エートス 風の住む丘

萩尾雅縁

文字の大きさ
上 下
30 / 87
Ⅴ テラスは風に翻弄される

29.まさしく突風!

しおりを挟む
 息が止まるかと思った。思わずバーナードさんやマリーたちに聴かれてないか、彼らの顔色を窺った。それから肩で一呼吸整えて――と、そこで突然上がった素っ頓狂な声に邪魔された。ミラだ。

「あなたの髪! どこのメーカー使ってるの?」
「あ、これ? 染めてるんじゃないよ、地毛なんだ」ゲールは戸惑ったように、ドライヤーをあてたばかりのふわふわの前髪を摘まんでみせる。僕も前に聴いた、髪の毛は彼のコンプレックスなんだって。
「うわぁ、羨ましい! そのストロベリーブロンド、最高にステキ!」
「そうかな、ありがとう」

 照れ臭そうにゲールは笑っている。そこからミラは矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。アルビーとバーナードさんの会話に割って入る訳にもいかず、退屈していたのだろう。マリーもこれ幸いとばかりに、飲み物やオードブルを盛んに勧め始めた。

 それは僕としても嬉しいのだが、今は早くさっきの彼の発言を確かめたい。といっても、興が乗ってきた会話を中断するわけにもいかなくて……。

 そうだ、確かドラコがテラスへ出たままだった。ドラコに彼のことを訊いてみよう。

 迷いつつ立ちあがって窓の外を眺め――て、腰が抜けて、ドスンとまた座り直す羽目になった。

 なんなんだよ、このテラス! 

 鳥がびっしり並んでる。テラスの石造りの欄干パラペットを隙間なく埋め尽くすほど。それも1種類じゃない、大小様々ないろんな鳥が。

 思わず目を逸らしてしまった。あまり凝視していたら、アルたちに気づかれるかなって。彼らが窓を背にして座ってくれていて、本当によかった。

 また、ドラコが何かしでかしたのか――
 いや、空のことはシルフィの領域かな。

 冷や汗がだらだら流れていた。混乱した思考がくるくる回っている。ふうっと強く息を吹きかけられた風車のように。

 しっかりしろ、まだパーティは始まったばかりだぞ!

 とりあえず落ち着こう。そう、まずしなきゃいけないことは――

 ドラコとシルフィを見つけて事情を訊かなきゃ!

 カラカラに乾いた喉に、飲みかけのカクテル(もちろんノンアルコール!)を一気に流しこんだ。それから、ぐっと唇を引きしめて立ちあがった。おずおずと皆を見回すと、ゲール一人だけが、顔面蒼白の面持ちで窓を凝視していた。

 ああ、位置が悪かった。景色、よく見えるんだ。

「ちょっと、ごめん」と、彼はミラとマリーに断ってから席を立った。
「コウ」と腕を掴まれ、「外の空気を吸いに出たいんだけど、いいかな?」と暗に連れだされた。




「ごめん! 気持ち悪かっただろ! こいつら悪気はないんだよ。あんま怖がらないでやってくれる? 根はいい奴らばっかだしさ」
「え?」

 上目づかいで甘えるように覗きこまれ、タジタジと後退りしてしまった。この子、なんだかやたら懐っこいというか、馴れ馴れしいというか。アルもだけど、親しくなるとぐっと距離感が縮まりスキンシップが増えるのは国民性かな。それにしたって――

 いや、今はそんなことよりも訊かなくては。

「気持ち悪いって、この、鳥たちのこと?」
「うん、そう。俺の友達っていうか。人生の師匠っていうか。俺のこと心配してくれてるんだ。ほら、ここに来るまでにもちょっとあったじゃん」

 と、言われても――
 聞いた話だけでも、彼にはいろんなことがありすぎてどれのことを言っているのか……。

「えっと、きみが泥だらけだったこと?」とりあえず、今のことに焦点を絞って訊き返した。
「うん。近道かと思ってさ、公園を抜けようとしたのがマズかったんだよな、たぶん。ウサギ穴に引きずり込まれそうになっちゃってさ、命からがらってヤツ。まだ万霊節サウィンには早いってのに、こうも死者が出歩いてるなんて思わないじゃん」

 癖のある早口でまくしたてられて、耳がついていかない。
「死者」って? サウィンというのはハロウィンのことだろうけれど、それがこの鳥たちとどう繋がるのかが、まるで判らないよ。

 僕はよほど訝しげな顔をしていたのだろう。あっけらかんと喋っていたゲールの表情が、徐々に強張っていた。言葉の勢いも目に見えて削がれていって――

「だからつまり、彼らは、さ――」

 枯れたため息にとって替わられてしまった。
 僕は伝説のバジリスクにでもなったよう。眼差しで彼を石にしてしまった。こんな反応にどれほど心を潰されるか、僕は誰よりも知っているはずなのに――
 誤解を解こうと口を開きかけた時、背後からの声に助けられた。

「ふーん、なるほどな。お前、クリスマス生まれか?」
 
 そこにいたはずの鳥たちは、なぜかウッドデッキに下りていて、互いに言葉を交わし合っているかのように小さく囀り合いながら、彼を遠巻きにしている。
 欄干には、いつの間にやらドラコが腰かけていたのだ。だけど、ほっとしたのも束の間、
 
「あんたこそ、何? この子の魂、喰っちゃったの?」


 石から蘇生したゲールの口から勢いよく放たれたのは、またしても僕の度肝を抜く言葉だった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

処理中です...