エートス 風の住む丘

萩尾雅縁

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Ⅴ テラスは風に翻弄される

31.ややこしい話は場所を選んで

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 またもや、もう何度目かしれない沈黙がこの場を覆っていた。順繰りに彼らの上に視線を滑らせた。
 ドラコは僕の視線を受けながら、やはり応える気はないらしい。にやにや笑うだけで静観と決め込んでいる。シルフィはこの場が居た堪れないのか、ガーデンテーブルの下に潜り込んでしまっている。見た目は14、5歳といっても、社会性はまだまだの幼い子どもだから仕方がない。

 ゲールは、少し僕に申し訳なさそうな顔をしている。あるいはがっかりしたような、かな。
 このまま何も言わなければ、僕にはこの侏儒こびとの姿は視えず、ただの小鳥にすぎないと知らぬふりでやり過ごせるかもしれない。
 でもそれじゃあ、あまりにも彼に対して誠意がないじゃないか。ゲールは隠すことなく彼のありのままを見せてくれ、僕を心配してくれたのに。

 そして、アメジスト色の侏儒こびと。僕が彼の挨拶に応えるのを待っている。それに他の鳥たち――、いや、いろんな色のすっぽりとした服と揃いの頭巾を被った侏儒たちも、固唾を飲んで僕たちを見守っている。
 よくもまぁ、こんなに集まったものだ。ゲールはといい関係を築けてるんだな。

 何か答えなきゃ、というのは解ってる。だけど、それが難しい。
 下手なことを言うと、このしゅに嵌ってしまうから――

 僕のことを「御方おんかたの定めしゲールの伴侶」、とこの侏儒はすでに決定事項として過去形で語った。挨拶を返すなんてまずもって論外だ。呪を完成させてしまう。何のことかと訊き返すのもだめだ。事実として説明されて終わるだけだろう。そもそも僕の意志なんて尊重されてないのだから。

 この御方と呼ばれている彼らのあるじが、僕になんらかの呪をかけたのは間違いないと思う。それもドラコの了承を得て。からくりが解れば、ここ数日の僕自身の行動にも説明がつくというものだ。
 あるいはドラコの方から、誰かを使って僕に呪をかけさせたのかもしれない。ゲールを使ったのか、と一瞬思い浮かんだけれど、彼のドラコへの反応から、それはありそうにないと思い返した。きっと、彼は利用されただけだ。

 だからこそ、互いのために、この呪を解くにはどうしたら――



「ゲール、僕は男だって解ってるよね」

 意を決して、言葉を発した。

 もしかして、って思っていたけれど……。
 そんなあからさまに驚くなよ、傷つくじゃないか! 

 ドラコを目にした時よりも、よほどショックを受けている顔をするなんて、なんだか恨めしい。

「冗談だろ――。日本人、マジ性別不詳じゃん。俺、すっかり騙されてるじゃん」

 騙してない!

 へたへたとしゃがみこんでしまった彼を、アメジスト色の侏儒が不思議そうに覗きこんでいる。

「なんじゃ、お前、つまらぬことを気にするのじゃな。ほれ、そのようなことなぞ、ほれ、大したことではないぞ」
「勘弁してくれよ。いくらコウが可愛くたって、俺、女の子が好きだもん」

 うん、僕も彼を見ててそうだろうな、って思った。マリーやミラと話していた時のゲールは、照れ臭そうだったのと同じくらい、嬉しそうだったもの。僕といた時とは違う、桃色の空気を発散していた。僕に対して好意を持ってくれているのは感じたけれど、それは性欲じゃなかった。だからカマをかけてみたんだ。万人に通じるセクシーな色は、きっと素肌色なのだろう。


 彼がショックから立ち直るまで、手持ち無沙汰で空を仰いだ。薄らと残っていた茜色も紫紺に呑まれつつある。植木に隠されたガーデンライトがぽつりぽつりと点灯し始めている。急速に迫ってくる夜気やきに肩をすぼめ、そっとドラコを盗み見た。案の定、忌々いまいましそうな顔をして、ちっと舌打ちしている。
 おあいにくさま。
 反応からして、ドラコの仕掛けは切り抜けられたかな。
 

「僕にかけた呪、きみの方で解いてくれる? 僕はきみの伴侶になるわけにはいかないし、きみだって誤解していたのなら、それがいいんじゃないかな」
 そろそろいいかな、と笑みを作り、僕もしゃがんで提案してみた。ゲールはなんだか泣きそうに口をへの字に結んでいる。
 

「ふーん、ずいぶん面白そうな話をしてるじゃないか、伴侶だなんて。誰が、誰の伴侶だって? コウ、どういうことか詳しく聴かせてくれる?」

 口調はあくまで柔らかく優しげな、だけど僕にはとてつもなく冷ややかだと判る声が、僕の背中を凍りつかせた。

 脇が甘かったのだ。
 まさか、こんな話を、アルビーに聞かれるなんて――





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