10 / 87
Ⅱ 風の使い手
9.クリームフラッペは頼みやすい
しおりを挟む
いつもの水曜の予定が金曜に回り、ぽかりとイレギュラーな時間が空いたのもあって、偶然再会したといってもほぼ初対面と変わらない彼、ゲール・マイスターとお茶することになった。人付き合いの下手な僕にしては珍しいことだと思う。こんな風にとんとん拍子に話が進んだのは、ひとえに彼の人好きのする社交性のおかげだ。
彼はまだこの辺りに詳しくないそうなので、無難に大手チェーン店のカフェに入った。学生だし、少しでも安い方がいいかな、と思ったのもある。
いつもならコーヒーを頼むのだけど、彼がチョコチップを散らしたホイップクリームのたっぷりのったチョコレートフラッペを頼んでいるのを見て、僕も冒険してみることにした。パフェを頼むのは勇気がいるけど、クリームフラッペなら大丈夫な気がする。
さっそく「面白い色だね。それ何?」、とゲールがはにかんだような顔で尋ねてきた。
ショーンもだけど、イギリス人って、シャイさとフレンドリーさが両立する不思議な人種だなと思う。こんな控え目な笑顔を見せられたら警戒心も緩んでしまう。あ、でもショーンは逆かな。おしゃべりの方が際立っているのに、時おり見せるシャイな気遣いにほろりとさせられてしまう。
僕がよく知らない相手と二人、こんな機会を持てるようになったのも、いい意味で開放的なショーンの影響のおかげかもしれない。
僕の頼んだのは彼と同じカテゴリーのものなのだが、塩キャラメルソースのかかったホイップクリームの下は薄く緑がかったミルク色で、一見しただけでは何味か判らないと思う。
彼はメニューをちらっと見ただけで注文して、他にどんな飲み物があるか気にしていなかった。チョコレートがすごく好きなのかもしれない。ピンクのゆらゆらした毛先がそんな嗜好に合っている気がする。
でも、そんなことを口にするわけにはいかない。
「塩キャラメルとピスタチオだよ。きみのそのチョコフラッペの中のつぶつぶは何?」と僕も無難に尋ね返した。
「ヘーゼルナッツ」
ゲールはやっぱり、はにかんだような笑みを口許に浮かべて、ストローでたっぷりすくったクリームを運ぶ。
なんとなく、僕も同じようにしてみた。
こんなこと、アルビーの前では絶対できない。子どもっぽいって思われるもの。
ショーンといっしょならどうだろう。彼はあっという間に食べてしまうだろうから、僕も待たせないように急いで食べるか、逆に彼がしゃべっているのを聞きながら、その味を覚えてマリーのデザートに応用できないか考えるだろうな。だから、食べ方なんて気にしない。
今は、そのどちらでもない。
あまり馴染みのないものを頼んで、ちょっと行儀の悪い食べ方をしながら、「それ美味しい?」「よく判らないけど、面白い味」なんて、特に意味のないことを言って笑い合っている。
ああ、そうだ。彼のこの感じ、バズといるときに似ているかもしれない。へんに構えなくていい。あれこれ考えて応えなくても、許してもらえるっていうか。たぶん、僕の方が年上だからかな。
ゲールはゆっくりと食べながら、自分のことを教えてくれ、僕のことも訊いてくれた。僕たちは同じ学部の同じ史学科で、それも、もう少し喋ろうか、ってきっかけになった理由の一つだった。
「それにしても、今まで出会わなかったのがかえって意外だね」
「ああ、うん。大変だったんだ。大学が始まる少し前にさ、大雨が降ったじゃん。あれで下宿先が水没しちゃってさ。当面の部屋探しで忙しすぎて、まともに講義を受けるどころじゃなかったんだ」
いきなり奇襲された。
今年の自然災害ランキング上位に入るに違いない「ロンドンの大雨」、ここでこの話題が出るなんて!
心臓が凍りついてしまいそうだ。
「ごめん」と、反射的に口をついてでてしまった。
「うん、ありがとう。でも、もう平気だよ」
ゲールはあっけらかんとして微笑んでいる。その笑顔に、僕は余計に申し訳なさを覚えてしまう。僕の言った「I'm sorry.」を、彼は「残念だったね」と受けとったみたいだ。当然だ。いきなり僕に謝罪されたって意味が判らないと思う。
「優しいんだね、きみ。本当に大丈夫、新しい部屋も目途がつきそうだし」
つい黙り込んでしまっていた僕に、ゲールの優しい眼差しが向けられていた。きっと、彼の惨状に絶句して僕が困っていると思ったんだ。
僕はぎこちなく微笑んで、頷くしかない。
「ロンドンの大雨」が、僕とドラコ――、火の精霊のせいだなんて、口が裂けたって言えるはずがない。
彼はまだこの辺りに詳しくないそうなので、無難に大手チェーン店のカフェに入った。学生だし、少しでも安い方がいいかな、と思ったのもある。
いつもならコーヒーを頼むのだけど、彼がチョコチップを散らしたホイップクリームのたっぷりのったチョコレートフラッペを頼んでいるのを見て、僕も冒険してみることにした。パフェを頼むのは勇気がいるけど、クリームフラッペなら大丈夫な気がする。
さっそく「面白い色だね。それ何?」、とゲールがはにかんだような顔で尋ねてきた。
ショーンもだけど、イギリス人って、シャイさとフレンドリーさが両立する不思議な人種だなと思う。こんな控え目な笑顔を見せられたら警戒心も緩んでしまう。あ、でもショーンは逆かな。おしゃべりの方が際立っているのに、時おり見せるシャイな気遣いにほろりとさせられてしまう。
僕がよく知らない相手と二人、こんな機会を持てるようになったのも、いい意味で開放的なショーンの影響のおかげかもしれない。
僕の頼んだのは彼と同じカテゴリーのものなのだが、塩キャラメルソースのかかったホイップクリームの下は薄く緑がかったミルク色で、一見しただけでは何味か判らないと思う。
彼はメニューをちらっと見ただけで注文して、他にどんな飲み物があるか気にしていなかった。チョコレートがすごく好きなのかもしれない。ピンクのゆらゆらした毛先がそんな嗜好に合っている気がする。
でも、そんなことを口にするわけにはいかない。
「塩キャラメルとピスタチオだよ。きみのそのチョコフラッペの中のつぶつぶは何?」と僕も無難に尋ね返した。
「ヘーゼルナッツ」
ゲールはやっぱり、はにかんだような笑みを口許に浮かべて、ストローでたっぷりすくったクリームを運ぶ。
なんとなく、僕も同じようにしてみた。
こんなこと、アルビーの前では絶対できない。子どもっぽいって思われるもの。
ショーンといっしょならどうだろう。彼はあっという間に食べてしまうだろうから、僕も待たせないように急いで食べるか、逆に彼がしゃべっているのを聞きながら、その味を覚えてマリーのデザートに応用できないか考えるだろうな。だから、食べ方なんて気にしない。
今は、そのどちらでもない。
あまり馴染みのないものを頼んで、ちょっと行儀の悪い食べ方をしながら、「それ美味しい?」「よく判らないけど、面白い味」なんて、特に意味のないことを言って笑い合っている。
ああ、そうだ。彼のこの感じ、バズといるときに似ているかもしれない。へんに構えなくていい。あれこれ考えて応えなくても、許してもらえるっていうか。たぶん、僕の方が年上だからかな。
ゲールはゆっくりと食べながら、自分のことを教えてくれ、僕のことも訊いてくれた。僕たちは同じ学部の同じ史学科で、それも、もう少し喋ろうか、ってきっかけになった理由の一つだった。
「それにしても、今まで出会わなかったのがかえって意外だね」
「ああ、うん。大変だったんだ。大学が始まる少し前にさ、大雨が降ったじゃん。あれで下宿先が水没しちゃってさ。当面の部屋探しで忙しすぎて、まともに講義を受けるどころじゃなかったんだ」
いきなり奇襲された。
今年の自然災害ランキング上位に入るに違いない「ロンドンの大雨」、ここでこの話題が出るなんて!
心臓が凍りついてしまいそうだ。
「ごめん」と、反射的に口をついてでてしまった。
「うん、ありがとう。でも、もう平気だよ」
ゲールはあっけらかんとして微笑んでいる。その笑顔に、僕は余計に申し訳なさを覚えてしまう。僕の言った「I'm sorry.」を、彼は「残念だったね」と受けとったみたいだ。当然だ。いきなり僕に謝罪されたって意味が判らないと思う。
「優しいんだね、きみ。本当に大丈夫、新しい部屋も目途がつきそうだし」
つい黙り込んでしまっていた僕に、ゲールの優しい眼差しが向けられていた。きっと、彼の惨状に絶句して僕が困っていると思ったんだ。
僕はぎこちなく微笑んで、頷くしかない。
「ロンドンの大雨」が、僕とドラコ――、火の精霊のせいだなんて、口が裂けたって言えるはずがない。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
この愛のすべて
高嗣水清太
BL
「妊娠しています」
そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。
俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。
※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。
両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる