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Ⅳ 初夏の木漏れ日
151 試験
しおりを挟む 緊張ずくめの最終試験を終えた。多分、大丈夫だ。試験自体はそんなに難しいものではなかったもの。口頭試験も、冷静に応えることができた。ショーンが教えてくれていた時事ネタにも、ちゃんとついていけたし。いや、でも文法上の間違えがあったかも……。
「コウ!」
学舎を出たところで肩を叩かれ、振り返った。
「なに悲愴な顔をしているんだ? きみなら大丈夫だよ。一番の高評価で進学できるって!」
「ありがとう、ショーン」
試験中も変わらずひょうひょうとしていたショーンに、随分と救われた。もともと彼はAレベル試験は終えていた訳だから、今さら緊張することも少なかったのかもしれない。
「大学受験失敗の強烈な挫折経験があるせいかな。必要以上に緊張しているんだろうな、って自分でも思うよ」
自嘲的なため息が漏れる。
「ああ、前にも言ってたな。アレに比べると楽勝だったろ?」
ショーンは声を立てて笑っている。
以前、話のネタに、僕が落ちた大学入試の試験問題を彼に見せたことがある。英語はさすがにフェアじゃないので、数学の問題で。それ以来、彼の僕を見る眼つきが変わった。理数系に進んでいたら、今のこの不安も少しはマシだったのかもしれない。文系分野では、どうしたって圧倒的な語彙力不足を感じずにはいられないもの。でも僕の専攻は民俗学なのだから、このハンデは努力で克服するより仕方がない。
まだまだ大学進学準備コースに過ぎないのだから。先は長い。これからだ。
「確かにね」
と、大袈裟に肩をすくめて、ふふっと笑ってみせた。ショーンも笑って僕の背中をバンッと叩く。
ショーンといるとほっとする。彼はちっとも変わらないもの。
アルビーと話した後、思い切って彼に尋ねてみたんだ。僕とアルビーのことを、知らないフリをしてくれていたのかって。
彼は「ああ、うん。まあな」と、照れ臭そうに苦笑いしていた。「あいつにな、きみが気にするからそうしてやってくれって頼まれたんだよ。周りにも喋るなってな。きみがやっかまれて、困ったことになると怖いからって。俺も確かにそうだな、って思ったよ。あいつ、いい奴だな」
それからショーンは、僕に謝ってくれた。ショーンの彼女のことで。「ついぶち切れてあいつにばらしたけれど、後からちゃんと誤魔化しておいたからな」って。「僕のことはいいから、ちゃんと仲直りした?」僕も思わず訊いてしまったよ。彼は、はははっと笑って頷いた。「心配するなよ」って。
僕は自分が情けなかった。アルビーも、ショーンも、いつも僕を中心に据えて考えてくれている。さりげなく、僕に負担にならないように。僕はそんな彼らの気持ちに気づくこともなく、甘えていたんだ。
それから時々、ショーンとアルビーの話をするようになった。彼はやはり、いろんなことをアルビーに相談しているようだった。僕が思っていた以上に、ショーンは彼を信頼していた。尊敬していると言ってもいいくらいかもしれない。
アルビーは、院生になってからは大学のカウンセリングルームでボランティア勤務をしたりもしていたらしい。彼を一目見たいがためにカウンセリングルームに学生が押し掛けるようになって、不定期で、よほど人が足りなくて困った時だけだったそうだけど。でも、大天使のように綺麗で、どこか高貴ささえ漂わせる彼に悩みを聞いて貰えるなんて、それだけで癒されると、とんでもない評判が立っていたのだそうだ。
「聞き上手なんだよ。相手の気持ちを解すのが上手いんだ。だからつい、色々喋ってしまっているんだ」
ショーンはわざと嫌そうな顔をしてみせる。そんな自分が恥ずかしいと言わんばかりに。でも、内心はそうじゃないのは良く判る。ショーンはアルビーに憧れているんだ。御多分に漏れず。
僕は本当に、アルビーのことを何も知らない。
ふと立ち止まっていた。
一瞬、音が消えた。
通りを行き交う誰かと肩がぶつかった。「すみません」と声を上げる。
「どうした?」
ショーンが驚いて振り返る。
風が吹き抜ける。
高く、覆い被さるようにそびえ立つ、煉瓦造りの建物に挟まれた、ロンドンの大通りを。
風が……。
「コウ!」
学舎を出たところで肩を叩かれ、振り返った。
「なに悲愴な顔をしているんだ? きみなら大丈夫だよ。一番の高評価で進学できるって!」
「ありがとう、ショーン」
試験中も変わらずひょうひょうとしていたショーンに、随分と救われた。もともと彼はAレベル試験は終えていた訳だから、今さら緊張することも少なかったのかもしれない。
「大学受験失敗の強烈な挫折経験があるせいかな。必要以上に緊張しているんだろうな、って自分でも思うよ」
自嘲的なため息が漏れる。
「ああ、前にも言ってたな。アレに比べると楽勝だったろ?」
ショーンは声を立てて笑っている。
以前、話のネタに、僕が落ちた大学入試の試験問題を彼に見せたことがある。英語はさすがにフェアじゃないので、数学の問題で。それ以来、彼の僕を見る眼つきが変わった。理数系に進んでいたら、今のこの不安も少しはマシだったのかもしれない。文系分野では、どうしたって圧倒的な語彙力不足を感じずにはいられないもの。でも僕の専攻は民俗学なのだから、このハンデは努力で克服するより仕方がない。
まだまだ大学進学準備コースに過ぎないのだから。先は長い。これからだ。
「確かにね」
と、大袈裟に肩をすくめて、ふふっと笑ってみせた。ショーンも笑って僕の背中をバンッと叩く。
ショーンといるとほっとする。彼はちっとも変わらないもの。
アルビーと話した後、思い切って彼に尋ねてみたんだ。僕とアルビーのことを、知らないフリをしてくれていたのかって。
彼は「ああ、うん。まあな」と、照れ臭そうに苦笑いしていた。「あいつにな、きみが気にするからそうしてやってくれって頼まれたんだよ。周りにも喋るなってな。きみがやっかまれて、困ったことになると怖いからって。俺も確かにそうだな、って思ったよ。あいつ、いい奴だな」
それからショーンは、僕に謝ってくれた。ショーンの彼女のことで。「ついぶち切れてあいつにばらしたけれど、後からちゃんと誤魔化しておいたからな」って。「僕のことはいいから、ちゃんと仲直りした?」僕も思わず訊いてしまったよ。彼は、はははっと笑って頷いた。「心配するなよ」って。
僕は自分が情けなかった。アルビーも、ショーンも、いつも僕を中心に据えて考えてくれている。さりげなく、僕に負担にならないように。僕はそんな彼らの気持ちに気づくこともなく、甘えていたんだ。
それから時々、ショーンとアルビーの話をするようになった。彼はやはり、いろんなことをアルビーに相談しているようだった。僕が思っていた以上に、ショーンは彼を信頼していた。尊敬していると言ってもいいくらいかもしれない。
アルビーは、院生になってからは大学のカウンセリングルームでボランティア勤務をしたりもしていたらしい。彼を一目見たいがためにカウンセリングルームに学生が押し掛けるようになって、不定期で、よほど人が足りなくて困った時だけだったそうだけど。でも、大天使のように綺麗で、どこか高貴ささえ漂わせる彼に悩みを聞いて貰えるなんて、それだけで癒されると、とんでもない評判が立っていたのだそうだ。
「聞き上手なんだよ。相手の気持ちを解すのが上手いんだ。だからつい、色々喋ってしまっているんだ」
ショーンはわざと嫌そうな顔をしてみせる。そんな自分が恥ずかしいと言わんばかりに。でも、内心はそうじゃないのは良く判る。ショーンはアルビーに憧れているんだ。御多分に漏れず。
僕は本当に、アルビーのことを何も知らない。
ふと立ち止まっていた。
一瞬、音が消えた。
通りを行き交う誰かと肩がぶつかった。「すみません」と声を上げる。
「どうした?」
ショーンが驚いて振り返る。
風が吹き抜ける。
高く、覆い被さるようにそびえ立つ、煉瓦造りの建物に挟まれた、ロンドンの大通りを。
風が……。
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