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Ⅳ 初夏の木漏れ日
165 車内サービス
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駅に停まる度、ワゴンサービスがやって来る。その度に、コーヒーや紅茶をもらった。アルビーと向き合って座っているのが、なんとも落ち着かなくて。
十一時を過ぎると、食事サービスの中身が変わるらしい。お昼時に、好奇心からピクニックトレイを頼んでみた。二種類から選べるのだけど、不幸なことにサンドイッチの具はチキンだそうで、もう一方のラップサンドにした。「そんなものより、コウが作ってくれたこっちの方がずっと美味しいのに」と、アルビーは僕の分まで照り焼きチキンのサンドイッチを食べてくれている。だって、気になるじゃないか。機内食とか、駅弁とかって……。レタスとハムをくるりと包んだラップサンドはカフェチェーン店によくあるタイプのものだった。それにポテトチップスの小袋、チョコレートケーキ、ペットボトルの水がセットになっている。そしてホットドリンクを備え付けのカップに注いでくれる。今回はさすがに紅茶にした。
朝と同じように黙々と食べているアルビーを、ちらちらと盗み見る。今日の彼は、いつもよりもずっと無口だ。出逢ったばかりの頃のように。でもあの頃のような無関心の無口とは違う。僕が話し始めるのを、彼はじっと待ってくれている。決して僕を急かすことはせずに。いつものせっかちで気の短い彼とは思えない忍耐でもって。
昨夜、アーノルドの描いた魔法陣を見せてもらってから、僕は頭を整理したいから、と彼に約束した説明を保留にしたままでいる。でも、一晩考えたって上手い解説は思いつかなかった。
だいたい、アルビーは魔術をどんなものだと思っているのだろう? 僕が目で追い共鳴する世界は、彼にとっては幻覚と幻聴に脅かされた異常な世界だ。またコウは病気だって言われるのが関の山だと思うもの。
それなのに、彼は知りたがっている。他人の空似とは言い逃れられないような、彼と赤毛の人形の関係を。そして、アーノルドが出逢った彼らとの関連性を。スティーブの為に……。
それならスティーブは、四大精霊の人形を手に入れて何をしたいのだろう? 彼は儀式の詳細を知っているらしいけれど、その本来の目的は知らない。アーノルドのように、願いを叶えるおまじないのように思っているのだろうか?
「あまり美味しいものでもないだろ?」
食べるのを忘れて考え耽ってしまっていたところに、アルビーの明るい声が届いた。車窓に向けたまま、ぼんやりと漂わせていた視線を彼に戻す。
「ん? まぁまぁかな。こんなものだよね、無料だし」
「僕はもう飽きちゃったよ。提供される食事は平日の方がずっとマシだよ。だから平日に行ける時には、そうしているんだ」
「もう何度も行っているの?」
「三か月おきにね」
三か月前……!
どうして今まで気がつかなかったのだろう? これから行くのは、あのボランティア活動なのだ! 戻って来た彼をあんなにも疲弊させ、ハムステッドヒースに、僕には今でも理解できない、あの突飛な行動に走らせた……。
思わずぐっと唇をへの字に曲げて、食い入るように彼を見つめていた。
アルビーは、ふわりと微笑んだ。
「心配しないで。そんな大したことはしないよ。来談者の現状を確認して、それだけだよ」
本当に何でもないことのように、軽やかな口調だった。じゃあ、何故? あの時の前、もう三か月前にだって、アルビーは戻って来てから様子がおかしかったじゃないか。その晩帰って来なかったじゃないか。マリーがあんなに心配して……。
ああ、まただ……。
あの時のハムステッドヒースでの彼との会話が、記憶の底からぷくぷくと浮かび上がってきた。
――コウの心に巣くっている苦痛を話してくれるなら、僕も話すよ。
この列車の行き着く先にある何か。それを彼に訊ねたら、彼もまた、僕に訊ねるに違いない。どうして僕が自分自身で持ち出した、あの精霊たちのモデルに関する話を途中で打ち切ってしまったのか。あの魔法陣を見て、あんなにも打ちひしがれてしまったのか。
僕はあの時のように、またもや決断を迫られていた。
十一時を過ぎると、食事サービスの中身が変わるらしい。お昼時に、好奇心からピクニックトレイを頼んでみた。二種類から選べるのだけど、不幸なことにサンドイッチの具はチキンだそうで、もう一方のラップサンドにした。「そんなものより、コウが作ってくれたこっちの方がずっと美味しいのに」と、アルビーは僕の分まで照り焼きチキンのサンドイッチを食べてくれている。だって、気になるじゃないか。機内食とか、駅弁とかって……。レタスとハムをくるりと包んだラップサンドはカフェチェーン店によくあるタイプのものだった。それにポテトチップスの小袋、チョコレートケーキ、ペットボトルの水がセットになっている。そしてホットドリンクを備え付けのカップに注いでくれる。今回はさすがに紅茶にした。
朝と同じように黙々と食べているアルビーを、ちらちらと盗み見る。今日の彼は、いつもよりもずっと無口だ。出逢ったばかりの頃のように。でもあの頃のような無関心の無口とは違う。僕が話し始めるのを、彼はじっと待ってくれている。決して僕を急かすことはせずに。いつものせっかちで気の短い彼とは思えない忍耐でもって。
昨夜、アーノルドの描いた魔法陣を見せてもらってから、僕は頭を整理したいから、と彼に約束した説明を保留にしたままでいる。でも、一晩考えたって上手い解説は思いつかなかった。
だいたい、アルビーは魔術をどんなものだと思っているのだろう? 僕が目で追い共鳴する世界は、彼にとっては幻覚と幻聴に脅かされた異常な世界だ。またコウは病気だって言われるのが関の山だと思うもの。
それなのに、彼は知りたがっている。他人の空似とは言い逃れられないような、彼と赤毛の人形の関係を。そして、アーノルドが出逢った彼らとの関連性を。スティーブの為に……。
それならスティーブは、四大精霊の人形を手に入れて何をしたいのだろう? 彼は儀式の詳細を知っているらしいけれど、その本来の目的は知らない。アーノルドのように、願いを叶えるおまじないのように思っているのだろうか?
「あまり美味しいものでもないだろ?」
食べるのを忘れて考え耽ってしまっていたところに、アルビーの明るい声が届いた。車窓に向けたまま、ぼんやりと漂わせていた視線を彼に戻す。
「ん? まぁまぁかな。こんなものだよね、無料だし」
「僕はもう飽きちゃったよ。提供される食事は平日の方がずっとマシだよ。だから平日に行ける時には、そうしているんだ」
「もう何度も行っているの?」
「三か月おきにね」
三か月前……!
どうして今まで気がつかなかったのだろう? これから行くのは、あのボランティア活動なのだ! 戻って来た彼をあんなにも疲弊させ、ハムステッドヒースに、僕には今でも理解できない、あの突飛な行動に走らせた……。
思わずぐっと唇をへの字に曲げて、食い入るように彼を見つめていた。
アルビーは、ふわりと微笑んだ。
「心配しないで。そんな大したことはしないよ。来談者の現状を確認して、それだけだよ」
本当に何でもないことのように、軽やかな口調だった。じゃあ、何故? あの時の前、もう三か月前にだって、アルビーは戻って来てから様子がおかしかったじゃないか。その晩帰って来なかったじゃないか。マリーがあんなに心配して……。
ああ、まただ……。
あの時のハムステッドヒースでの彼との会話が、記憶の底からぷくぷくと浮かび上がってきた。
――コウの心に巣くっている苦痛を話してくれるなら、僕も話すよ。
この列車の行き着く先にある何か。それを彼に訊ねたら、彼もまた、僕に訊ねるに違いない。どうして僕が自分自身で持ち出した、あの精霊たちのモデルに関する話を途中で打ち切ってしまったのか。あの魔法陣を見て、あんなにも打ちひしがれてしまったのか。
僕はあの時のように、またもや決断を迫られていた。
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