エートス 風の住む丘

萩尾雅縁

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Ⅱ 風の使い手

9.クリームフラッペは頼みやすい

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 いつもの水曜の予定が金曜に回り、ぽかりとイレギュラーな時間が空いたのもあって、偶然再会したといってもほぼ初対面と変わらない彼、ゲール・マイスターとお茶することになった。人付き合いの下手な僕にしては珍しいことだと思う。こんな風にとんとん拍子に話が進んだのは、ひとえに彼の人好きのする社交性のおかげだ。

 彼はまだこの辺りに詳しくないそうなので、無難に大手チェーン店のカフェに入った。学生だし、少しでも安い方がいいかな、と思ったのもある。
 いつもならコーヒーを頼むのだけど、彼がチョコチップを散らしたホイップクリームのたっぷりのったチョコレートフラッペを頼んでいるのを見て、僕も冒険してみることにした。パフェを頼むのは勇気がいるけど、クリームフラッペなら大丈夫な気がする。


 さっそく「面白い色だね。それ何?」、とゲールがはにかんだような顔で尋ねてきた。
 
 ショーンもだけど、イギリス人って、シャイさとフレンドリーさが両立する不思議な人種だなと思う。こんな控え目な笑顔を見せられたら警戒心も緩んでしまう。あ、でもショーンは逆かな。おしゃべりの方が際立っているのに、時おり見せるシャイな気遣いにほろりとさせられてしまう。
 僕がよく知らない相手と二人、こんな機会を持てるようになったのも、いい意味で開放的なショーンの影響のおかげかもしれない。

 僕の頼んだのは彼と同じカテゴリーのものなのだが、塩キャラメルソースのかかったホイップクリームの下は薄く緑がかったミルク色で、一見しただけでは何味か判らないと思う。
 彼はメニューをちらっと見ただけで注文して、他にどんな飲み物があるか気にしていなかった。チョコレートがすごく好きなのかもしれない。ピンクのゆらゆらした毛先がそんな嗜好に合っている気がする。
 でも、そんなことを口にするわけにはいかない。

「塩キャラメルとピスタチオだよ。きみのそのチョコフラッペの中のつぶつぶは何?」と僕も無難に尋ね返した。
「ヘーゼルナッツ」

 ゲールはやっぱり、はにかんだような笑みを口許に浮かべて、ストローでたっぷりすくったクリームを運ぶ。

 なんとなく、僕も同じようにしてみた。

 こんなこと、アルビーの前では絶対できない。子どもっぽいって思われるもの。
 ショーンといっしょならどうだろう。彼はあっという間に食べてしまうだろうから、僕も待たせないように急いで食べるか、逆に彼がしゃべっているのを聞きながら、その味を覚えてマリーのデザートに応用できないか考えるだろうな。だから、食べ方なんて気にしない。

 今は、そのどちらでもない。
 あまり馴染みのないものを頼んで、ちょっと行儀の悪い食べ方をしながら、「それ美味しい?」「よく判らないけど、面白い味」なんて、特に意味のないことを言って笑い合っている。
 ああ、そうだ。彼のこの感じ、バズといるときに似ているかもしれない。へんに構えなくていい。あれこれ考えて応えなくても、許してもらえるっていうか。たぶん、僕の方が年上だからかな。


 ゲールはゆっくりと食べながら、自分のことを教えてくれ、僕のことも訊いてくれた。僕たちは同じ学部の同じ史学科で、それも、もう少し喋ろうか、ってきっかけになった理由の一つだった。

「それにしても、今まで出会わなかったのがかえって意外だね」
「ああ、うん。大変だったんだ。大学が始まる少し前にさ、大雨が降ったじゃん。あれで下宿先が水没しちゃってさ。当面の部屋探しで忙しすぎて、まともに講義を受けるどころじゃなかったんだ」

 いきなり奇襲された。
 今年の自然災害ランキング上位に入るに違いない「ロンドンの大雨」、ここでこの話題が出るなんて! 
 心臓が凍りついてしまいそうだ。

「ごめん」と、反射的に口をついてでてしまった。
「うん、ありがとう。でも、もう平気だよ」

 ゲールはあっけらかんとして微笑んでいる。その笑顔に、僕は余計に申し訳なさを覚えてしまう。僕の言った「I'm sorry.ごめん」を、彼は「残念だったね」と受けとったみたいだ。当然だ。いきなり僕に謝罪されたって意味が判らないと思う。


「優しいんだね、きみ。本当に大丈夫、新しい部屋も目途がつきそうだし」

 つい黙り込んでしまっていた僕に、ゲールの優しい眼差しが向けられていた。きっと、彼の惨状に絶句して僕が困っていると思ったんだ。

 僕はぎこちなく微笑んで、頷くしかない。

「ロンドンの大雨」が、僕とドラコ――、火の精霊サラマンダーのせいだなんて、口が裂けたって言えるはずがない。





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