31 / 99
Ⅴ テラスは風に翻弄される
30.大切なことには答えてくれない
しおりを挟む
薄らと黄金色に滲んだ空を背にして、クククッとドラコが体を震わせて笑った。逆光を孕んだ赤い髪がゆらめきますます輝きを放つ。燃えたつ焔のように。
「お前にはこいつがどう視えてるんだ?」と、ドラコは僕の方へと顎をしゃくった。
「どうって、コウは透けてる。半魂じゃん。そしてあんたはコウとダブってる。あんた、コウの魂を喰ったんだろ!」
すごいな、この子――。
神々しいまでの威圧感を放つドラコを恐れもしないばかりか、火の精霊の化身である彼に食ってかかっているなんて。地の精霊の呪縛から自由になったドラコは、以前よりもずっと本質に近い姿をしているのだ。僕やドラコの姿がそんなふうに視えているなら、当然彼には、ドラコの本質だって視えているだろうに。
「面白れぇ! 生意気だな、お前! おい、なんだって、こんな小僧を選んだんだ?」
にたにた笑いながら、ドラコの金色の瞳が宙を見据える。つうとその空間に入った一本の切れ目から、シルフィが体を滑らせるようにしてでてきた。
「だめだよ! こんな、扉でもないところから!」顔をしかめた僕を、すかさずドラコが「これくらいのことで怒るなよ、コウ」と揶揄うように笑う。
「だめ。この世界の規則は守ってよ。こんなところを皆に見られたら、僕が困る。きみだってここで暮らせなくなるんだよ」
シルフィに「め!」と唇を尖らせてみせた。彼女は素直に、ごめんなさい、と肩をすぼめる。ほら、ドラコと違ってちゃんと言う事をきいてくれる。
彼女の目線が、そっとゲールに向けられている。彼の方は、なんだかぽかんと僕たちを見ている。
何を、どう説明すればいいのか――
たぶん、彼は僕と同じかよく似た体質の持ち主で、生まれつき視える人なのだろう。でも、同じなのはそれくらい。ここからどう話を持っていけばいいのか、皆目判らない。彼みたいな人に逢うのは初めてだから嬉しいといえば嬉しいのだが。だからこそ、理解されないと怖い。安易に「同じだ」というカテゴリーで括ってしまうわけにはいかない。
誰もが何も口にできない沈黙に支配されていた。この場をどうしよう――、と思いあぐねていたその時、いきなり腕を掴まれた。
「コウ、きみ、そんな透けた身体で普通にちゃんと暮らせてる?」
いつでもにこにこしている印象しかなかったゲールが、眉間に皺をよせ、警戒感まる出しでドラコに眼を飛ばしている。僕とドラコとの間にはけっこう距離があったけれど、ゲールがその間に立ったのは、おそらく僕を庇うためだ。
「えっと、僕はべつに彼に喰べられた訳じゃなくて。その、合意の上っていうか」
「嘘だ! きみがどんな馬鹿でも自分の命を削るようなこと、する訳ないじゃん!」
ごもっとも。合意したのはすべてが終わってからだった。
「仕方がなかったんだ。いろいろ事情があるんだよ」さすがに、正直に話せば反発必至な儀式のことを、こんなところで明かすことはできない。僕は彼が何者なのかもまだ判ってはいないのだ。そう、ただ彼の名前に惹かれただけで――
そうだ、名前。
「彼はその名の通り、大風の使い手なの?」
ゲール本人ではなく、シルフィに、継いでドラコに視線を送って尋ねた。
でもドラコは意地悪くにやにやしているだけだし、シルフィは、そんなドラコと僕をチラチラと見るだけだ。
ほら、こういう大切なことには答えてくれないんだよ……。
「いやいやいや、失礼おば致し申した」
突然のしゃがれ声がどこからしたのか判らなくて、きょとんと辺りを見回してしまった。
「ほれ、ここじゃ、ここじゃ」
その声に応えたくてもドラコもシルフィも知らんぷりしてるし、ウッドデッキには鳥たちがウロウロするばかりで。
ゲールがクスッと笑った。
バサバサッと小鳥が飛びたち、彼の肩に留まり――
真っ白な髯をたくわえ、綺麗なアメジスト色の服と頭巾を身につけた侏儒になった。人間の赤ちゃんくらいの大きさだろうか。ゲールの頭を支えにして、そう広くもない肩の上に器用に立っている。
「お初にお目にかかる。御方の定めしゲールの伴侶よ」
伴侶?
どういうこと、とゲールに瞳で問いかけた。けれど心は、ゲールよりもその向こうにいるドラコを睨みつけていた。
やっぱり、何か仕掛けてたんだろ。皆の揃うこのタイミングで、ゲール・マイスターがここにいる、ってことに意味がないはずがない。
間違いない。
ドラコのやつ、肩を震わせて笑っているじゃないか――
「お前にはこいつがどう視えてるんだ?」と、ドラコは僕の方へと顎をしゃくった。
「どうって、コウは透けてる。半魂じゃん。そしてあんたはコウとダブってる。あんた、コウの魂を喰ったんだろ!」
すごいな、この子――。
神々しいまでの威圧感を放つドラコを恐れもしないばかりか、火の精霊の化身である彼に食ってかかっているなんて。地の精霊の呪縛から自由になったドラコは、以前よりもずっと本質に近い姿をしているのだ。僕やドラコの姿がそんなふうに視えているなら、当然彼には、ドラコの本質だって視えているだろうに。
「面白れぇ! 生意気だな、お前! おい、なんだって、こんな小僧を選んだんだ?」
にたにた笑いながら、ドラコの金色の瞳が宙を見据える。つうとその空間に入った一本の切れ目から、シルフィが体を滑らせるようにしてでてきた。
「だめだよ! こんな、扉でもないところから!」顔をしかめた僕を、すかさずドラコが「これくらいのことで怒るなよ、コウ」と揶揄うように笑う。
「だめ。この世界の規則は守ってよ。こんなところを皆に見られたら、僕が困る。きみだってここで暮らせなくなるんだよ」
シルフィに「め!」と唇を尖らせてみせた。彼女は素直に、ごめんなさい、と肩をすぼめる。ほら、ドラコと違ってちゃんと言う事をきいてくれる。
彼女の目線が、そっとゲールに向けられている。彼の方は、なんだかぽかんと僕たちを見ている。
何を、どう説明すればいいのか――
たぶん、彼は僕と同じかよく似た体質の持ち主で、生まれつき視える人なのだろう。でも、同じなのはそれくらい。ここからどう話を持っていけばいいのか、皆目判らない。彼みたいな人に逢うのは初めてだから嬉しいといえば嬉しいのだが。だからこそ、理解されないと怖い。安易に「同じだ」というカテゴリーで括ってしまうわけにはいかない。
誰もが何も口にできない沈黙に支配されていた。この場をどうしよう――、と思いあぐねていたその時、いきなり腕を掴まれた。
「コウ、きみ、そんな透けた身体で普通にちゃんと暮らせてる?」
いつでもにこにこしている印象しかなかったゲールが、眉間に皺をよせ、警戒感まる出しでドラコに眼を飛ばしている。僕とドラコとの間にはけっこう距離があったけれど、ゲールがその間に立ったのは、おそらく僕を庇うためだ。
「えっと、僕はべつに彼に喰べられた訳じゃなくて。その、合意の上っていうか」
「嘘だ! きみがどんな馬鹿でも自分の命を削るようなこと、する訳ないじゃん!」
ごもっとも。合意したのはすべてが終わってからだった。
「仕方がなかったんだ。いろいろ事情があるんだよ」さすがに、正直に話せば反発必至な儀式のことを、こんなところで明かすことはできない。僕は彼が何者なのかもまだ判ってはいないのだ。そう、ただ彼の名前に惹かれただけで――
そうだ、名前。
「彼はその名の通り、大風の使い手なの?」
ゲール本人ではなく、シルフィに、継いでドラコに視線を送って尋ねた。
でもドラコは意地悪くにやにやしているだけだし、シルフィは、そんなドラコと僕をチラチラと見るだけだ。
ほら、こういう大切なことには答えてくれないんだよ……。
「いやいやいや、失礼おば致し申した」
突然のしゃがれ声がどこからしたのか判らなくて、きょとんと辺りを見回してしまった。
「ほれ、ここじゃ、ここじゃ」
その声に応えたくてもドラコもシルフィも知らんぷりしてるし、ウッドデッキには鳥たちがウロウロするばかりで。
ゲールがクスッと笑った。
バサバサッと小鳥が飛びたち、彼の肩に留まり――
真っ白な髯をたくわえ、綺麗なアメジスト色の服と頭巾を身につけた侏儒になった。人間の赤ちゃんくらいの大きさだろうか。ゲールの頭を支えにして、そう広くもない肩の上に器用に立っている。
「お初にお目にかかる。御方の定めしゲールの伴侶よ」
伴侶?
どういうこと、とゲールに瞳で問いかけた。けれど心は、ゲールよりもその向こうにいるドラコを睨みつけていた。
やっぱり、何か仕掛けてたんだろ。皆の揃うこのタイミングで、ゲール・マイスターがここにいる、ってことに意味がないはずがない。
間違いない。
ドラコのやつ、肩を震わせて笑っているじゃないか――
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。


その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる