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プロローグ
緑の骨董品店
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その店は、古風な煉瓦造りの建物が立ち並ぶこの通りで、確かな異彩を放っていた。
「なんて毒々しい店構えだ! いかにもあいつの息がかかっていそうな場じゃないか!」
彼はヒクヒク鼻をひくつかせると吐き捨てるように、だが彼にしてはずいぶん抑えた口調で呟いた。僕は黙ってその店舗を眺めていた。
「家具とアートの建物」、と壁にでかでかとロゴ看板があがっているから、インテリア系のテナントビルかなにかだろうか。
それにしても――。
真緑に塗られた煉瓦造りだなんて。そこに均等に割り振られた幾筋もの柱も深緑。日に焼けて少し色褪せているけれど、日よけまで壁と同じ色。連なるウインドウ枠だけが白く、くっきりと内側の別世界を際立たせている。こうしてけばけばしい外観から切り取られたガラスの向こうに見えるのは、優雅に飾られた煌びやかな家具や調度品だ。ここは、ロンドンでも高級志向で有名なチェルシー地区にふさわしい、敷居の高い店らしい。
けれどここにある何かが、彼を惹きつけたのは間違いない。
「入るぞ」、と彼に促され、開かれたままの緑色の扉の奥へと足を踏みいれた。外観からは大きな一棟の建物に見えるのに、どうも二つの建物を通路で繋いでいるみたいだ。ショウウィンドウに囲まれた狭い通路には二階に上がる階段が続いていた。ガラス張りのアーケードから差し込む春の柔らかな日差しが壁の緑を二色に分けていた。彼はこの色にどっぷりと浸かっている空間に辟易としているようだった。なるべく視界に入れないようにと、大きな飛び出した瞳を、瞼を細めて被っている。
階段を上がりきると、踊り場の中央にある大きな花台がまず目に入った。瑞々しいアイビーの葉に囲まれて白いカラーが上品に生けられている。
彼の視線はその向こうに見える、ガラス扉の開け放たれた入り口を探るように睨んでいる。日光の降り注ぐ踊り場から見える店内は、対照的に仄暗く重厚感に満ち満ちている。正面から長く伸びるディナーテーブル。その上にかかるクリスタルのシャンデリア。銀の食器――。
そんなモノたちに気後れして、そっと辺りを見渡した。緑の外壁の前の豪奢な彫刻の施された艶光りする木製の鏡台に、相変わらずおどおどした頼りない僕が映っていた。小さなリュックを背負い、綿シャツの上にはウィンドブレーカー、それにジーンズにスニーカー。こんな格好で、こんな店にいったいどんな用があるっていうんだと勘繰りたくなってしまう。
この手の店に来るのは初めて、という訳ではないんだ。むしろイギリスに来てから、靴底がすり減るくらいこんな高級店を巡っている。それでも、いまだに慣れないだけで。
鏡台の両脇に置かれた石のライオン像が、そんな僕を見あげてくすっと笑った。
「おい、なにぼさっとしてるんだ。行くぞ」
きつい口調で囁かれ、仕方なく僕には不釣り合いなこの店の敷居をまたいだ。「アンティーク」と白ぬきされた黒のドアマットを踏みしめて。
店内は驚くほど広くて、天井には一流ホテルや何とかホールみたいな場所でないとお目にかかれないような、繊細なビーズを連ねたような豪奢なシャンデリアがあちらこちらにかかっていた。その下には、十分なスペースを取って贅沢な空間を演出する艶やかな家具たち。時代物の飾り棚のなかには、ひと目で貴重な品だと判る金や銀でできた置物がつんと澄まして鎮座する。
だけど彼はそんなものには目もくれず、さっさと移れ、と部屋から部屋へと見惚れていた僕をせっつく。
そして、奥の部屋の壁際にようやく目当てのものを見つけたのか、彼は大きな口をにっと吊り上げ嬉しそうに熱い息を吐いた。
「まさかこれをこんなところに隠していやがったとはな」
「これ?」僕はなんだか腑に落ちなくて、訝しい思いで彼を見た。「これが、地の精霊の宝?」
「な、わけあるか! それを見つけるための媒体だ! お前に任せてたんじゃ埒が明かないからな!」
怒ったようにがなり立てる声を首をちょいとすくめて聞き流し、僕は彼をここまで引き寄せたこれ――、綺麗だけど、どこか鬼気迫るような威圧感のある人形にそっと手を伸ばした。黒革を金鋲打ちされた肘掛け椅子の上で足を組んで、この部屋全体を見渡しているかのような男の子の人形だ。
その冷やりとした磁器の肌に驚いて、ぴくりと指を引っ込めた。
燃えるように広がる赤毛に、揺らめく焔のように光を爆ぜる金色の瞳、赤々とした少女のような唇の生々しさから、この人形は、僕と同じ人間の肌を持っている、と錯覚していたのだ。
「おい、コウ、丁寧に扱えよ! なんたってこれはだな、」と、彼が自信満々に胸を張ったところで急に押し黙る。その細められた瞳の向けられた僕の背後を、振り返って見た。
上品な初老の紳士が、優しげな笑みを湛えて僕を見下ろしていた。
「何かお気に召したものがございましたか?」
ここの主人だろうか。金のない、しがない学生でしかない僕みたいな東洋人にも、律儀に丁寧な応対をしてくれるらしい。
「手に入れろ、今すぐにだぞ!」押し殺した息が耳を掠めた。
「え? えっと、これ、おいくらですか?」
僕は彼に言われるまま、6,70センチほどの、この赤いインバネスコートを着た人形を指さした。
「ああ! お若いのに、なかなか見る目を持ってらっしゃる!」と、その紳士は大袈裟に頷いてさらに大きく笑みを広げると、さも嬉しそうに、値段ではなくこの品の由来を語り始めた。
「なんて毒々しい店構えだ! いかにもあいつの息がかかっていそうな場じゃないか!」
彼はヒクヒク鼻をひくつかせると吐き捨てるように、だが彼にしてはずいぶん抑えた口調で呟いた。僕は黙ってその店舗を眺めていた。
「家具とアートの建物」、と壁にでかでかとロゴ看板があがっているから、インテリア系のテナントビルかなにかだろうか。
それにしても――。
真緑に塗られた煉瓦造りだなんて。そこに均等に割り振られた幾筋もの柱も深緑。日に焼けて少し色褪せているけれど、日よけまで壁と同じ色。連なるウインドウ枠だけが白く、くっきりと内側の別世界を際立たせている。こうしてけばけばしい外観から切り取られたガラスの向こうに見えるのは、優雅に飾られた煌びやかな家具や調度品だ。ここは、ロンドンでも高級志向で有名なチェルシー地区にふさわしい、敷居の高い店らしい。
けれどここにある何かが、彼を惹きつけたのは間違いない。
「入るぞ」、と彼に促され、開かれたままの緑色の扉の奥へと足を踏みいれた。外観からは大きな一棟の建物に見えるのに、どうも二つの建物を通路で繋いでいるみたいだ。ショウウィンドウに囲まれた狭い通路には二階に上がる階段が続いていた。ガラス張りのアーケードから差し込む春の柔らかな日差しが壁の緑を二色に分けていた。彼はこの色にどっぷりと浸かっている空間に辟易としているようだった。なるべく視界に入れないようにと、大きな飛び出した瞳を、瞼を細めて被っている。
階段を上がりきると、踊り場の中央にある大きな花台がまず目に入った。瑞々しいアイビーの葉に囲まれて白いカラーが上品に生けられている。
彼の視線はその向こうに見える、ガラス扉の開け放たれた入り口を探るように睨んでいる。日光の降り注ぐ踊り場から見える店内は、対照的に仄暗く重厚感に満ち満ちている。正面から長く伸びるディナーテーブル。その上にかかるクリスタルのシャンデリア。銀の食器――。
そんなモノたちに気後れして、そっと辺りを見渡した。緑の外壁の前の豪奢な彫刻の施された艶光りする木製の鏡台に、相変わらずおどおどした頼りない僕が映っていた。小さなリュックを背負い、綿シャツの上にはウィンドブレーカー、それにジーンズにスニーカー。こんな格好で、こんな店にいったいどんな用があるっていうんだと勘繰りたくなってしまう。
この手の店に来るのは初めて、という訳ではないんだ。むしろイギリスに来てから、靴底がすり減るくらいこんな高級店を巡っている。それでも、いまだに慣れないだけで。
鏡台の両脇に置かれた石のライオン像が、そんな僕を見あげてくすっと笑った。
「おい、なにぼさっとしてるんだ。行くぞ」
きつい口調で囁かれ、仕方なく僕には不釣り合いなこの店の敷居をまたいだ。「アンティーク」と白ぬきされた黒のドアマットを踏みしめて。
店内は驚くほど広くて、天井には一流ホテルや何とかホールみたいな場所でないとお目にかかれないような、繊細なビーズを連ねたような豪奢なシャンデリアがあちらこちらにかかっていた。その下には、十分なスペースを取って贅沢な空間を演出する艶やかな家具たち。時代物の飾り棚のなかには、ひと目で貴重な品だと判る金や銀でできた置物がつんと澄まして鎮座する。
だけど彼はそんなものには目もくれず、さっさと移れ、と部屋から部屋へと見惚れていた僕をせっつく。
そして、奥の部屋の壁際にようやく目当てのものを見つけたのか、彼は大きな口をにっと吊り上げ嬉しそうに熱い息を吐いた。
「まさかこれをこんなところに隠していやがったとはな」
「これ?」僕はなんだか腑に落ちなくて、訝しい思いで彼を見た。「これが、地の精霊の宝?」
「な、わけあるか! それを見つけるための媒体だ! お前に任せてたんじゃ埒が明かないからな!」
怒ったようにがなり立てる声を首をちょいとすくめて聞き流し、僕は彼をここまで引き寄せたこれ――、綺麗だけど、どこか鬼気迫るような威圧感のある人形にそっと手を伸ばした。黒革を金鋲打ちされた肘掛け椅子の上で足を組んで、この部屋全体を見渡しているかのような男の子の人形だ。
その冷やりとした磁器の肌に驚いて、ぴくりと指を引っ込めた。
燃えるように広がる赤毛に、揺らめく焔のように光を爆ぜる金色の瞳、赤々とした少女のような唇の生々しさから、この人形は、僕と同じ人間の肌を持っている、と錯覚していたのだ。
「おい、コウ、丁寧に扱えよ! なんたってこれはだな、」と、彼が自信満々に胸を張ったところで急に押し黙る。その細められた瞳の向けられた僕の背後を、振り返って見た。
上品な初老の紳士が、優しげな笑みを湛えて僕を見下ろしていた。
「何かお気に召したものがございましたか?」
ここの主人だろうか。金のない、しがない学生でしかない僕みたいな東洋人にも、律儀に丁寧な応対をしてくれるらしい。
「手に入れろ、今すぐにだぞ!」押し殺した息が耳を掠めた。
「え? えっと、これ、おいくらですか?」
僕は彼に言われるまま、6,70センチほどの、この赤いインバネスコートを着た人形を指さした。
「ああ! お若いのに、なかなか見る目を持ってらっしゃる!」と、その紳士は大袈裟に頷いてさらに大きく笑みを広げると、さも嬉しそうに、値段ではなくこの品の由来を語り始めた。
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