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第二章 Ⅳ ホームパーティーのはじまり、はじまり
24.セクシーな色は何色?
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「心理学上の実験で、赤色の服が一番セクシーな印象を与えるという結果がでているよ。ただし、この実験には服装のデザイン性は含まれていない。あくまでも色だけの話だよ。下着であれば、黒を最もセクシーに感じるという統計結果もあるからね」
間をおいて、唐突に繰り出されたバーナードさんの返答に、女の子二人が歓声をあげた。僕にしても、まさかこの人がこんな質問に真面目に答えるなんて思ってなかったから、素直に驚いた。
「ほら、やっぱり黒じゃない!」
「あら、彼は赤だって言ったのよ! 私、赤いドレスの悪魔の仮装にしようかしら」
赤――。火の精霊の焔の色だ。彼が、人間の性的な欲望を掻き立てているとか。
「"身体的認知" といってね、五感からの情報が主体の無意識に影響を与えて、本人も気づかないうちに思考や判断を左右するのではないか、という仮説に基づいた研究がされているんだ」
バーナードさんは、両隣の二人にではなく僕に話しかけている。
え、と僕は何を期待されているんだろう。マリーたちの不毛なお喋りから抜け出す活路になればいいのだろうか。
「だが残念なことに、この赤が異性を性的に刺激する説は、最近では疑問視されている。僕にしても、この仮説には懐疑的だ。確かに赤色はアドレナリンを増加させ、興奮と緊張を促すという実験結果が出ているがね、だからといって、赤色が他の色以上に性的欲求を掻き立てるというのは飛躍しすぎだ。恐怖心からくる心拍数の増加や筋肉の緊張を恋と誤認する“吊り橋効果”と変わらない」
いきなり雄弁に語りだしたかと思ったら、あっさりその話を覆してしまったバーナードさんに、マリーもミラも呆気に取られている。僕にしても、そんな専門的な話をされても、どう応えればいいのか――。相槌一つ打つのにさえ困る。
でも、吊り橋効果なら僕でも知っている。アルビーに教えてもらった。心理学の実験で、揺れる吊り橋の上のような恐怖や緊張を強く感じる場所でいっしょにいた人に対して、恋愛感情を抱きやすくなる現象だ。アルビーは、吊り橋効果は相手の容姿に左右され、美人でなければ逆効果になる、という実験結果もあるのだと言っていた。要は、吊り橋以前に、好印象の相手だったからこその結果ってことじゃないかな。
「確かに人間は環境からのいろんな情報を感覚的に受容する。それは環境との相互作用だと言えるかもしれない。だが、色という刺激素材が認知を誘導するきっかけになるとしても、原因であるとするのは無理がある、と僕は思っている」
マリーもミラも黙りこんでしまっているのに、バーナードさんは気にする様子もない。きっかけは彼女たちなのに、本当に僕だけに話しているみたいだ。
「被験者はなぜ赤をセクシーだと感じたのか。僕ならば、赤という色の持つ要素と被験者の無意識下での感覚的・身体的相互作用だと考えるよりも、認知機構内部に貯蔵された情報に基づいた選択がなされたからではないか、と推論する」
畏まって聴いている僕を見て、バーナードさんは少し、口調を柔らかく、ゆっくりした調子に変えた。
「例えば、一般によく知られている闘牛士の振る赤い布。牛や観客が興奮する様子から、赤という色は、牛も人をも興奮させる色だと思っている人は多い」
牛と同じ――。
思わずぷっと吹きだしてしまった。
「赤色が人の目に飛び込みやすい注意喚起色だということには異論はないよ。だが実際のところ、牛は赤色に反応しているわけじゃない。牛は色盲だからね。観客にしても闘牛士の振る赤い布ではなく、この残酷な競技そのものに興奮しているんだ。その興奮は、闘牛士の赤い布にシンボライズされ、色そのものに意味を与える。こうした文化的背景が、色という刺激素材を認知した時に喚起される枠組みとなって特定の情動を引き起こす、と考えられるんじゃないかな。できあがったシステムは往々にして自動化され、意識にあがることもない」
色から感じる感覚や感情が、過去経験の印象から影響を受けているかもしれないなんて、そんなこと考えてもみなかった。でも確かに、赤がセクシーな色って言われて一番に浮かんだのは火の精霊だった。彼がその感情を引き起こしているって言われても、僕は別に変だとも思わない。だけど僕が赤に感じる感覚は、性欲じゃない。気まぐれ、激しさ、強さ、美しさ――。それに、危険。まさにサラの性質だ。赤は、サラの象徴だから。彼と出会わなかったら、僕は赤色に対してこんな印象をもたなかったと思う。
「あくまで闘牛は一例だ。色の持つ文化・社会的背景は国によっても、人によっても異なるものだからね。だが、選択は主体と対象の間だけではなく、無意識下で行われる様々な紐づけの影響を受けている、との考察には人種間での差異はないと思っている」
なんとなく、言いたいことが伝わった気がする。多分だけど。
仮に赤い服を着ている人に惹かれたとしても、その人にはそれ以前から赤色に対する何らかの思い込みがあって、その思い込みが、目の前の赤色が自分をそう刺激しているように感じさせるんじゃないか、ってことだ。
なんだか解る気がする。アルビーに出逢う前と後では、僕は緑に対する感情が違う。おそらく感覚も。僕なら最もセクシーな色は、緑を推す。アルビーの瞳を思い浮かべて。
色に対する自分の固定観念が、関係ないはずのところでも感覚を左右し、判断に影響するんだ。自分でも気づかないうちに――。
「それに、仮に赤色がセクシーだと認知されたとしても、相手からの好意を引き出せるかどうかはまた別の話だよ。セクシーさに対して相手が潜在的にどんな解釈を持っているかは、この実験では問題にされていないからね」
いつの間にか、話に引き込まれていた。マリーも、ミラも。
赤に限らず、色が見る人にいろんな影響を与えるのは本当だと思う。そして、きっと誰しもが、いろんな色の一つ一つに自分だけの思い入れや、思い出がある。
話を聞いているだけで、頭の中は色の洪水だ。色が喋りかけてきて溺れそうになる。
「では、僕の方から質問だ。きみたちは何色が一番セクシーだと思う?」
間をおいて、唐突に繰り出されたバーナードさんの返答に、女の子二人が歓声をあげた。僕にしても、まさかこの人がこんな質問に真面目に答えるなんて思ってなかったから、素直に驚いた。
「ほら、やっぱり黒じゃない!」
「あら、彼は赤だって言ったのよ! 私、赤いドレスの悪魔の仮装にしようかしら」
赤――。火の精霊の焔の色だ。彼が、人間の性的な欲望を掻き立てているとか。
「"身体的認知" といってね、五感からの情報が主体の無意識に影響を与えて、本人も気づかないうちに思考や判断を左右するのではないか、という仮説に基づいた研究がされているんだ」
バーナードさんは、両隣の二人にではなく僕に話しかけている。
え、と僕は何を期待されているんだろう。マリーたちの不毛なお喋りから抜け出す活路になればいいのだろうか。
「だが残念なことに、この赤が異性を性的に刺激する説は、最近では疑問視されている。僕にしても、この仮説には懐疑的だ。確かに赤色はアドレナリンを増加させ、興奮と緊張を促すという実験結果が出ているがね、だからといって、赤色が他の色以上に性的欲求を掻き立てるというのは飛躍しすぎだ。恐怖心からくる心拍数の増加や筋肉の緊張を恋と誤認する“吊り橋効果”と変わらない」
いきなり雄弁に語りだしたかと思ったら、あっさりその話を覆してしまったバーナードさんに、マリーもミラも呆気に取られている。僕にしても、そんな専門的な話をされても、どう応えればいいのか――。相槌一つ打つのにさえ困る。
でも、吊り橋効果なら僕でも知っている。アルビーに教えてもらった。心理学の実験で、揺れる吊り橋の上のような恐怖や緊張を強く感じる場所でいっしょにいた人に対して、恋愛感情を抱きやすくなる現象だ。アルビーは、吊り橋効果は相手の容姿に左右され、美人でなければ逆効果になる、という実験結果もあるのだと言っていた。要は、吊り橋以前に、好印象の相手だったからこその結果ってことじゃないかな。
「確かに人間は環境からのいろんな情報を感覚的に受容する。それは環境との相互作用だと言えるかもしれない。だが、色という刺激素材が認知を誘導するきっかけになるとしても、原因であるとするのは無理がある、と僕は思っている」
マリーもミラも黙りこんでしまっているのに、バーナードさんは気にする様子もない。きっかけは彼女たちなのに、本当に僕だけに話しているみたいだ。
「被験者はなぜ赤をセクシーだと感じたのか。僕ならば、赤という色の持つ要素と被験者の無意識下での感覚的・身体的相互作用だと考えるよりも、認知機構内部に貯蔵された情報に基づいた選択がなされたからではないか、と推論する」
畏まって聴いている僕を見て、バーナードさんは少し、口調を柔らかく、ゆっくりした調子に変えた。
「例えば、一般によく知られている闘牛士の振る赤い布。牛や観客が興奮する様子から、赤という色は、牛も人をも興奮させる色だと思っている人は多い」
牛と同じ――。
思わずぷっと吹きだしてしまった。
「赤色が人の目に飛び込みやすい注意喚起色だということには異論はないよ。だが実際のところ、牛は赤色に反応しているわけじゃない。牛は色盲だからね。観客にしても闘牛士の振る赤い布ではなく、この残酷な競技そのものに興奮しているんだ。その興奮は、闘牛士の赤い布にシンボライズされ、色そのものに意味を与える。こうした文化的背景が、色という刺激素材を認知した時に喚起される枠組みとなって特定の情動を引き起こす、と考えられるんじゃないかな。できあがったシステムは往々にして自動化され、意識にあがることもない」
色から感じる感覚や感情が、過去経験の印象から影響を受けているかもしれないなんて、そんなこと考えてもみなかった。でも確かに、赤がセクシーな色って言われて一番に浮かんだのは火の精霊だった。彼がその感情を引き起こしているって言われても、僕は別に変だとも思わない。だけど僕が赤に感じる感覚は、性欲じゃない。気まぐれ、激しさ、強さ、美しさ――。それに、危険。まさにサラの性質だ。赤は、サラの象徴だから。彼と出会わなかったら、僕は赤色に対してこんな印象をもたなかったと思う。
「あくまで闘牛は一例だ。色の持つ文化・社会的背景は国によっても、人によっても異なるものだからね。だが、選択は主体と対象の間だけではなく、無意識下で行われる様々な紐づけの影響を受けている、との考察には人種間での差異はないと思っている」
なんとなく、言いたいことが伝わった気がする。多分だけど。
仮に赤い服を着ている人に惹かれたとしても、その人にはそれ以前から赤色に対する何らかの思い込みがあって、その思い込みが、目の前の赤色が自分をそう刺激しているように感じさせるんじゃないか、ってことだ。
なんだか解る気がする。アルビーに出逢う前と後では、僕は緑に対する感情が違う。おそらく感覚も。僕なら最もセクシーな色は、緑を推す。アルビーの瞳を思い浮かべて。
色に対する自分の固定観念が、関係ないはずのところでも感覚を左右し、判断に影響するんだ。自分でも気づかないうちに――。
「それに、仮に赤色がセクシーだと認知されたとしても、相手からの好意を引き出せるかどうかはまた別の話だよ。セクシーさに対して相手が潜在的にどんな解釈を持っているかは、この実験では問題にされていないからね」
いつの間にか、話に引き込まれていた。マリーも、ミラも。
赤に限らず、色が見る人にいろんな影響を与えるのは本当だと思う。そして、きっと誰しもが、いろんな色の一つ一つに自分だけの思い入れや、思い出がある。
話を聞いているだけで、頭の中は色の洪水だ。色が喋りかけてきて溺れそうになる。
「では、僕の方から質問だ。きみたちは何色が一番セクシーだと思う?」
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