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Ⅳ 初夏の木漏れ日
149 キス
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「頭を冷やさないといけないのは、僕の方だね」
ふわりと力を抜いてアルビーは僕の上から、その躰をどけた。
「ごめん、コウ。どうか、僕を怖がらないで」
「大丈夫。僕はこんなことで揺るがないよ」
さっきまでは、こんなところ出て行ってやる、って思っていたのにね。
今は、こんな弱々しい彼を置きざりになんてできない、って心の底から思っている。僕はずいぶん自分勝手だ。本当、そう思う。
「アルビー、お茶を淹れるよ。気分が落ち着くやつを」
ベッドから足を下ろして立ち上がると、彼はそこに座ったまま僕の胸に顔を埋めて背中に腕を廻した。
「コウ、ごめん」
甘えるように頬を擦りつけてくる、そのうなじから後頭部に支えるように手を添えて、こめかみにキスをあげた。右と、左と。
「さぁ、お茶にしようか。スコーンを食べる? あ、もう食べたのだっけ?」
「まだ残ってたはずだよ」
「じゃあ、それを温めなおすよ」
「コウ、」
僕の背中に腕を絡めたまま、彼は面を上げて僕を見上げた。眉間に寄せられた綺麗な眉の下で、長い睫毛が瞬かれる。
「何?」
「僕は、きみから奪うだけの存在だった?」
床に膝を折って、彼を抱き締めた。
「たくさんのものを貰ってるよ。勇気を貰った。何よりも、誰かを、……きみを、愛する勇気を」
知らなければ、関わらなければ、見ているだけならば傷つくこともない。
アルビーの傍にいる時、僕は知らず知らず擦り減っていく。底なしに愛を求める彼に、消耗する。そんな自覚があった。怖かった。自分がどんどんなくなっていくようで。それでも、今、僕は彼を愛している自分を誇らしく思っている。こんなにも、大切に思える人に出会えたことに感謝している。
たとえそれが、運命の、計算され尽くした意図であったとしても。
「ごめん、アルビー。僕も言い過ぎた」
「気にしてない。いや、気にしてる。反省してる。きみの言うことに、僕は反論できないもの。きみに対して、僕は不誠実だった」
「そんなことないよ。きみはいつだって僕に優しかったよ」
アルビーの脇に腕を差し入れて、脱力したままの彼を立たせようと力を籠めた。だけど、彼は僕の腕力ではびくとも動かなくて。
僕の胸に頬をくっつけたまま、アルビーがクスクス笑っているような気がする。
「あ!」
アルビーが僕を抱えたままパタンと背後に倒れた。そのままゴロリと寝返って、また組み伏せられる。でも、さっきみたいに怖くはなかった。彼はとても繊細な、壊れやすいアンティークにでも触れるような、そんな手つきで僕に触れていたから。
「僕は、世界一幸せな男なのかな?」
アルビーが微笑んでくれている。それだけで、僕は満たされる。きっと、世界一は僕の方だ。
「きみに逢えた。それだけで僕の人生に意味が生まれた」
柔らかな、優しいキスをくれた。何だか覚えのあるような……。
「前にも、こんなキスをくれたね」
「うん。エイヴベリーで。きみが、僕と恋に落ちた、そう言ってくれた時だよ。あの時も、今みたいな幸せな気分だった。恋は一人ではできないもの」
アルビーが好きだ。やっぱり僕はアルビーが好きだ。
僕の方から彼の唇を捉まえにいった。首筋にしがみついて、夢中で甘えた。僕を待ち受けて、応えてくれるしっとりとした舌に安堵する。ずっと怖かった彼の貪欲さは、僕の中にも確かにあった。こんなにも、僕は彼が欲しい。僕だけのものにしたい。誰にも渡したくない。
でも、そんなふうに想うのはいけないことだ。僕が、しちゃいけないことなんだ。だから……。
僕が言い出す前に、アルビーは僕を抱えて起き上がった。
「お茶にしよう、コウ。僕の渇きは、まずはお茶で潤す方が良さそうだよ。そうしないと、また冷静に話をできなくなる」
もう一度ふわりと優しい抱擁で僕を包んで、アルビーはにっこり微笑んだ。そしてふと、壁に掛かる鏡に眼をやると、思い切り顔をしかめた。
「あーあ、酷い顔だ。こんなんじゃ、コウに嫌われる」
額に落ちる髪をかき揚げ、撫でつけている。
「きみはいつだって素敵だよ」
僕を魅了してやまないアルビー。僕の恐れていた、そして憐れんでいた彼は、彼のほんの一面でしかなかったんだ。確証なんてなかったけれど、その時何故だか、僕はそう感じていた。
ふわりと力を抜いてアルビーは僕の上から、その躰をどけた。
「ごめん、コウ。どうか、僕を怖がらないで」
「大丈夫。僕はこんなことで揺るがないよ」
さっきまでは、こんなところ出て行ってやる、って思っていたのにね。
今は、こんな弱々しい彼を置きざりになんてできない、って心の底から思っている。僕はずいぶん自分勝手だ。本当、そう思う。
「アルビー、お茶を淹れるよ。気分が落ち着くやつを」
ベッドから足を下ろして立ち上がると、彼はそこに座ったまま僕の胸に顔を埋めて背中に腕を廻した。
「コウ、ごめん」
甘えるように頬を擦りつけてくる、そのうなじから後頭部に支えるように手を添えて、こめかみにキスをあげた。右と、左と。
「さぁ、お茶にしようか。スコーンを食べる? あ、もう食べたのだっけ?」
「まだ残ってたはずだよ」
「じゃあ、それを温めなおすよ」
「コウ、」
僕の背中に腕を絡めたまま、彼は面を上げて僕を見上げた。眉間に寄せられた綺麗な眉の下で、長い睫毛が瞬かれる。
「何?」
「僕は、きみから奪うだけの存在だった?」
床に膝を折って、彼を抱き締めた。
「たくさんのものを貰ってるよ。勇気を貰った。何よりも、誰かを、……きみを、愛する勇気を」
知らなければ、関わらなければ、見ているだけならば傷つくこともない。
アルビーの傍にいる時、僕は知らず知らず擦り減っていく。底なしに愛を求める彼に、消耗する。そんな自覚があった。怖かった。自分がどんどんなくなっていくようで。それでも、今、僕は彼を愛している自分を誇らしく思っている。こんなにも、大切に思える人に出会えたことに感謝している。
たとえそれが、運命の、計算され尽くした意図であったとしても。
「ごめん、アルビー。僕も言い過ぎた」
「気にしてない。いや、気にしてる。反省してる。きみの言うことに、僕は反論できないもの。きみに対して、僕は不誠実だった」
「そんなことないよ。きみはいつだって僕に優しかったよ」
アルビーの脇に腕を差し入れて、脱力したままの彼を立たせようと力を籠めた。だけど、彼は僕の腕力ではびくとも動かなくて。
僕の胸に頬をくっつけたまま、アルビーがクスクス笑っているような気がする。
「あ!」
アルビーが僕を抱えたままパタンと背後に倒れた。そのままゴロリと寝返って、また組み伏せられる。でも、さっきみたいに怖くはなかった。彼はとても繊細な、壊れやすいアンティークにでも触れるような、そんな手つきで僕に触れていたから。
「僕は、世界一幸せな男なのかな?」
アルビーが微笑んでくれている。それだけで、僕は満たされる。きっと、世界一は僕の方だ。
「きみに逢えた。それだけで僕の人生に意味が生まれた」
柔らかな、優しいキスをくれた。何だか覚えのあるような……。
「前にも、こんなキスをくれたね」
「うん。エイヴベリーで。きみが、僕と恋に落ちた、そう言ってくれた時だよ。あの時も、今みたいな幸せな気分だった。恋は一人ではできないもの」
アルビーが好きだ。やっぱり僕はアルビーが好きだ。
僕の方から彼の唇を捉まえにいった。首筋にしがみついて、夢中で甘えた。僕を待ち受けて、応えてくれるしっとりとした舌に安堵する。ずっと怖かった彼の貪欲さは、僕の中にも確かにあった。こんなにも、僕は彼が欲しい。僕だけのものにしたい。誰にも渡したくない。
でも、そんなふうに想うのはいけないことだ。僕が、しちゃいけないことなんだ。だから……。
僕が言い出す前に、アルビーは僕を抱えて起き上がった。
「お茶にしよう、コウ。僕の渇きは、まずはお茶で潤す方が良さそうだよ。そうしないと、また冷静に話をできなくなる」
もう一度ふわりと優しい抱擁で僕を包んで、アルビーはにっこり微笑んだ。そしてふと、壁に掛かる鏡に眼をやると、思い切り顔をしかめた。
「あーあ、酷い顔だ。こんなんじゃ、コウに嫌われる」
額に落ちる髪をかき揚げ、撫でつけている。
「きみはいつだって素敵だよ」
僕を魅了してやまないアルビー。僕の恐れていた、そして憐れんでいた彼は、彼のほんの一面でしかなかったんだ。確証なんてなかったけれど、その時何故だか、僕はそう感じていた。
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