エートス 風の住む丘

萩尾雅縁

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Ⅵ クリスマスチャイルドの受難

37.僕の運命を勝手に決めるな!

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「その通り! コウすごいじゃん! これを見ただけでそこまで解るなんて。そうなんだよ、俺、魔女の罠にハマっちゃったんだ」
「うん、」
「こっちに来るまではさ、夢の中だけで済んでたんだ。だけど、今はどんどん時間が増えてきてるんだ。万聖節サウィンには完全にだろ? このままじゃ向こう側に取り込まれちゃうよ。俺、もう、どうしようかって、ずっと困ってて。きみにもなかなか逢えなかったしさぁ」
「僕――?」
「うん、きみ。テントウ虫レディバードが導いてくれた俺の運命の相手じゃん、な、そうだろ?」と、ゲールは肩に座る侏儒ヴィーに相槌を促す。
「そうじゃ、そうじゃ! 運命はそうやすやすとは変わらぬものなのじゃ」

 こいつ――

 むっと唇を結んでアメジスト色の侏儒を睨みつけた。ヴィーはすっと目を細めたのか、その瞳は白く覆いかぶさる眉毛に隠れ、どこを見ているのかも判らなくなった。

「だからさ、あの魔女がやって来るさえ逃げおおせれば、イケると思うんだ」
 小さくため息をついてから、ゲールがすまなそうに言い加えた。

「ちょっと待って。整理する時間が欲しい」

 それだけ言って目を瞑った。視界にアルビーがいると上手く考えがまとまらない。心臓がずきずきする。

 万聖節の前から死者が――、あるいは悪霊、魔女のたぐいがゲールを狙って蠢いている。彼らが大手を振ってこちら側を歩ける万聖節に、その能力は最大値をつけるのだ。だから、その日さえ乗り切ればとゲールたちは考えているのだろう。今のこの状況は、近づく万聖節のせいなのだ、と。
 だけど、僕は知っている。
 このロンドンで、こうも、あの世とこの世、あちら側とこちら側の境界が薄くなってしまったのは、誰のせいなのか――。

 深々とため息がついてでた。

 僕たちのしでかした事が、またもやこんな形でゲールに迷惑をかけている。彼の言うてんとう虫が僕のもとへ来たのは、他でもない僕が決着を着けなければならない事だからではないだろうか。

 そして、それに加えて。

 目を開けて、窓の外へと視線を投げた。大小の鳥たちがソワソワと小さな頭を右へ左へと振っていて落ち着かない。

 いったい、どういうつもりなんだって、訊かなきゃいけない。
 シルフィに――

 まさかドラコが僕にしたように、ゲールの魂でその身体を完成させるためにここへ呼び寄せた訳ではないだろうが。
 彼女に、ゲールを依代に定めたという、侏儒の言葉の真意を問い質さねば。だけどそれは、僕たちがイギリスに来る以前の話なのだ。日本で産まれたばかりのシルフィがどこまで知り得ているのか――。

 千々ちぢに分かれてまとまることを好まず、そのくせこの世の規則には縛られるままの風の精霊シルフから、僕が理解できる返答を得られるのかどうか。

 ため息ばかりが尽きない。

 眉をしかめたまま、鏡の中のアルビーを悩ましく見つめた。だけど彼はちらっと僕に目を向けただけで知らん顔だ。ゲールの事情は分かったのだから、もうそんなに臍を曲げなくてもいいじゃないか。この誤解に関しては、僕に責任はないのだから。

 ――別の責任はあるけれど。


 ほぅっと、脱力した息をついてしまった。

「僕は、恋人のフリをするとかしないとか、あまり関係ないと思うんだ。だけど、きみの身の安全を計らなきゃいけないのは理解できるし、そのためにできる助力は惜しまないよ」

 うん、うんと頷くゲールの横で侏儒がじっと僕を凝視している。

「ゲール、とりあえずここに住まない? ほら、前に下宿探しに困ってるって言ってただろ? それにここなら、そんじょそこらの悪霊くらいじゃ入って来れないよ」

 安堵したような吐息の後、やっぱり――、とゲールの唇が動いた気がした。そりゃそうだよな。こんな幾重にも像を重ねて惑わすように鏡を張り巡らせた造りを、変に思わないはずがない。

「後で、ここの持ち主を改めて紹介するよ」
「え、もう会ってる? ああ、あの落ち着いた人だね」ぱぁっと明るく弾んだ声が返ってきた。僕は苦笑して首を振る。
「じゃ、あのイケてる子たちのどっちか?」
 もちろん違う。
「ショーン?」
 声のトーンが一段階落ちた。 
「まさか、あいつ?」
 一瞬にして、ゲールの顔が嫌悪に歪んだ。
「あいつをここに入れないための結界だと思ってた」
「それもあるよ。ドラコがこの建物内に入るにはアルの許可がいるんだ」

 だから、アルと一緒に来た折は問題なく入ってこれたのだ。だけどテラスに出た後は、アルは再び室内に戻る許可をドラコに与えていない。僕はドラコが仕掛けたこの改装は、結界を解くためのものだと勘繰ったのだけど、そうじゃないのかもしれない。未だに彼はこの場に介入してこないもの。

「それじゃあ、話はこんなところでいいかな。あんまりマリーたちを放っておくと、後が大変なんだ」と少しおどけて肩をすくめてみせると、「あ、ごめん。俺のことばっかで」と、ゲールはぴょこんと立ちあがった。

 僕は「きみも、それでいい?」と小首を傾げて、鏡の中のアルビーではなく、彼の後頭部に問い質した。






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