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Ⅲ お手並みご高覧下さいですとも!
21.言葉にできない想いはのどに詰まる
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バーナードさんと入れ替わりでショーンがやってきた。
「大丈夫かい? 過呼吸起こしたって――」
「うん、もう平気。ちょっと緊張し過ぎてたみたいだ」
「まぁ、確かに、今日のメンツじゃな……。ま、場所はここでも主催者はマリーなんだからさ、きみが気負う必要はないって!」
ショーンはなんだか苦虫を潰したような浮かない顔をしている。バーナードさんのことが苦手だからだろうか。
バーナード・スペンサーの経歴は、アルビーからではなくショーンから聞いた。
キングスカレッジの臨床心理学科をトップの成績で卒業。20代にして有益な研究成果をあげ、専門書だけでなく、一般向けにも心理学の本を出版している。30代前半にして准教授で、もっとも教授の椅子に近い男と言われている天才肌の有望株。独身。
「さすがはアルの人脈って感心したよ」と、その時ショーンはなんとも言えない表情で言った。瞳が、とてもかなわない、とそう言っているような気がした。
だから今も、できるだけ彼と顔を合わせまいと避けていたのかと思ったのだが、そうじゃなかった。
バーナードさんは、レセプションルームにいたショーンに僕の容体を話し、気を付けてあげてくれと告げてから帰ったらしい。そしてショーンはすぐに僕のところへ来てくれた。
それにしても――、なんだか腑に落ちない。
「マークスとスペンサーは?」
「ああ、中でパーティーの準備にかかってる。だけどさ、マークスがいやに片割れに腹を立ててるんだ。何かあったのか?」
僕にしても判らない、と首を振った。ショーンは「ま、喧嘩しながらでも、やることやってくれるならそれでいいんだけどな」とぼやきながら空を睨み、くいっと首を傾けて、陽射しがきついから中へ戻るように僕を促した。
面談から間を置かずにパーティーを始めるように予定を組んでいたのが、バーナードさんの都合が変わったことでぽかりと時間が空いてしまった。そこで、僕も準備を手伝おうかと言ったのだが、ショーンに過剰に心配され、始まるまで休んでおくようにと主寝室に追いやられた。それに下手に手をだすと、あの双子がきぃーとなって収拾がつかなくなるからやめておけ、とも忠告された。なんだか僕以上にショーンは彼らの性格を掴んでいるみたいだ。
でもそのまえに、2つだけになった寝室を念のために見比べておいた。
「こっちを残しておこうぜ。管理人室ってことにしてさ。きみでも、俺でも使えるようにしておけばいいと思う」ショーンの意見に僕も異存はない。
もう一方のゲストルームも、そう広さは変わらなかった。置かれているソファーが二人掛けか、一人掛け2つかの差だ。家具はそのまま使ってもらってもいいし、好みに合わないようなら変えてもらっても、好きにしてもらえばいいと思う。
「さ、あとはあいつらに任せて、今のうちにゆっくり休んどけよ」
ぐるりと部屋を眺めていたショーンは、ベッドの上に置かれていたいくつものクッションを邪魔だとばかりにぽんぽん一人掛けソファーに放り投げると、仕上げとばかりに枕をパンッと叩いて整えた。
僕はなんだか可笑しくなって、クスクス笑いながらベッドに腰かけた。
「本当にもう大丈夫なのに。でも、そうだね、ちょっと寝不足気味だったから……。ちょっとずる休みするような気分だけどね」
「きみはずるでもしなきゃ休まないだろ! いいから、寝とけって」
「分かったよ。――ありがとう、ショーン」
眉をしかめて、人差し指を突きつけてくるショーンは本当に優しい。
笑いながら横になり、瞼を閉じると、すぐに静かにドアの閉まる音がした。そっと目を開けた。ショーンはもういない。ほぅと息がついてでた。
なんだろう――
さっきから感じているこの違和感。何かが喉に痞えているような感触が消えない。息が苦しかった時の締め付けられるようなものとは違う。呑み込めない何かがここに引っ掛かっているような。何か、ドロドロの塊のようなもの。嚙まずにまる飲みしたグミのような。
この違和の正体が知りたくて、自分の喉に手のひらを当ててみた。
水の精霊の見えた紅茶を飲んだわけじゃない。口にしたのは、グラスの水だけだ。あれは、喉が楽になってから飲んだものだし、別に変じゃなかった。
あ、そうか。あの時あそこにいたのがマークスだったから……。マークスはあんなに血相を変えて心配してくれていたのに、ショーンがいなかったからだ。二人は一緒にいると思っていたから、僕はすぐにショーンが来てくれるものと期待していたのかもしれない。
バーナードさんにみっともないところを見られて、助けられるのが堪らなかったのだろうか――。
僕はショーンに盾になってもらいたかったのか。
そんな情けない自分への腹立たしさが、今も喉に詰まっているのかもしれない。
そんなこと、考えたって仕方ないのに。
僕はショーンに依存しすぎているのかもしれない。
「大丈夫かい? 過呼吸起こしたって――」
「うん、もう平気。ちょっと緊張し過ぎてたみたいだ」
「まぁ、確かに、今日のメンツじゃな……。ま、場所はここでも主催者はマリーなんだからさ、きみが気負う必要はないって!」
ショーンはなんだか苦虫を潰したような浮かない顔をしている。バーナードさんのことが苦手だからだろうか。
バーナード・スペンサーの経歴は、アルビーからではなくショーンから聞いた。
キングスカレッジの臨床心理学科をトップの成績で卒業。20代にして有益な研究成果をあげ、専門書だけでなく、一般向けにも心理学の本を出版している。30代前半にして准教授で、もっとも教授の椅子に近い男と言われている天才肌の有望株。独身。
「さすがはアルの人脈って感心したよ」と、その時ショーンはなんとも言えない表情で言った。瞳が、とてもかなわない、とそう言っているような気がした。
だから今も、できるだけ彼と顔を合わせまいと避けていたのかと思ったのだが、そうじゃなかった。
バーナードさんは、レセプションルームにいたショーンに僕の容体を話し、気を付けてあげてくれと告げてから帰ったらしい。そしてショーンはすぐに僕のところへ来てくれた。
それにしても――、なんだか腑に落ちない。
「マークスとスペンサーは?」
「ああ、中でパーティーの準備にかかってる。だけどさ、マークスがいやに片割れに腹を立ててるんだ。何かあったのか?」
僕にしても判らない、と首を振った。ショーンは「ま、喧嘩しながらでも、やることやってくれるならそれでいいんだけどな」とぼやきながら空を睨み、くいっと首を傾けて、陽射しがきついから中へ戻るように僕を促した。
面談から間を置かずにパーティーを始めるように予定を組んでいたのが、バーナードさんの都合が変わったことでぽかりと時間が空いてしまった。そこで、僕も準備を手伝おうかと言ったのだが、ショーンに過剰に心配され、始まるまで休んでおくようにと主寝室に追いやられた。それに下手に手をだすと、あの双子がきぃーとなって収拾がつかなくなるからやめておけ、とも忠告された。なんだか僕以上にショーンは彼らの性格を掴んでいるみたいだ。
でもそのまえに、2つだけになった寝室を念のために見比べておいた。
「こっちを残しておこうぜ。管理人室ってことにしてさ。きみでも、俺でも使えるようにしておけばいいと思う」ショーンの意見に僕も異存はない。
もう一方のゲストルームも、そう広さは変わらなかった。置かれているソファーが二人掛けか、一人掛け2つかの差だ。家具はそのまま使ってもらってもいいし、好みに合わないようなら変えてもらっても、好きにしてもらえばいいと思う。
「さ、あとはあいつらに任せて、今のうちにゆっくり休んどけよ」
ぐるりと部屋を眺めていたショーンは、ベッドの上に置かれていたいくつものクッションを邪魔だとばかりにぽんぽん一人掛けソファーに放り投げると、仕上げとばかりに枕をパンッと叩いて整えた。
僕はなんだか可笑しくなって、クスクス笑いながらベッドに腰かけた。
「本当にもう大丈夫なのに。でも、そうだね、ちょっと寝不足気味だったから……。ちょっとずる休みするような気分だけどね」
「きみはずるでもしなきゃ休まないだろ! いいから、寝とけって」
「分かったよ。――ありがとう、ショーン」
眉をしかめて、人差し指を突きつけてくるショーンは本当に優しい。
笑いながら横になり、瞼を閉じると、すぐに静かにドアの閉まる音がした。そっと目を開けた。ショーンはもういない。ほぅと息がついてでた。
なんだろう――
さっきから感じているこの違和感。何かが喉に痞えているような感触が消えない。息が苦しかった時の締め付けられるようなものとは違う。呑み込めない何かがここに引っ掛かっているような。何か、ドロドロの塊のようなもの。嚙まずにまる飲みしたグミのような。
この違和の正体が知りたくて、自分の喉に手のひらを当ててみた。
水の精霊の見えた紅茶を飲んだわけじゃない。口にしたのは、グラスの水だけだ。あれは、喉が楽になってから飲んだものだし、別に変じゃなかった。
あ、そうか。あの時あそこにいたのがマークスだったから……。マークスはあんなに血相を変えて心配してくれていたのに、ショーンがいなかったからだ。二人は一緒にいると思っていたから、僕はすぐにショーンが来てくれるものと期待していたのかもしれない。
バーナードさんにみっともないところを見られて、助けられるのが堪らなかったのだろうか――。
僕はショーンに盾になってもらいたかったのか。
そんな情けない自分への腹立たしさが、今も喉に詰まっているのかもしれない。
そんなこと、考えたって仕方ないのに。
僕はショーンに依存しすぎているのかもしれない。
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