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Ⅳ 初夏の木漏れ日
148 想い
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「コウ、すまなかった。僕の言い方が悪かった。頼むから聴いて。最後まで話を聴いて欲しい。大切なことなんだ。逃げないで、コウ」
部屋に鍵を掛けたって無駄だった。アルビーはここの鍵を持っている。僕が泣き止むまでの僅かな時間をくれただけ。我が物顔で踏み込んで来るのはマリーと同じだ。
ベッドに潜り込んで薄い上掛け一枚で自分を守っているなんて、惨めったらしいことこの上ない。アルビーは全くお構いなしでベッドに腰掛けて、布団の上から僕の頭をまさぐっている。まるでペットにするみたいに。僕は彼の飼っていた犬じゃないのに。
「コウ、聴いて。こんな事を言われるのは嫌だとは思うけれど。僕は、きみのことが本当に心配なんだよ」
そりゃ、頭のおかしい奴と一つ屋根の下に暮らしてると思えば、心配にもなるだろうさ!
「きみがどれほどの辛い想いを抱えているのか、僕が幾ら訊ねてもきみは教えてくれない。きみの心を僕には見せてくれない。僕はそれがとても淋しい。でもいいんだ。きみが言いたくないのなら。だけどね、コウ、」
ふわり、とアルビーは上掛けの上から僕を抱き締めた。その温もりに安堵しながらも、僕はますます身を固くして歯を食い縛る。
「きみの神経症的な発作は、どんどん酷くなってきているだろう? どうしても話せないことなら構わないんだ。でも、薬で症状は抑えられる。今よりは楽になるんだよ。頼むから、そんなに頑なにならないで。僕を信じて」
神経症的な発作? 辛いって思うことが? 悲しいって思うことが?
それが病的な発作だって言うのか!
「……言われたくない」
「コウ、何、何て言った?」
すっと僕を包んでいた圧力が消えた。
「きみに言われたくない!」
僕は上掛けを握り締め、ベッドの上に半身を起こした。そして、怒りで震えるままにアルビーに向かって怒鳴り散らしていた。
「僕の部屋から出て行って、アルビー。きみの言うことなんて聞きたくないし、顔も見たくない。きみが出て行かないなら、僕が出て行く」
もう、こんなところにいるのは嫌だ。本当に嫌だ。頭がおかしいって憐れまれるくらいなら、暗い、喋らない奴には構ってこない、冷淡な連中ばかりの寮に戻った方がマシだ。
「僕から逃げないで、コウ、愛してるんだ」
「嘘つき。アルビーの言うことは嘘ばかりじゃないか。ペットを可愛がるように愛されても、僕は嬉しくも何ともない。出て行けよ!」
「コウ、興奮しないで。冷静になって。頼むから」
差し伸べられたアルビーの腕を振り払った。なおも彼は僕を抱き締めようとする。腹が立って仕方がなかった。腕力でも、体格差でも敵う訳がない。圧し掛かってくるアルビーを押し退けることさえできないなんて。脇腹に直接感じる彼の感触に、鳥肌が立った。
「僕は合意していない。これはレイプだからね」
僕の首筋に顔を埋める彼の耳に、はっきりと告げた。彼は僕を押さえつけたまま、その動作を止めた。僅かに上体を持ち上げ、僕の髪を掻き上げ覗き込む。
「僕を訴える?」
アルビーが、怒ってる。本気で。
「構わないよ、それでも」
カチャカチャとベルトを外す音に、戦慄が走る。
「嫌だ、やめて、アルビー」
「愛してるんだ。どうして分かってくれない?」
「違う。きみは僕を支配したいだけだよ」
また涙が溢れてきた。いい男がこんなふうにボロボロ泣いたりするから、神経症だって言われるんだ。でも止まらない。抑えられない。
「きみが愛しているのは僕じゃない。きみは僕を誰の代わりにしてるの? マリー、それともスティーブ?」
「意味が解らない。きみの方こそ、そうやって、僕を愛さない言い訳に彼らを使っているんじゃないか。どうしてなんだ? どうして、きみの心は僕で埋まらないの? どうして、きみも僕を愛してくれないの?」
切羽詰まったアルビーの上擦った声は、チリチリと僕を焼く焔のようだ。火蜥蜴、きみの焔と似ている。舐めるように這うように僕の心を取り込んでいく。
「痛いよ、アルビー。力を緩めて」
押さえつけられている手首も、体重を掛けられて潰されそうな身体も悲鳴を上げている。それでも僕は、息苦しさで震える息を細く、長く吐ききって、言葉を継いだ。
「僕を食べ尽くしてもいいよ、アルビー。それできみの乾きが僅かにでも満たされるなら。それくらいには、僕はきみを愛している」
「赤毛の彼よりも?」
「また? どうしてそう気にするのかなぁ?」
思わず喉を震わせて笑ってしまった。
「きみは貪欲に広がり続ける闇のようだった。そんなきみに食べ尽くされて、僕は空っぽになるのだと思った。でも、見つけたんだ。きみを愛しているよ、アルビー。その想いが、僕に残り続けていた。きみに全部あげるよ。この想いだけは尽きることがないから」
可哀想なアルビー。
きみは僕の中に、きみ自身を求めてるんだよ。
だから僕はきみを抱き締める。僕にはどうしてあげることもできない、空っぽのきみを抱き締める。せめて、温もりだけでも感じて欲しいから。
愛してるよ、アルビー。
たとえこの想いが、きみの中の底なしの闇に吸い取られるだけのものであっても。
僕はもう、恐れない。
部屋に鍵を掛けたって無駄だった。アルビーはここの鍵を持っている。僕が泣き止むまでの僅かな時間をくれただけ。我が物顔で踏み込んで来るのはマリーと同じだ。
ベッドに潜り込んで薄い上掛け一枚で自分を守っているなんて、惨めったらしいことこの上ない。アルビーは全くお構いなしでベッドに腰掛けて、布団の上から僕の頭をまさぐっている。まるでペットにするみたいに。僕は彼の飼っていた犬じゃないのに。
「コウ、聴いて。こんな事を言われるのは嫌だとは思うけれど。僕は、きみのことが本当に心配なんだよ」
そりゃ、頭のおかしい奴と一つ屋根の下に暮らしてると思えば、心配にもなるだろうさ!
「きみがどれほどの辛い想いを抱えているのか、僕が幾ら訊ねてもきみは教えてくれない。きみの心を僕には見せてくれない。僕はそれがとても淋しい。でもいいんだ。きみが言いたくないのなら。だけどね、コウ、」
ふわり、とアルビーは上掛けの上から僕を抱き締めた。その温もりに安堵しながらも、僕はますます身を固くして歯を食い縛る。
「きみの神経症的な発作は、どんどん酷くなってきているだろう? どうしても話せないことなら構わないんだ。でも、薬で症状は抑えられる。今よりは楽になるんだよ。頼むから、そんなに頑なにならないで。僕を信じて」
神経症的な発作? 辛いって思うことが? 悲しいって思うことが?
それが病的な発作だって言うのか!
「……言われたくない」
「コウ、何、何て言った?」
すっと僕を包んでいた圧力が消えた。
「きみに言われたくない!」
僕は上掛けを握り締め、ベッドの上に半身を起こした。そして、怒りで震えるままにアルビーに向かって怒鳴り散らしていた。
「僕の部屋から出て行って、アルビー。きみの言うことなんて聞きたくないし、顔も見たくない。きみが出て行かないなら、僕が出て行く」
もう、こんなところにいるのは嫌だ。本当に嫌だ。頭がおかしいって憐れまれるくらいなら、暗い、喋らない奴には構ってこない、冷淡な連中ばかりの寮に戻った方がマシだ。
「僕から逃げないで、コウ、愛してるんだ」
「嘘つき。アルビーの言うことは嘘ばかりじゃないか。ペットを可愛がるように愛されても、僕は嬉しくも何ともない。出て行けよ!」
「コウ、興奮しないで。冷静になって。頼むから」
差し伸べられたアルビーの腕を振り払った。なおも彼は僕を抱き締めようとする。腹が立って仕方がなかった。腕力でも、体格差でも敵う訳がない。圧し掛かってくるアルビーを押し退けることさえできないなんて。脇腹に直接感じる彼の感触に、鳥肌が立った。
「僕は合意していない。これはレイプだからね」
僕の首筋に顔を埋める彼の耳に、はっきりと告げた。彼は僕を押さえつけたまま、その動作を止めた。僅かに上体を持ち上げ、僕の髪を掻き上げ覗き込む。
「僕を訴える?」
アルビーが、怒ってる。本気で。
「構わないよ、それでも」
カチャカチャとベルトを外す音に、戦慄が走る。
「嫌だ、やめて、アルビー」
「愛してるんだ。どうして分かってくれない?」
「違う。きみは僕を支配したいだけだよ」
また涙が溢れてきた。いい男がこんなふうにボロボロ泣いたりするから、神経症だって言われるんだ。でも止まらない。抑えられない。
「きみが愛しているのは僕じゃない。きみは僕を誰の代わりにしてるの? マリー、それともスティーブ?」
「意味が解らない。きみの方こそ、そうやって、僕を愛さない言い訳に彼らを使っているんじゃないか。どうしてなんだ? どうして、きみの心は僕で埋まらないの? どうして、きみも僕を愛してくれないの?」
切羽詰まったアルビーの上擦った声は、チリチリと僕を焼く焔のようだ。火蜥蜴、きみの焔と似ている。舐めるように這うように僕の心を取り込んでいく。
「痛いよ、アルビー。力を緩めて」
押さえつけられている手首も、体重を掛けられて潰されそうな身体も悲鳴を上げている。それでも僕は、息苦しさで震える息を細く、長く吐ききって、言葉を継いだ。
「僕を食べ尽くしてもいいよ、アルビー。それできみの乾きが僅かにでも満たされるなら。それくらいには、僕はきみを愛している」
「赤毛の彼よりも?」
「また? どうしてそう気にするのかなぁ?」
思わず喉を震わせて笑ってしまった。
「きみは貪欲に広がり続ける闇のようだった。そんなきみに食べ尽くされて、僕は空っぽになるのだと思った。でも、見つけたんだ。きみを愛しているよ、アルビー。その想いが、僕に残り続けていた。きみに全部あげるよ。この想いだけは尽きることがないから」
可哀想なアルビー。
きみは僕の中に、きみ自身を求めてるんだよ。
だから僕はきみを抱き締める。僕にはどうしてあげることもできない、空っぽのきみを抱き締める。せめて、温もりだけでも感じて欲しいから。
愛してるよ、アルビー。
たとえこの想いが、きみの中の底なしの闇に吸い取られるだけのものであっても。
僕はもう、恐れない。
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