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Ⅵ クリスマスチャイルドの受難
39.それはきみじゃなくて僕
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だけどこれって、どういうことだろう。
ゲールがいた間、アルビーは険しい顔で黙りこくっていたのだ。僕はこれから怒り狂った、あるいは拗ねて意地悪になった彼から、愚痴と嫌味をたらたら浴びせられるもの、と覚悟していた。それなのに彼はゲールの話を疑っていないばかりか、僕との関係を変に勘繰ることも言わない。なんだか拍子抜けだ。
「どうして僕がご機嫌なのか不思議に思ってる?」
ぽんと頭に手を置かれて、優しく微笑まれた。そういえば「思っていることが顔に出る」とバーナードさんにも言われたばかりだ。今もアルの真意を疑っているのが顔に出てしまったのだろうか。僕は不器用だから、誤魔化したってきっと解ってしまうのだろう。
だから、素直に「うん」と頷いた。アルはにこにこしながら、いつもの静かで柔らかな声で続けて言った。
「嬉しかったんだよ。僕は嫌でも彼に協力して、この一件をさっさと終わらせてしまえばいい、と短絡的に考えてしまったのに、きみは、最後まで彼の要求を呑まなかっただろ。他の方法で、と言ってくれた。すごく嬉しかったよ。たとえフリだとしても、彼の横に並ぶことを拒んでくれたんだもの」
それは、べつにアルビーに操を立ててという訳じゃない。建前でしかなくても、一度でも頷けばどんなふうにつけ込まれることになるか想像がつかないからだ。彼らがどんな形でこの呪を完成させてしまうか判らないのが怖いからだ。
――だけど、やはりどこかで僕は嫌だったのかもしれない。それが人助けとか、償いだとか、義務を負うものであっても、自分の心を偽ってアルビーをないがしろにしてしまうことだから。
「きっと、きみが嫌がると思ったんだ」
「うん。すごく嫌だよ。だけど我慢しなくちゃって思った。きみの友だちが困ってるのは本当のようだしね」
アルビーの手が頭から首筋をなぞって肩へと下りてきた。僕を緩く抱きしめる。囁くような掠れた声が耳を擦る。かっと体が熱くなった。アルの背中に両腕を回すと、自然と唇が重なった。そのまま深く貪るようなアルの舌に応えようと――、したかったのだが、窓の外でこっちを凝視して固まっているゲールの姿が目に入ってしまい、僕まで固まってしまった。それでもアルはお構いなしで。
もしかして、わざと見せつけてる?
「ちょっと待って、アル」慌てて彼の頭を押しのけた。アルは特に怒るでもなく、笑いをかみ殺している。やっぱりわざとだと、つい眉をひそめてしまう。
「その顔! そっちの方が安心するよ、いつものコウらしくてさ」アルはさっとこめかみにキスをくれて立ちあがる。「向こうの様子を見てくるよ。あまり放っておくと、バニーが痺れを切らして帰ってしまいかねないからね」
「バーナードさんが?」
「ああ見えて、気が短いところがあるからね」
とてもそうは見えない、と口に出す間もなく、アルビーはこの部屋を後にした。恥ずかしさで居た堪れない僕を残して。一人置いてけぼりを喰らった気分だ。たぶんアルは、僕が彼を気にすることなく、ゲールと話せるように気を使ってくれたんだと思う。
だけど僕は、今はゲールと話す気になんて、なれなくて――
恥ずかしい場面を見られた気まずさもそりゃもちろんあるけれど、それよりも、もっとアルビーの傍にいたかった。もっと、もっと甘えたかったのだ。それが叶わないなら、この余韻のなかにもう少し浸っていたい。
だけど、そんな気持ちとは裏腹に、喉元まで上がってきている悔恨で胃がむかむかする。
僕はアルビーのことを、嫉妬深くて狭量なヤツだと決めつけていたんだ。彼はそんなじゃないのに。それは、そのまま僕じゃないか。僕のバーナードさんへの嫉妬を正当化するために、僕はアルを僕と同じ次元まで引きずり降ろそうとしたんだ。
アルはわざと自分勝手で傍若無人に見えるように振舞う時もあるけれど、本当はとても優しい。優しすぎて頼ってくる相手を駄目にしてしまうから、わざと冷たくする。今はもう、僕だって判っている。
アルの想いを踏み散らすことなく、ゲールを助ける方法を見つけるにはどうすればいいのだろう。なんて、どっちにもいい顔をしたい八方美人な自分が嫌になる。
僕はずるいんだ。
見るまいとしても、窓越しにゲールがしゃがみこんでいるのが見える。
たぶん彼も、今の僕に声をかけづらくて、困っているんじゃないかな。
話している間中、彼は自分の事情に僕を巻き込んだことに、そして僕に恋人がいるという事実に、すごく恐縮しているのが伝わってきたもの。
そうか、アルのキスは、僕を守ってくれようとする彼の牽制だったんだ。
僕が安っぽい同情で、またもや、自分を投げだしたりしないように――
だけど、僕が彼に巻き込まれたんじゃない、僕たちが彼を巻き込んだに違いない、って思うから。だから、ごめん、アルビー。このまま見過ごすことだけはしたくないし、できないよ。
ゲールがいた間、アルビーは険しい顔で黙りこくっていたのだ。僕はこれから怒り狂った、あるいは拗ねて意地悪になった彼から、愚痴と嫌味をたらたら浴びせられるもの、と覚悟していた。それなのに彼はゲールの話を疑っていないばかりか、僕との関係を変に勘繰ることも言わない。なんだか拍子抜けだ。
「どうして僕がご機嫌なのか不思議に思ってる?」
ぽんと頭に手を置かれて、優しく微笑まれた。そういえば「思っていることが顔に出る」とバーナードさんにも言われたばかりだ。今もアルの真意を疑っているのが顔に出てしまったのだろうか。僕は不器用だから、誤魔化したってきっと解ってしまうのだろう。
だから、素直に「うん」と頷いた。アルはにこにこしながら、いつもの静かで柔らかな声で続けて言った。
「嬉しかったんだよ。僕は嫌でも彼に協力して、この一件をさっさと終わらせてしまえばいい、と短絡的に考えてしまったのに、きみは、最後まで彼の要求を呑まなかっただろ。他の方法で、と言ってくれた。すごく嬉しかったよ。たとえフリだとしても、彼の横に並ぶことを拒んでくれたんだもの」
それは、べつにアルビーに操を立ててという訳じゃない。建前でしかなくても、一度でも頷けばどんなふうにつけ込まれることになるか想像がつかないからだ。彼らがどんな形でこの呪を完成させてしまうか判らないのが怖いからだ。
――だけど、やはりどこかで僕は嫌だったのかもしれない。それが人助けとか、償いだとか、義務を負うものであっても、自分の心を偽ってアルビーをないがしろにしてしまうことだから。
「きっと、きみが嫌がると思ったんだ」
「うん。すごく嫌だよ。だけど我慢しなくちゃって思った。きみの友だちが困ってるのは本当のようだしね」
アルビーの手が頭から首筋をなぞって肩へと下りてきた。僕を緩く抱きしめる。囁くような掠れた声が耳を擦る。かっと体が熱くなった。アルの背中に両腕を回すと、自然と唇が重なった。そのまま深く貪るようなアルの舌に応えようと――、したかったのだが、窓の外でこっちを凝視して固まっているゲールの姿が目に入ってしまい、僕まで固まってしまった。それでもアルはお構いなしで。
もしかして、わざと見せつけてる?
「ちょっと待って、アル」慌てて彼の頭を押しのけた。アルは特に怒るでもなく、笑いをかみ殺している。やっぱりわざとだと、つい眉をひそめてしまう。
「その顔! そっちの方が安心するよ、いつものコウらしくてさ」アルはさっとこめかみにキスをくれて立ちあがる。「向こうの様子を見てくるよ。あまり放っておくと、バニーが痺れを切らして帰ってしまいかねないからね」
「バーナードさんが?」
「ああ見えて、気が短いところがあるからね」
とてもそうは見えない、と口に出す間もなく、アルビーはこの部屋を後にした。恥ずかしさで居た堪れない僕を残して。一人置いてけぼりを喰らった気分だ。たぶんアルは、僕が彼を気にすることなく、ゲールと話せるように気を使ってくれたんだと思う。
だけど僕は、今はゲールと話す気になんて、なれなくて――
恥ずかしい場面を見られた気まずさもそりゃもちろんあるけれど、それよりも、もっとアルビーの傍にいたかった。もっと、もっと甘えたかったのだ。それが叶わないなら、この余韻のなかにもう少し浸っていたい。
だけど、そんな気持ちとは裏腹に、喉元まで上がってきている悔恨で胃がむかむかする。
僕はアルビーのことを、嫉妬深くて狭量なヤツだと決めつけていたんだ。彼はそんなじゃないのに。それは、そのまま僕じゃないか。僕のバーナードさんへの嫉妬を正当化するために、僕はアルを僕と同じ次元まで引きずり降ろそうとしたんだ。
アルはわざと自分勝手で傍若無人に見えるように振舞う時もあるけれど、本当はとても優しい。優しすぎて頼ってくる相手を駄目にしてしまうから、わざと冷たくする。今はもう、僕だって判っている。
アルの想いを踏み散らすことなく、ゲールを助ける方法を見つけるにはどうすればいいのだろう。なんて、どっちにもいい顔をしたい八方美人な自分が嫌になる。
僕はずるいんだ。
見るまいとしても、窓越しにゲールがしゃがみこんでいるのが見える。
たぶん彼も、今の僕に声をかけづらくて、困っているんじゃないかな。
話している間中、彼は自分の事情に僕を巻き込んだことに、そして僕に恋人がいるという事実に、すごく恐縮しているのが伝わってきたもの。
そうか、アルのキスは、僕を守ってくれようとする彼の牽制だったんだ。
僕が安っぽい同情で、またもや、自分を投げだしたりしないように――
だけど、僕が彼に巻き込まれたんじゃない、僕たちが彼を巻き込んだに違いない、って思うから。だから、ごめん、アルビー。このまま見過ごすことだけはしたくないし、できないよ。
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