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Ⅴ テラスは風に翻弄される
29.まさしく突風!
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息が止まるかと思った。思わずバーナードさんやマリーたちに聴かれてないか、彼らの顔色を窺った。それから肩で一呼吸整えて――と、そこで突然上がった素っ頓狂な声に邪魔された。ミラだ。
「あなたの髪! どこのメーカー使ってるの?」
「あ、これ? 染めてるんじゃないよ、地毛なんだ」ゲールは戸惑ったように、ドライヤーをあてたばかりのふわふわの前髪を摘まんでみせる。僕も前に聴いた、髪の毛は彼のコンプレックスなんだって。
「うわぁ、羨ましい! そのストロベリーブロンド、最高にステキ!」
「そうかな、ありがとう」
照れ臭そうにゲールは笑っている。そこからミラは矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。アルビーとバーナードさんの会話に割って入る訳にもいかず、退屈していたのだろう。マリーもこれ幸いとばかりに、飲み物やオードブルを盛んに勧め始めた。
それは僕としても嬉しいのだが、今は早くさっきの彼の発言を確かめたい。といっても、興が乗ってきた会話を中断するわけにもいかなくて……。
そうだ、確かドラコがテラスへ出たままだった。ドラコに彼のことを訊いてみよう。
迷いつつ立ちあがって窓の外を眺め――て、腰が抜けて、ドスンとまた座り直す羽目になった。
なんなんだよ、このテラス!
鳥がびっしり並んでる。テラスの石造りの欄干を隙間なく埋め尽くすほど。それも1種類じゃない、大小様々ないろんな鳥が。
思わず目を逸らしてしまった。あまり凝視していたら、アルたちに気づかれるかなって。彼らが窓を背にして座ってくれていて、本当によかった。
また、ドラコが何かしでかしたのか――
いや、空のことはシルフィの領域かな。
冷や汗がだらだら流れていた。混乱した思考がくるくる回っている。ふうっと強く息を吹きかけられた風車のように。
しっかりしろ、まだパーティは始まったばかりだぞ!
とりあえず落ち着こう。そう、まずしなきゃいけないことは――
ドラコとシルフィを見つけて事情を訊かなきゃ!
カラカラに乾いた喉に、飲みかけのカクテル(もちろんノンアルコール!)を一気に流しこんだ。それから、ぐっと唇を引きしめて立ちあがった。おずおずと皆を見回すと、ゲール一人だけが、顔面蒼白の面持ちで窓を凝視していた。
ああ、位置が悪かった。景色、よく見えるんだ。
「ちょっと、ごめん」と、彼はミラとマリーに断ってから席を立った。
「コウ」と腕を掴まれ、「外の空気を吸いに出たいんだけど、いいかな?」と暗に連れだされた。
「ごめん! 気持ち悪かっただろ! こいつら悪気はないんだよ。あんま怖がらないでやってくれる? 根はいい奴らばっかだしさ」
「え?」
上目づかいで甘えるように覗きこまれ、タジタジと後退りしてしまった。この子、なんだかやたら懐っこいというか、馴れ馴れしいというか。アルもだけど、親しくなるとぐっと距離感が縮まりスキンシップが増えるのは国民性かな。それにしたって――
いや、今はそんなことよりも訊かなくては。
「気持ち悪いって、この、鳥たちのこと?」
「うん、そう。俺の友達っていうか。人生の師匠っていうか。俺のこと心配してくれてるんだ。ほら、ここに来るまでにもちょっとあったじゃん」
と、言われても――
聞いた話だけでも、彼にはいろんなことがありすぎてどれのことを言っているのか……。
「えっと、きみが泥だらけだったこと?」とりあえず、今のことに焦点を絞って訊き返した。
「うん。近道かと思ってさ、公園を抜けようとしたのがマズかったんだよな、たぶん。ウサギ穴に引きずり込まれそうになっちゃってさ、命からがらってヤツ。まだ万霊節には早いってのに、こうも死者が出歩いてるなんて思わないじゃん」
癖のある早口でまくしたてられて、耳がついていかない。
「死者」って? サウィンというのはハロウィンのことだろうけれど、それがこの鳥たちとどう繋がるのかが、まるで判らないよ。
僕はよほど訝しげな顔をしていたのだろう。あっけらかんと喋っていたゲールの表情が、徐々に強張っていた。言葉の勢いも目に見えて削がれていって――
「だからつまり、彼らは、さ――」
枯れたため息にとって替わられてしまった。
僕は伝説のバジリスクにでもなったよう。眼差しで彼を石にしてしまった。こんな反応にどれほど心を潰されるか、僕は誰よりも知っているはずなのに――
誤解を解こうと口を開きかけた時、背後からの声に助けられた。
「ふーん、なるほどな。お前、クリスマス生まれか?」
そこにいたはずの鳥たちは、なぜかウッドデッキに下りていて、互いに言葉を交わし合っているかのように小さく囀り合いながら、彼を遠巻きにしている。
欄干には、いつの間にやらドラコが腰かけていたのだ。だけど、ほっとしたのも束の間、
「あんたこそ、何? この子の魂、喰っちゃったの?」
石から蘇生したゲールの口から勢いよく放たれたのは、またしても僕の度肝を抜く言葉だった。
「あなたの髪! どこのメーカー使ってるの?」
「あ、これ? 染めてるんじゃないよ、地毛なんだ」ゲールは戸惑ったように、ドライヤーをあてたばかりのふわふわの前髪を摘まんでみせる。僕も前に聴いた、髪の毛は彼のコンプレックスなんだって。
「うわぁ、羨ましい! そのストロベリーブロンド、最高にステキ!」
「そうかな、ありがとう」
照れ臭そうにゲールは笑っている。そこからミラは矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。アルビーとバーナードさんの会話に割って入る訳にもいかず、退屈していたのだろう。マリーもこれ幸いとばかりに、飲み物やオードブルを盛んに勧め始めた。
それは僕としても嬉しいのだが、今は早くさっきの彼の発言を確かめたい。といっても、興が乗ってきた会話を中断するわけにもいかなくて……。
そうだ、確かドラコがテラスへ出たままだった。ドラコに彼のことを訊いてみよう。
迷いつつ立ちあがって窓の外を眺め――て、腰が抜けて、ドスンとまた座り直す羽目になった。
なんなんだよ、このテラス!
鳥がびっしり並んでる。テラスの石造りの欄干を隙間なく埋め尽くすほど。それも1種類じゃない、大小様々ないろんな鳥が。
思わず目を逸らしてしまった。あまり凝視していたら、アルたちに気づかれるかなって。彼らが窓を背にして座ってくれていて、本当によかった。
また、ドラコが何かしでかしたのか――
いや、空のことはシルフィの領域かな。
冷や汗がだらだら流れていた。混乱した思考がくるくる回っている。ふうっと強く息を吹きかけられた風車のように。
しっかりしろ、まだパーティは始まったばかりだぞ!
とりあえず落ち着こう。そう、まずしなきゃいけないことは――
ドラコとシルフィを見つけて事情を訊かなきゃ!
カラカラに乾いた喉に、飲みかけのカクテル(もちろんノンアルコール!)を一気に流しこんだ。それから、ぐっと唇を引きしめて立ちあがった。おずおずと皆を見回すと、ゲール一人だけが、顔面蒼白の面持ちで窓を凝視していた。
ああ、位置が悪かった。景色、よく見えるんだ。
「ちょっと、ごめん」と、彼はミラとマリーに断ってから席を立った。
「コウ」と腕を掴まれ、「外の空気を吸いに出たいんだけど、いいかな?」と暗に連れだされた。
「ごめん! 気持ち悪かっただろ! こいつら悪気はないんだよ。あんま怖がらないでやってくれる? 根はいい奴らばっかだしさ」
「え?」
上目づかいで甘えるように覗きこまれ、タジタジと後退りしてしまった。この子、なんだかやたら懐っこいというか、馴れ馴れしいというか。アルもだけど、親しくなるとぐっと距離感が縮まりスキンシップが増えるのは国民性かな。それにしたって――
いや、今はそんなことよりも訊かなくては。
「気持ち悪いって、この、鳥たちのこと?」
「うん、そう。俺の友達っていうか。人生の師匠っていうか。俺のこと心配してくれてるんだ。ほら、ここに来るまでにもちょっとあったじゃん」
と、言われても――
聞いた話だけでも、彼にはいろんなことがありすぎてどれのことを言っているのか……。
「えっと、きみが泥だらけだったこと?」とりあえず、今のことに焦点を絞って訊き返した。
「うん。近道かと思ってさ、公園を抜けようとしたのがマズかったんだよな、たぶん。ウサギ穴に引きずり込まれそうになっちゃってさ、命からがらってヤツ。まだ万霊節には早いってのに、こうも死者が出歩いてるなんて思わないじゃん」
癖のある早口でまくしたてられて、耳がついていかない。
「死者」って? サウィンというのはハロウィンのことだろうけれど、それがこの鳥たちとどう繋がるのかが、まるで判らないよ。
僕はよほど訝しげな顔をしていたのだろう。あっけらかんと喋っていたゲールの表情が、徐々に強張っていた。言葉の勢いも目に見えて削がれていって――
「だからつまり、彼らは、さ――」
枯れたため息にとって替わられてしまった。
僕は伝説のバジリスクにでもなったよう。眼差しで彼を石にしてしまった。こんな反応にどれほど心を潰されるか、僕は誰よりも知っているはずなのに――
誤解を解こうと口を開きかけた時、背後からの声に助けられた。
「ふーん、なるほどな。お前、クリスマス生まれか?」
そこにいたはずの鳥たちは、なぜかウッドデッキに下りていて、互いに言葉を交わし合っているかのように小さく囀り合いながら、彼を遠巻きにしている。
欄干には、いつの間にやらドラコが腰かけていたのだ。だけど、ほっとしたのも束の間、
「あんたこそ、何? この子の魂、喰っちゃったの?」
石から蘇生したゲールの口から勢いよく放たれたのは、またしても僕の度肝を抜く言葉だった。
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