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Ⅴ テラスは風に翻弄される
33.気づかないのか、気にしないのか
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茫然としている僕の姿が正面の鏡に映っている。ショーンはすぐに気づいて、笑いすぎて涙まで浮かべていた目を細め、鏡の中の僕に声をくれた。
「コウ、今日の主役がこんなところで何やってんだ?」
どんな陰りもない楽しげな声だ。だけど、目が充血してとろんとしている。
まさか、酔ってる? 嘘だろ、酒に強いショーンが酔っ払っているなんて。姿が見えなかったのなんて、せいぜい何十分かのことじゃないか!
「きみが、乾杯の時に来なかったから」ざわざわする気持を誤魔化したくて、言い訳がましく呟いた。
「あ、そうか! 気づかなかったよ、悪かったな。でもな、俺は今こいつの監視を頼まれててな、ここを離れるわけにいかないんだ」ショーンは鏡に視線を戻して、さもおかしそうに、にっと口許を崩す。
誰もいない。鏡に映っているカウンター本体にも目を向けてみたが、やはりいない。角度のせいか、とショーンの背後に腰を屈めてみた。すると、ハイテーブルの向かい側で、スペンサーが赤ら顔でにたにた笑っているではないか。また心臓が止まるかと思った。スペンサーがそこにいることに、ではなくて、ショーンのせいで。
この切り株のハイテーブルは、壁の鏡に接っしているから円形に見えるだけなのだ。
変に思わないのだろうか。要は中心で切断された半円型だから、席に着けばテーブルを挟んだ向かい側には自身の像が映るはずなのだ。自分ではない者が映るなんておかしい、と気づかないはずがないじゃないか。
だけど、そう指摘することが正しいのかどうか、今、この場では判断がつかなかった。ただ、この状況を良しとするわけにはいかない。今日、この家にはバーナードさんやマリーにミラという、普通の人たちがいるのだ。
それにアルビーだって。
こんな普通でない事は、きっとまたドラコの奇術のせいにされる。この家を勝手に改装したのはブラウニーたちなのに。
と、ここで、はたして本当にそうなのだろうか、と疑問が過った。ドラコは確か、
――指示通りにできてるか確認をだな、しときたいからな
そんなことを言っていなかったか。たしか、その時僕は、アルビーやバーナードさんのことで頭がいっぱいで、気に留めることもなかったんだ。
やられた――
不安が螺旋に渦巻いて、広がる。
ドクン、ドクンと心臓が脈打つ音が聞こえる。
こんなところへ、バーナードさんを招いてしまったなんて。そのうえ、アルビーまで。
なにかが起きる前に、さっさとパーティを終わらせないと!
気持ちが焦って、それに、ショーンがミラがいることに怒っているのではなくて、機嫌よく飲んでいるのに安心したこともあって、僕は「じゃ、ゲールと話してくるね」とこの場を離れることにした。その時一瞬目の端に残った鏡の中では、スペンサーがいそいそとカウンターに置かれた樽の蛇口を捻り、エールを注いでいるところだった。
まるでパブみたいだな、あんなものまであるなんて。
と、この時は特に気にすることもなく、やり過ごしてしまった。現実のキッチンカウンターには、あんな目立つ木製の樽なんてなかったというのに。
僕は、本当にいろんなものを見落としてしまっていたのだ。
アルビーとゲールの待つ音楽室は、可動式の壁で仕切られている。声をかけてから入ると、その場は想像した通りの重苦しい沈黙が満ち満ちていた。黙々と食べものを口に運ぶゲールと、不機嫌丸出しのアルビーがソファーで向かい合っていたのだ。それに、アメジスト色の綺麗な小鳥が一羽、ローテーブルの上で蜂蜜色のお酒を小皿から嗜んでいた。さっきの侏儒が彼らを代表して来たんだろうな。窓から見えるテラスの欄干には、鳥たちが大移動してきているもの。
ドラコが絡んでいるのなら、話は簡単だ。きっとまた性懲りもなく、アルビーと僕を引き裂くための呪をかけたのだろう。
今度はゲールに。
だけど相手が悪かった。彼はそう簡単に呪に絡み取られる子ではなさそうだ。呪に対して耐性がある。それにある程度、仕組みも分かっているのだろう。
そうでなきゃ、こんなに飄々としていられるはずがない。
だけどアルビーは彼のようにはいかない。
僕が部屋に入ってきても、彼は僕を見なかった。相当怒っているってことだ。
僕はアルビーに申し訳ないという気持ちと同時に、そんな彼を面倒くさい、と疎ましく感じて――
この自分勝手な感覚を慌てて打ち消した。
嫌になる。
全部、僕のせいなのに。
「コウ、今日の主役がこんなところで何やってんだ?」
どんな陰りもない楽しげな声だ。だけど、目が充血してとろんとしている。
まさか、酔ってる? 嘘だろ、酒に強いショーンが酔っ払っているなんて。姿が見えなかったのなんて、せいぜい何十分かのことじゃないか!
「きみが、乾杯の時に来なかったから」ざわざわする気持を誤魔化したくて、言い訳がましく呟いた。
「あ、そうか! 気づかなかったよ、悪かったな。でもな、俺は今こいつの監視を頼まれててな、ここを離れるわけにいかないんだ」ショーンは鏡に視線を戻して、さもおかしそうに、にっと口許を崩す。
誰もいない。鏡に映っているカウンター本体にも目を向けてみたが、やはりいない。角度のせいか、とショーンの背後に腰を屈めてみた。すると、ハイテーブルの向かい側で、スペンサーが赤ら顔でにたにた笑っているではないか。また心臓が止まるかと思った。スペンサーがそこにいることに、ではなくて、ショーンのせいで。
この切り株のハイテーブルは、壁の鏡に接っしているから円形に見えるだけなのだ。
変に思わないのだろうか。要は中心で切断された半円型だから、席に着けばテーブルを挟んだ向かい側には自身の像が映るはずなのだ。自分ではない者が映るなんておかしい、と気づかないはずがないじゃないか。
だけど、そう指摘することが正しいのかどうか、今、この場では判断がつかなかった。ただ、この状況を良しとするわけにはいかない。今日、この家にはバーナードさんやマリーにミラという、普通の人たちがいるのだ。
それにアルビーだって。
こんな普通でない事は、きっとまたドラコの奇術のせいにされる。この家を勝手に改装したのはブラウニーたちなのに。
と、ここで、はたして本当にそうなのだろうか、と疑問が過った。ドラコは確か、
――指示通りにできてるか確認をだな、しときたいからな
そんなことを言っていなかったか。たしか、その時僕は、アルビーやバーナードさんのことで頭がいっぱいで、気に留めることもなかったんだ。
やられた――
不安が螺旋に渦巻いて、広がる。
ドクン、ドクンと心臓が脈打つ音が聞こえる。
こんなところへ、バーナードさんを招いてしまったなんて。そのうえ、アルビーまで。
なにかが起きる前に、さっさとパーティを終わらせないと!
気持ちが焦って、それに、ショーンがミラがいることに怒っているのではなくて、機嫌よく飲んでいるのに安心したこともあって、僕は「じゃ、ゲールと話してくるね」とこの場を離れることにした。その時一瞬目の端に残った鏡の中では、スペンサーがいそいそとカウンターに置かれた樽の蛇口を捻り、エールを注いでいるところだった。
まるでパブみたいだな、あんなものまであるなんて。
と、この時は特に気にすることもなく、やり過ごしてしまった。現実のキッチンカウンターには、あんな目立つ木製の樽なんてなかったというのに。
僕は、本当にいろんなものを見落としてしまっていたのだ。
アルビーとゲールの待つ音楽室は、可動式の壁で仕切られている。声をかけてから入ると、その場は想像した通りの重苦しい沈黙が満ち満ちていた。黙々と食べものを口に運ぶゲールと、不機嫌丸出しのアルビーがソファーで向かい合っていたのだ。それに、アメジスト色の綺麗な小鳥が一羽、ローテーブルの上で蜂蜜色のお酒を小皿から嗜んでいた。さっきの侏儒が彼らを代表して来たんだろうな。窓から見えるテラスの欄干には、鳥たちが大移動してきているもの。
ドラコが絡んでいるのなら、話は簡単だ。きっとまた性懲りもなく、アルビーと僕を引き裂くための呪をかけたのだろう。
今度はゲールに。
だけど相手が悪かった。彼はそう簡単に呪に絡み取られる子ではなさそうだ。呪に対して耐性がある。それにある程度、仕組みも分かっているのだろう。
そうでなきゃ、こんなに飄々としていられるはずがない。
だけどアルビーは彼のようにはいかない。
僕が部屋に入ってきても、彼は僕を見なかった。相当怒っているってことだ。
僕はアルビーに申し訳ないという気持ちと同時に、そんな彼を面倒くさい、と疎ましく感じて――
この自分勝手な感覚を慌てて打ち消した。
嫌になる。
全部、僕のせいなのに。
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