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第二章 Ⅳ ホームパーティーのはじまり、はじまり
27.手土産は印象を左右する
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一緒にレセプションルームに戻ったアルビーは、ラフなシャツとジーンズに着替えている。「大学生のホームパーティーはこんなものだよ。あまり堅苦しい服装だと、コウの友達に居心地の悪い思いをさせてしまうからね」と言って。マリーではなく、僕やショーンに合わせてくれたのが嬉しい。アルビーは普段からおしゃれなのに。
席を外していた間に、ショーンとゲールも来たようだ。だけど、僕に気づいたショーンに肩を叩かれて振り返った彼に、一瞬言葉を失った。
「――いったい、どうしたの?」
「とりあえず、フロ貸してやって。それに着替えもあれば」
「あ、うん」と、僕はアルを見上げる。
「いいよ、用意しておく。コウは案内してあげて」とん、と両肩に手をかけられた。
「あ、彼はアルビー。僕の、」
「恋人。ようこそ。よろしく、ゲール」
ぽかんとつっ立っている全身ずぶ濡れ――、といっていいのだろうか。むしろ、泥まみれという方が正しいゲールに、アルビーは右手を差しだしさらりと握る。彼は目を見開いて固まったまま、されるがまま。
そりゃそうだと思う。強烈だもの、アルビーの第一印象は。
だけど、見開かれていた瞼がようやく瞬かれると、堰を切ったように感嘆の言葉が流れだしたんだ。
「初めまして……。きみ、アビゲイル・アスターにそっくりじゃん! 身内かなにかなの? 俺の母親が大ファンなんだよ! 俺の名前、ゲールってつけるくらいに!」
まずい、とアルビーの横顔を窺う。僕はイースター旅行で出会った、フランス人のミッシェルを思い出していたのだ。彼も出会い頭でアビゲイルのファンだと言った。その途端、アルは嫌悪感をむき出しにして、そのまま最後まで彼に対する警戒心を解くことはなかった。
でもそんなのは僕の杞憂で、今回アルビーは「そうなの、それは嬉しいな」、とにっこり返しただけだった。それから「さ、早くしてあげなよ。風邪をひいてしまう」と僕を促した。つい心配で彼を振り仰いだ僕の頭をくしゃりと撫で、髪に軽いキスをくれるついでに、「こんなことで怒ったりしないよ」と囁いて、替えの服を探しに寝室へ戻っていった。ありがとう、アルビー。
「ゲール、こっちに、」
「うん、ちょっと待って、雑巾かなにかあれば、貸してもらえないかな?」
彼は床を汚すんじゃないかと酷く恐縮して、スニーカーと靴下を脱いでいるところだった。
こんな時に限ってマークスはいない。彼らは知らない人の前にそうそう顔を出すのを嫌がるから。
――あれ? じゃあ、バーナードさんは?
ああ、そうか。あの時は僕が過呼吸になって、マークスを心配させてしまったから……。
つい記憶に囚われてぼんやりしてしまった僕に替わって、ショーンがてきぱきと動いてくれた。「すぐ取ってくる」とキッチンの方へ姿を消して。
「えっと――。なんだか、大変だったみたいだね」
「うん、毎年、何かしらあるんだ。万霊節が近いからさ」
ゲールは朗らかに笑って、おどけたように肩をすくめる。「おっと!」と、体を捩じると、肩から斜め掛けに下げていた鞄を開けた。「これ、俺の地元の特産品なんだ」と、ぷちぷちの梱包材にぐるぐる巻きにされた瓶を手渡された。
「こんなでごめん。何があるか判らないじゃん。だから家をでるとき、厳重にしといた方がいいかなってこれで守って、こっちに着いてから綺麗に包装し直そうと思ってたんだ。だけど俺、汚れちゃってるからさ、下手に触るとこれも汚しちゃいそうじゃん」
前と同じ、はにかんだような微笑みだ。
「いいんだよ、そんなこと。あ、蜂蜜酒だ! これ、僕、好きなんだよ!」
さすがグラストンベリー出身、解ってるじゃないか!
手土産一つでも、やっぱり彼はただ者ではない、という気がする。戻ってきたショーンも、「お、蜂蜜酒だ! いい選択だな」と弾んだ声で言ってくれた。やった、これはポイント高いぞ。よかった。
足を拭き終えた彼を、ゲストルームに案内した。その奥にある浴室のドアを開ける。ゲールはここまでの間にも、「びっくりした。すごい豪邸じゃん」とあたりをキョロキョロ見回していたけれど、この大理石張りの浴室にはついに感極まった様子で「わお!」と歓声を上げていた。
僕はというと、ショーンと見分に来たときにはこんなところまで見なかったからなのか、一気にこの夏のアルとのことがギュンって頭をかけ巡って、多分、一人で赤くなっていたんじゃないかと思う。
席を外していた間に、ショーンとゲールも来たようだ。だけど、僕に気づいたショーンに肩を叩かれて振り返った彼に、一瞬言葉を失った。
「――いったい、どうしたの?」
「とりあえず、フロ貸してやって。それに着替えもあれば」
「あ、うん」と、僕はアルを見上げる。
「いいよ、用意しておく。コウは案内してあげて」とん、と両肩に手をかけられた。
「あ、彼はアルビー。僕の、」
「恋人。ようこそ。よろしく、ゲール」
ぽかんとつっ立っている全身ずぶ濡れ――、といっていいのだろうか。むしろ、泥まみれという方が正しいゲールに、アルビーは右手を差しだしさらりと握る。彼は目を見開いて固まったまま、されるがまま。
そりゃそうだと思う。強烈だもの、アルビーの第一印象は。
だけど、見開かれていた瞼がようやく瞬かれると、堰を切ったように感嘆の言葉が流れだしたんだ。
「初めまして……。きみ、アビゲイル・アスターにそっくりじゃん! 身内かなにかなの? 俺の母親が大ファンなんだよ! 俺の名前、ゲールってつけるくらいに!」
まずい、とアルビーの横顔を窺う。僕はイースター旅行で出会った、フランス人のミッシェルを思い出していたのだ。彼も出会い頭でアビゲイルのファンだと言った。その途端、アルは嫌悪感をむき出しにして、そのまま最後まで彼に対する警戒心を解くことはなかった。
でもそんなのは僕の杞憂で、今回アルビーは「そうなの、それは嬉しいな」、とにっこり返しただけだった。それから「さ、早くしてあげなよ。風邪をひいてしまう」と僕を促した。つい心配で彼を振り仰いだ僕の頭をくしゃりと撫で、髪に軽いキスをくれるついでに、「こんなことで怒ったりしないよ」と囁いて、替えの服を探しに寝室へ戻っていった。ありがとう、アルビー。
「ゲール、こっちに、」
「うん、ちょっと待って、雑巾かなにかあれば、貸してもらえないかな?」
彼は床を汚すんじゃないかと酷く恐縮して、スニーカーと靴下を脱いでいるところだった。
こんな時に限ってマークスはいない。彼らは知らない人の前にそうそう顔を出すのを嫌がるから。
――あれ? じゃあ、バーナードさんは?
ああ、そうか。あの時は僕が過呼吸になって、マークスを心配させてしまったから……。
つい記憶に囚われてぼんやりしてしまった僕に替わって、ショーンがてきぱきと動いてくれた。「すぐ取ってくる」とキッチンの方へ姿を消して。
「えっと――。なんだか、大変だったみたいだね」
「うん、毎年、何かしらあるんだ。万霊節が近いからさ」
ゲールは朗らかに笑って、おどけたように肩をすくめる。「おっと!」と、体を捩じると、肩から斜め掛けに下げていた鞄を開けた。「これ、俺の地元の特産品なんだ」と、ぷちぷちの梱包材にぐるぐる巻きにされた瓶を手渡された。
「こんなでごめん。何があるか判らないじゃん。だから家をでるとき、厳重にしといた方がいいかなってこれで守って、こっちに着いてから綺麗に包装し直そうと思ってたんだ。だけど俺、汚れちゃってるからさ、下手に触るとこれも汚しちゃいそうじゃん」
前と同じ、はにかんだような微笑みだ。
「いいんだよ、そんなこと。あ、蜂蜜酒だ! これ、僕、好きなんだよ!」
さすがグラストンベリー出身、解ってるじゃないか!
手土産一つでも、やっぱり彼はただ者ではない、という気がする。戻ってきたショーンも、「お、蜂蜜酒だ! いい選択だな」と弾んだ声で言ってくれた。やった、これはポイント高いぞ。よかった。
足を拭き終えた彼を、ゲストルームに案内した。その奥にある浴室のドアを開ける。ゲールはここまでの間にも、「びっくりした。すごい豪邸じゃん」とあたりをキョロキョロ見回していたけれど、この大理石張りの浴室にはついに感極まった様子で「わお!」と歓声を上げていた。
僕はというと、ショーンと見分に来たときにはこんなところまで見なかったからなのか、一気にこの夏のアルとのことがギュンって頭をかけ巡って、多分、一人で赤くなっていたんじゃないかと思う。
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