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Ⅲ お手並みご高覧下さいですとも!
15.模様替えは繁殖する植物で
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今日のバーナードさんとの会食は、ナイツブリッジのアパートメントで行うことになった。
マリーはハムステッドの自宅へ招待したがっていたけれど、昨日来た時撮っておいたここのスナップ写真を見せると驚愕の瞳で前言撤回した。
僕としては、ハムステッドまで来てもらうのは、彼の自宅や職場のあるデンマークヒルからは遠すぎて申し訳ない。車でも一時間以上かかるのだ。この距離のせいでよけいな負担がかからないようにと、いつもの面談だって互いの家の中間地点に決めていた。その点ここは位置的に申し分ないもの。
初めはこのいわくつきの場所に集まるのはどうだろうと迷ったけれど、いざそうしようと決めてしまうと、これはとてもいいアイデアに思えた。ここに一人でいるのは嫌だけれど、大勢で思い思いに過ごすならこの広さはありがたい。それに面談だって、人目がないぶんカフェよりも落ち着ける。
なんて、もちろん綺麗ごとの建前だ。本音はアルビーの育った、彼の匂いの染みついたあの家に、あの人を招くのが嫌だっただけ。僕はこんな独占欲の強い偏狭な人間なんだ、と恋をしてから自覚した。
ともあれ、この思いつきを提案してくれたショーンには感謝しかない。彼の積極的な参加で、マリーの考えていた「夕食にご招待」は、正式な晩餐会からぐっとくだけたホームパーティーへと形を変えた。
なんといっても、ロンドンの一等地ナイツブリッジのペントハウスだもの。マリーも心躍らずにはいられないって感じで異論はない。当然、自分の友だちも呼びたいという話になり、自然な流れで僕たちも、ということになった。狙い通りだ。
そう、ここでホームパーティーをしたい本当の理由は、ゲール・マイスター、知り合ったばかりのあのピンクの髪――本人は気にしているようでストロベリーブロンドと言っていた――の彼なのだ。幸いなことに、今日、明日という急な誘いにもかかわらず、快諾してくれた。
とりあえず来てもらい、ショーンに、僕に替わって彼の人となりを見極めてもらうのだ。
「本来こういうことは、一時の同情に流されてなんてことで、しちゃあいけないことだからな。でも、きみの気持ちも解るからさ。俺もできる限りの助太刀はするよ。ともかく貸すにしたって、賃貸契約はきっちりしなきゃだめだぞ」との彼の忠告はいちいちもっともだと思う。
僕はゲールに負い目を感じているから事務的に問題を捌くのは難しいのではないか。第三者を介した方がいいのでは、と。つまり、ショーンが適任ってことだ。
まず様子を見てから、ここに住む気があるか尋ねても遅くはないだろ、というアドバイスにしても。
同じ学科の学生同士だし、これから顔を合わせることも多いだろう。家という生活の基盤となる場所のことで後々トラブルになると困るから――、とこれもショーンの受け売りだけど、確かにそうだなと僕も思った。
この件で彼がとてもしっかりした見方をしているのに驚いた。一緒に旅行した時、実務能力に優れているのを知って感心しきりだったけれど、人に対しては警戒心の薄い開かれたやつだと思っていたから意外だった。
僕としては本音を言えば、ショーンの心配は杞憂だと思う。確かに僕は彼に罪悪感を感じ同情してはいるけれど、彼を助けたいと思うのはたぶん、――名前のせいだ。ゲール・マイスターという名に、意味と意図を感じるからだ。でもさすがに、こんな主観的で普通じゃない理由を、ショーンに告げる気にはならない。
ともかく僕は、参加者が増えることでバーナードさんを意識しすぎることもなくなるだろうと期待している。穏当にマリーの願いを叶えてあげられるだろう、とそんなことで密かに満足して。
アルビーの言うように、マリーの彼への想いは、恋というよりも彼女の大好きな父親へ寄せる憧れのようなものじゃないかと思うのだ。一度ゆっくり向かいあって会話できれば、気が済むんじゃないだろうか。そして、夏からずっと傍で彼女を気遣っていたショーンの優しさに目を向ける、そんな余裕も取り戻せるのではないだろうか。
僕はこれで責務を果たし、明日の朝一番にアルビーのもとへ行くのだ。
心を占めているのは今これからのことよりも、明日のこと。アルビーにどんな話ができるだろうか。彼を楽しませ寛がせる話題を得る、そのために今がある。
マリーはハムステッドの自宅へ招待したがっていたけれど、昨日来た時撮っておいたここのスナップ写真を見せると驚愕の瞳で前言撤回した。
僕としては、ハムステッドまで来てもらうのは、彼の自宅や職場のあるデンマークヒルからは遠すぎて申し訳ない。車でも一時間以上かかるのだ。この距離のせいでよけいな負担がかからないようにと、いつもの面談だって互いの家の中間地点に決めていた。その点ここは位置的に申し分ないもの。
初めはこのいわくつきの場所に集まるのはどうだろうと迷ったけれど、いざそうしようと決めてしまうと、これはとてもいいアイデアに思えた。ここに一人でいるのは嫌だけれど、大勢で思い思いに過ごすならこの広さはありがたい。それに面談だって、人目がないぶんカフェよりも落ち着ける。
なんて、もちろん綺麗ごとの建前だ。本音はアルビーの育った、彼の匂いの染みついたあの家に、あの人を招くのが嫌だっただけ。僕はこんな独占欲の強い偏狭な人間なんだ、と恋をしてから自覚した。
ともあれ、この思いつきを提案してくれたショーンには感謝しかない。彼の積極的な参加で、マリーの考えていた「夕食にご招待」は、正式な晩餐会からぐっとくだけたホームパーティーへと形を変えた。
なんといっても、ロンドンの一等地ナイツブリッジのペントハウスだもの。マリーも心躍らずにはいられないって感じで異論はない。当然、自分の友だちも呼びたいという話になり、自然な流れで僕たちも、ということになった。狙い通りだ。
そう、ここでホームパーティーをしたい本当の理由は、ゲール・マイスター、知り合ったばかりのあのピンクの髪――本人は気にしているようでストロベリーブロンドと言っていた――の彼なのだ。幸いなことに、今日、明日という急な誘いにもかかわらず、快諾してくれた。
とりあえず来てもらい、ショーンに、僕に替わって彼の人となりを見極めてもらうのだ。
「本来こういうことは、一時の同情に流されてなんてことで、しちゃあいけないことだからな。でも、きみの気持ちも解るからさ。俺もできる限りの助太刀はするよ。ともかく貸すにしたって、賃貸契約はきっちりしなきゃだめだぞ」との彼の忠告はいちいちもっともだと思う。
僕はゲールに負い目を感じているから事務的に問題を捌くのは難しいのではないか。第三者を介した方がいいのでは、と。つまり、ショーンが適任ってことだ。
まず様子を見てから、ここに住む気があるか尋ねても遅くはないだろ、というアドバイスにしても。
同じ学科の学生同士だし、これから顔を合わせることも多いだろう。家という生活の基盤となる場所のことで後々トラブルになると困るから――、とこれもショーンの受け売りだけど、確かにそうだなと僕も思った。
この件で彼がとてもしっかりした見方をしているのに驚いた。一緒に旅行した時、実務能力に優れているのを知って感心しきりだったけれど、人に対しては警戒心の薄い開かれたやつだと思っていたから意外だった。
僕としては本音を言えば、ショーンの心配は杞憂だと思う。確かに僕は彼に罪悪感を感じ同情してはいるけれど、彼を助けたいと思うのはたぶん、――名前のせいだ。ゲール・マイスターという名に、意味と意図を感じるからだ。でもさすがに、こんな主観的で普通じゃない理由を、ショーンに告げる気にはならない。
ともかく僕は、参加者が増えることでバーナードさんを意識しすぎることもなくなるだろうと期待している。穏当にマリーの願いを叶えてあげられるだろう、とそんなことで密かに満足して。
アルビーの言うように、マリーの彼への想いは、恋というよりも彼女の大好きな父親へ寄せる憧れのようなものじゃないかと思うのだ。一度ゆっくり向かいあって会話できれば、気が済むんじゃないだろうか。そして、夏からずっと傍で彼女を気遣っていたショーンの優しさに目を向ける、そんな余裕も取り戻せるのではないだろうか。
僕はこれで責務を果たし、明日の朝一番にアルビーのもとへ行くのだ。
心を占めているのは今これからのことよりも、明日のこと。アルビーにどんな話ができるだろうか。彼を楽しませ寛がせる話題を得る、そのために今がある。
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