ないと思った? 貧血の引き起こす動悸が、パニック発作を誘発する一因になっているかもしれない。きみはストレスで食が進むようだけど、それでは消化吸収が上手く働かないだろうな。一度血液検査を受けた方がいい」
強張ったまま、上手く表情が作れない僕に語り掛ける彼の口調は穏やかで、まるで昼間の続きを話しているみたいだ。だけど、今聞かれているのは昼の事情とは違う。僕は、何て応えるのが正解なんだろう。
「そんなに構えて考えなくてもいいんだよ」バーナードさんがくすりと笑う。目を細めると、目尻に皺がよって、すごく優しそうに見える。なんでも委ねて大丈夫のような、そんな気にさせる。だけど――
「さぁ、もう横になるといい」
また僕の逡巡を見透かしたかのように、この話を切り上げてくれたのも彼だった。
何を視たの、と問われた時はあんなに動揺したのに、目を瞑るとそこにいる彼の視線ばかりが気になって、何も考えられなかった。今日はこんなにいろんなことがあって、考えなきゃいけない事が山ほどあるのに。
けれど、そのせいだろうか。僕は自分でも知らぬ間に、速攻で眠りに落ちていた。
予定では、マリーがバーナードさんにしつこくして迷惑をかけないように、早めにお開きにしようと決めていた。責任持って彼女を連れて帰るって。けれどそれも、彼女の保護者代わりでもあるアルビーが来てくれたのだから、任せていいのだと思う。
それよりもゲールだ。ここなら彼を守ってあげることだってできるし、何かあった時のためにも僕がいる方がいい。彼ともっと話したい焦燥も、明日の朝にでもゆっくり話せるのだと思えば諦めもつく。彼はいろいろ誤解しているようだから、まずはそこから。だけど、とにかくアルの前では話しづらい。今は時間を置いた方がいいのだと自分自身を納得させた。
寝室に行く前に、マリーとミラ、それにショーンに挨拶しておいた。ショーンはキッチンにいると思っていたのに、いつの間にかレセプションルームに戻っていて、彼女たち相手に和気あいあいと過ごしていた。すごいなって思う。僕はいまだにミラの前では、怖くて自然に振舞えない。きっとショーンのことだから、アルとバーナードさんが僕のところへ駆けつけてくれているのに気がついて、彼女たちまでが押しかけてこないように話し相手になってくれたんじゃないかな。ありがとう、ショーン。
ショーンにしろマリーにしろ同居人である二人は、僕が体調を崩しやすいことを知っている。改めて説明する必要もない。だから「きっと疲れが出たのね。私たちのことは気にしないで、ちゃんと休みなさいよ」とマリーにさらりと労われただけで、深く詮索されることもなかった。ミラはどうでもよさそうに、「お大事に」と愛想笑いしている。それからショーンが「あまり騒がないように気をつけるよ!」と真面目な顔で言い、「また後でな」と意味ありげな笑みで見送ってくれた。
ああ、そうか。
眩暈や倦怠感は少し経てば収まる。本当に体調が悪いわけではないのだ。言われた通りにベッドに入る必要なんてない。休んだフリをして戻ればいいのか。――アルビーには怒られるかもしれないけど。
当然のように付き添って寝室にまで入ってきたバーナードさんをちらと盗み見た。
眠るのでもういいですよ、なんて言い方じゃ失礼だろうか? 無難に「ありがとうございます」と頭だけ下げておく。だけど彼は会釈を返してくれただけで、ゆるりと室内を見回すと、窓際にあった一人掛けソファーに腰を下ろしてしまった。
「あの、僕は先に休ませてもらうので」
「どうぞ。僕はしばらくここできみを見守るから、気にせず休んでくれてかまわないよ」
なんで? と、思わず眉をひそめてしまった。「かまわない」と言われても、僕の方がかまう! 小さな子どもじゃあるまいし。アルビーがするみたいに、この人にまで子ども扱いされるのは嫌だ。
「また昼のようなパニック発作が起こると心配だからね。で、今回は何を視たの、現れたのは同じ女性かい?」
彼の口調は、昨夜は何の映画を観たの、とでも尋ねるような何げないものだったのに、この思いがけない質問のせいで、僕の肩はびくっと跳ね上がってしまった。そう、まるで悪戯のバレた子どものように。
だからとっさに、
ついさっき、貧血だろう、って言ったのはどの口だよ!
などという悪態を思い浮かべてしまったのも、やましさからくる動揺を誤魔化したかったのだと思う。
「ああ、貧血だと言ったから、それとは関係ないと思った? 貧血の引き起こす動悸が、パニック発作を誘発する一因になっているかもしれない。きみはストレスで食が進むようだけど、それでは消化吸収が上手く働かないだろうな。一度血液検査を受けた方がいい」
強張ったまま、上手く表情が作れない僕に語り掛ける彼の口調は穏やかで、まるで昼間の続きを話しているみたいだ。だけど、今聞かれているのは昼の事情とは違う。僕は、何て応えるのが正解なんだろう。
「そんなに構えて考えなくてもいいんだよ」バーナードさんがくすりと笑う。目を細めると、目尻に皺がよって、すごく優しそうに見える。なんでも委ねて大丈夫のような、そんな気にさせる。だけど――
「さぁ、もう横になるといい」
また僕の逡巡を見透かしたかのように、この話を切り上げてくれたのも彼だった。
何を視たの、と問われた時はあんなに動揺したのに、目を瞑るとそこにいる彼の視線ばかりが気になって、何も考えられなかった。今日はこんなにいろんなことがあって、考えなきゃいけない事が山ほどあるのに。
けれど、そのせいだろうか。僕は自分でも知らぬ間に、速攻で眠りに落ちていた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
霧のはし 虹のたもとで
萩尾雅縁
BL
大学受験に失敗した比良坂晃(ひらさかあきら)は、心機一転イギリスの大学へと留学する。
古ぼけた学生寮に嫌気のさした晃は、掲示板のメモからシェアハウスのルームメイトに応募するが……。
ひょんなことから始まった、晃・アルビー・マリーの共同生活。
美貌のアルビーに憧れる晃は、生活に無頓着な彼らに振り回されながらも奮闘する。
一つ屋根の下、徐々に明らかになる彼らの事情。
そして晃の真の目的は?
英国の四季を通じて織り成される、日常系心の旅路。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました

いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる