13 / 87
Ⅱ 風の使い手
12.目に見えるものは愛おしい
しおりを挟む
心に負荷の掛かるあれこれを悶々と考えて疲れはて、僕はいつしかソファーに転がって眠ってしまった。
どこにでも寝転がるアルビーみたいだな、と自分でもくすくす笑いながら――
夢の中はいい。ずっと楽に呼吸できる。
金銀のラメを散らした夜の空に似た黒曜石の闇に、一抱えほどの、てらてらと虹色の光を帯びた球体が浮かんでいる。その内側に、火の精霊の焔が包まれているのだ。焔が伸び上がり縮むたびに、球もまたシャボン玉のように不安定に膨れたりへこんだりその形を変える。
僕はずっとそれを眺めていられる。丸みを帯びた艶やかな地面に腰を据えて。
ドラコがくれた僕の生命力――。
この焔が消えたら、きっと、僕の命も尽きるのだろう。
そう考える刹那に湧きあがるのは、死ぬかもしれない恐怖ではなくて。
愛おしさ。
僕を活かす命という目に見えないものを可視化できる不思議な恍惚。
彼をこの身に受け入れた時から、僕はこちら側の住人だという方が相応しいのに。それまでの生活を維持できていることこそが、奇跡。
僕が僕でいることを許してくれた火の精霊からの贈り物だ。
だけど、ドラコやサラの前では、こんな想いを口にすることはない。心にも浮かべない。だってあいつら、絶対に調子に乗るもの。感謝しているならそれに見合う働きをしろって、ふんぞり返るに違いない。
だからいつもドラコには、「僕が死にかかったから仕方なく魔力を分けてくれただけじゃないか」と憎まれ口を叩いている。
それにたぶん、そういうことにしておく方が彼にとっても都合がいいはずだ。
だってあの儀式の折、動かない僕を抱えたドラコは、自慢の赤い髪が青白く透きとおるほど血相を変えてあたふたしていたもの。
そんな記憶を――、この焔はほんの時おり透きとおる球面に映してくれるのだ。僕の知らない、火の精霊の視ていた僕たちの姿を。
だから僕は、ここでこうしているのが好きなのかもしれない。きっと待っているんだと思う。焔の気まぐれを――。
だけど一つ困ったことがある。ここにこうしているときと違って、目が覚めているときのこれはとても熱いのだ。熱すぎて僕の生身の体には負担がかかりすぎる。耐えられない熱を発散し調節するために、僕はいろんなことをしなきゃいけなかった。
例えば、アルビーに病的だって言われるほど家事に打ち込んでみたり。勉強に励んでみたり。他人の問題に首を突っ込んでみたり。ほとんど自覚なしに体が勝手に動いていたのを後から理由付けして、自分を、そして心配してくれていたアルビーを納得させていた。
だけどアルビーに恋したのが、この熱に浮かされたからだとは思わない。思いたくない。
焔の脈打つ鼓動を恋と錯覚し、熱でのぼせているにすぎない火照りを目の前にいたアルビーのせいだと紐づけた、とドラコはそんなふうに言うけれど。
火の精霊が地の精霊を警戒し、過剰に避けようとしていたから、逆に僕の注意をアルビーに釘づけることになったんだ、なんて。
そんなものはドラコの勝手な言い訳だ。ドラコはたんに、アルビーに邪魔をされたくないだけ――。
アルビーのことを考えようとしたら、そこから追いだされるように目が覚めた。いや、追いだされたのかな。意識を鷲掴みされてぎゅんと引っ張られたような感触に、頭がずきずきしている。
トクトクと走る動悸が収まるのを待って、目に映る天井からローテーブルへと視線を流した。飲みかけの紅茶の替わりに、僕が目を覚ますタイミングを見計らって置かれたかのようなコーヒーポットがあった。それに翡翠色のコーヒーカップ。
夢の中であそこにいた後は、眠った気がしない。
目覚めは悪くない、むしろ良すぎるほどだけど。覚めすぎて現実感がないというか。
僕の現実はどっちなのか、判らなくなる。
それでも体はちゃんとこの現実を生きているから、一頻りして身を起こし、銀のポットから湯気の立つコーヒーを注げば、その香りをかぐわしいと感じて嬉しいし、苦みのある味は脳を刺激してくれる。
とぽりと生クリームを足した。濡れ羽色に乳白色が沈んでいく。
あ、いいことを思いついた。
どこにでも寝転がるアルビーみたいだな、と自分でもくすくす笑いながら――
夢の中はいい。ずっと楽に呼吸できる。
金銀のラメを散らした夜の空に似た黒曜石の闇に、一抱えほどの、てらてらと虹色の光を帯びた球体が浮かんでいる。その内側に、火の精霊の焔が包まれているのだ。焔が伸び上がり縮むたびに、球もまたシャボン玉のように不安定に膨れたりへこんだりその形を変える。
僕はずっとそれを眺めていられる。丸みを帯びた艶やかな地面に腰を据えて。
ドラコがくれた僕の生命力――。
この焔が消えたら、きっと、僕の命も尽きるのだろう。
そう考える刹那に湧きあがるのは、死ぬかもしれない恐怖ではなくて。
愛おしさ。
僕を活かす命という目に見えないものを可視化できる不思議な恍惚。
彼をこの身に受け入れた時から、僕はこちら側の住人だという方が相応しいのに。それまでの生活を維持できていることこそが、奇跡。
僕が僕でいることを許してくれた火の精霊からの贈り物だ。
だけど、ドラコやサラの前では、こんな想いを口にすることはない。心にも浮かべない。だってあいつら、絶対に調子に乗るもの。感謝しているならそれに見合う働きをしろって、ふんぞり返るに違いない。
だからいつもドラコには、「僕が死にかかったから仕方なく魔力を分けてくれただけじゃないか」と憎まれ口を叩いている。
それにたぶん、そういうことにしておく方が彼にとっても都合がいいはずだ。
だってあの儀式の折、動かない僕を抱えたドラコは、自慢の赤い髪が青白く透きとおるほど血相を変えてあたふたしていたもの。
そんな記憶を――、この焔はほんの時おり透きとおる球面に映してくれるのだ。僕の知らない、火の精霊の視ていた僕たちの姿を。
だから僕は、ここでこうしているのが好きなのかもしれない。きっと待っているんだと思う。焔の気まぐれを――。
だけど一つ困ったことがある。ここにこうしているときと違って、目が覚めているときのこれはとても熱いのだ。熱すぎて僕の生身の体には負担がかかりすぎる。耐えられない熱を発散し調節するために、僕はいろんなことをしなきゃいけなかった。
例えば、アルビーに病的だって言われるほど家事に打ち込んでみたり。勉強に励んでみたり。他人の問題に首を突っ込んでみたり。ほとんど自覚なしに体が勝手に動いていたのを後から理由付けして、自分を、そして心配してくれていたアルビーを納得させていた。
だけどアルビーに恋したのが、この熱に浮かされたからだとは思わない。思いたくない。
焔の脈打つ鼓動を恋と錯覚し、熱でのぼせているにすぎない火照りを目の前にいたアルビーのせいだと紐づけた、とドラコはそんなふうに言うけれど。
火の精霊が地の精霊を警戒し、過剰に避けようとしていたから、逆に僕の注意をアルビーに釘づけることになったんだ、なんて。
そんなものはドラコの勝手な言い訳だ。ドラコはたんに、アルビーに邪魔をされたくないだけ――。
アルビーのことを考えようとしたら、そこから追いだされるように目が覚めた。いや、追いだされたのかな。意識を鷲掴みされてぎゅんと引っ張られたような感触に、頭がずきずきしている。
トクトクと走る動悸が収まるのを待って、目に映る天井からローテーブルへと視線を流した。飲みかけの紅茶の替わりに、僕が目を覚ますタイミングを見計らって置かれたかのようなコーヒーポットがあった。それに翡翠色のコーヒーカップ。
夢の中であそこにいた後は、眠った気がしない。
目覚めは悪くない、むしろ良すぎるほどだけど。覚めすぎて現実感がないというか。
僕の現実はどっちなのか、判らなくなる。
それでも体はちゃんとこの現実を生きているから、一頻りして身を起こし、銀のポットから湯気の立つコーヒーを注げば、その香りをかぐわしいと感じて嬉しいし、苦みのある味は脳を刺激してくれる。
とぽりと生クリームを足した。濡れ羽色に乳白色が沈んでいく。
あ、いいことを思いついた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる