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Ⅳ 初夏の木漏れ日
152 願い
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アルビーがいきなりディナージャケットをくれた。黒のボウタイに、ウイングカラーシャツもセットで。
「六月には大学祭があるだろ? サイズが合わないようなら、早めに直しに出さなきゃいけないからね」
呆気に取られている僕に、彼は笑って言った。
この国で僕のサイズに合うジャケットを探すのは、中々に難しい。カジュアルなら、まぁまだマシなのだけれど、まず肩が合わないのだ。クリスマスに貰ったジャケットなんて、よくサイズの合うものを見つけてきたものだな、と感心したくらいで。
今回のこのディナージャケットは、アルビーの通っていた私立校時代の、東洋系の友人に譲ってもらったものらしい。体形がよく似ているから、多分市販品で探すよりも合うんじゃないかって。
いわゆる高校生でディナージャケットを自前で持っている、ってことにまず驚いた。さすが名門私立は違うってこと?
大学に入ったら割りに頻繁に着る機会があるから、持っておいた方がいいよ。と、アルビーは言う。こうしてせっかく僕のために骨を折ってくれたのだから、「ありがとう」と受け取った。本当に着る機会があるかどうかは、疑問だったけれど。大学祭だって、無料って訳ではないのだもの。かなり高額なチケットが必要で、それはあっという間に売り切れる。一度くらいは行ってみたい気もするけれど、あえて行こうとも思わない。
でも、アルビーの気持ちは素直に嬉しかった。
取りあえず試着してみた。サイズはほぼ大丈夫だ。ジャケットの袖が少し長いくらいで。休日に一緒にサイズ直しに出しに行こう、と彼に言われた。
それよりも、僕は彼に訊きたいことがあるんだ。
試験を挟んで延ばし延ばしになっていた話を、今日こそ訊ねなくちゃいけない。アルビーは最近また忙しくて、家にいる時間も不規則になってきているから。こうしてのんびりしている間に、話をしてしまわなければ。
ひと段落着いてから、お茶を淹れた。ごちゃごちゃとアルビーの私物の置かれているソファーは避けて、ティーテーブルについた。
陽が延びて、夕方といって良い時間なのにまだまだ明るい。柔らかな 鶸色の輝く前庭の梢に目を細める。
「家にいるのが勿体ないような天気だね」
「散歩にでも行く? それか、近くのカフェにでも?」
「お茶を淹れたばかりだよ」
僕は微笑んで首を振った。外では話せないもの。アルビーはちょっと不満そうだ。彼は、僕がすぐにできない言い訳をしてしまうのを、好きじゃない。もっと自分の正直な心に従うべきだと、いつも言われる。
「それにアルビー、きみにお願いがあるんだ」
僕の改まった物言いに、彼は「何?」、と軽く微笑んで小首を傾げた。
「きみのお父さんが行ったという四大精霊の召喚の儀式を教えて。きみはそれを知っていると言っただろ?」
ゆっくりと、彼の瞳の緑が陰り、その濃さを増す。
「それを聞いてどうするの?」
唇から笑みを決して、彼は囁くように呟いた。
「どうもしない。ただ知りたいだけだよ」
僕は瞼を伏せて、けれどしっかりとした声で返事をした。
僕が本当に知りたいのは、儀式の様式じゃない。僕が今、ここにいる理由だ。でもそれを言ったところで、彼に解ってもらえるとは思わなかった。また、コウは頭がおかしいからって、思われるに決まっている。
「きみは、知っているんじゃないの?」
「僕たちが行ったのは召喚の儀式じゃないもの」
アルビーは、カップに指をかけて持ち上げた。一瞬、虹色の蜥蜴が僕を見た。笑っている。僕を見て、彼は笑っているんだ。そんな僕の視線を、アルビーは敏感に捉えていた。彼は持ち上げたカップを口許には運ばずテーブルに戻す。
「それは、赤毛の彼と関係あること?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない。聞いてみないと判らないよ」
アルビーはゆっくりと椅子の背もたれにもたれかかり、深く息を継いだ。
「彼の日記があるんだ。それを読むといい」
そして諦めたように淋しげに笑って「取って来るから」、と立ち上がった。
「六月には大学祭があるだろ? サイズが合わないようなら、早めに直しに出さなきゃいけないからね」
呆気に取られている僕に、彼は笑って言った。
この国で僕のサイズに合うジャケットを探すのは、中々に難しい。カジュアルなら、まぁまだマシなのだけれど、まず肩が合わないのだ。クリスマスに貰ったジャケットなんて、よくサイズの合うものを見つけてきたものだな、と感心したくらいで。
今回のこのディナージャケットは、アルビーの通っていた私立校時代の、東洋系の友人に譲ってもらったものらしい。体形がよく似ているから、多分市販品で探すよりも合うんじゃないかって。
いわゆる高校生でディナージャケットを自前で持っている、ってことにまず驚いた。さすが名門私立は違うってこと?
大学に入ったら割りに頻繁に着る機会があるから、持っておいた方がいいよ。と、アルビーは言う。こうしてせっかく僕のために骨を折ってくれたのだから、「ありがとう」と受け取った。本当に着る機会があるかどうかは、疑問だったけれど。大学祭だって、無料って訳ではないのだもの。かなり高額なチケットが必要で、それはあっという間に売り切れる。一度くらいは行ってみたい気もするけれど、あえて行こうとも思わない。
でも、アルビーの気持ちは素直に嬉しかった。
取りあえず試着してみた。サイズはほぼ大丈夫だ。ジャケットの袖が少し長いくらいで。休日に一緒にサイズ直しに出しに行こう、と彼に言われた。
それよりも、僕は彼に訊きたいことがあるんだ。
試験を挟んで延ばし延ばしになっていた話を、今日こそ訊ねなくちゃいけない。アルビーは最近また忙しくて、家にいる時間も不規則になってきているから。こうしてのんびりしている間に、話をしてしまわなければ。
ひと段落着いてから、お茶を淹れた。ごちゃごちゃとアルビーの私物の置かれているソファーは避けて、ティーテーブルについた。
陽が延びて、夕方といって良い時間なのにまだまだ明るい。柔らかな 鶸色の輝く前庭の梢に目を細める。
「家にいるのが勿体ないような天気だね」
「散歩にでも行く? それか、近くのカフェにでも?」
「お茶を淹れたばかりだよ」
僕は微笑んで首を振った。外では話せないもの。アルビーはちょっと不満そうだ。彼は、僕がすぐにできない言い訳をしてしまうのを、好きじゃない。もっと自分の正直な心に従うべきだと、いつも言われる。
「それにアルビー、きみにお願いがあるんだ」
僕の改まった物言いに、彼は「何?」、と軽く微笑んで小首を傾げた。
「きみのお父さんが行ったという四大精霊の召喚の儀式を教えて。きみはそれを知っていると言っただろ?」
ゆっくりと、彼の瞳の緑が陰り、その濃さを増す。
「それを聞いてどうするの?」
唇から笑みを決して、彼は囁くように呟いた。
「どうもしない。ただ知りたいだけだよ」
僕は瞼を伏せて、けれどしっかりとした声で返事をした。
僕が本当に知りたいのは、儀式の様式じゃない。僕が今、ここにいる理由だ。でもそれを言ったところで、彼に解ってもらえるとは思わなかった。また、コウは頭がおかしいからって、思われるに決まっている。
「きみは、知っているんじゃないの?」
「僕たちが行ったのは召喚の儀式じゃないもの」
アルビーは、カップに指をかけて持ち上げた。一瞬、虹色の蜥蜴が僕を見た。笑っている。僕を見て、彼は笑っているんだ。そんな僕の視線を、アルビーは敏感に捉えていた。彼は持ち上げたカップを口許には運ばずテーブルに戻す。
「それは、赤毛の彼と関係あること?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない。聞いてみないと判らないよ」
アルビーはゆっくりと椅子の背もたれにもたれかかり、深く息を継いだ。
「彼の日記があるんだ。それを読むといい」
そして諦めたように淋しげに笑って「取って来るから」、と立ち上がった。
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