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Ⅳ 初夏の木漏れ日
147 写真2
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アルビーが僕の髪の毛を優しく梳いてくれている。彼の膝に頭をのせ、僕はキャビネットの人形をぼんやりと見つめていた。
吐き気はもう収まっている。でも、余りの顔色の悪さに、アルビーが横になるようにと彼の膝を貸してくれた。
彼はもう何も訊かなかった。きっと、僕の友だちのことを訊きたくて堪らないはずなのに。火の精霊によく似た彼と同じように、水の精霊によく似たコリーヌのことも。尤も、その事実を知ったのは、僕だって今この場でのことだから何も応えようはないけれど。
長く伸びて接合し合う樹状突起がシナプスを形成し、巨大な情報ネットワークを編み上げていくように、個々バラバラだった偶然は、いつの間にか絡まり合い連結し合って、必然的な未来を紡ぎあげる。どこにも綻びのない網となって僕を包み込み、逃がさぬように出口を閉じる。
息が詰まる。僕はもう、何もかもぶちまけてしまいたい衝動に駆られる。もしもそれが、許されるのなら。
「アルビー、」
「ん?」
「きみは何を知りたいの? 儀式の詳細? それとも、赤毛の人形を燃やした理由?」
「一作目の四大精霊の人形を燃やしたのは、アーノルド・アイスバーグだよ。僕はその儀式の詳細は知っている。だから、敢えて知りたいって訳じゃないよ」
「じゃあ、僕から何を引き出したいの?」
「何も。ただ、きみのことが心配なだけ。それに、」
言い淀み、彼は髪を梳く手を止めて、そのまま滑らすようにして僕の頬を優しく擦る。
「それに、何?」
「きみは、似ているんだ。アーノルドに」
アルビーのお父さんに?
訝し気にアルビーの瞳を覗き込んだ僕の目に、彼の辛そうな、いや、怒りを含んだ深い陰影が容赦なく映る。
「似ているって、どういうこと?」
「……もう、傍にはいない人を想い続けている」
彼のこと?
「同じ運命を生きているんだ」
「あの人も似たようなことを言っていたよ。彼女は自分の半身だって」
僕は彼の膝から身を起こした。まだクラクラする。眩暈は収まっていない。ソファーの背もたれに腕を掛け、そこに頭をもたれさせてアルビーと向き合った。
「きみの言いたいことが解らない」
僕は彼のことを自分の一部のように思ったことなんてない。彼は僕の大切な友人だけど、それだけだ。それなのに、何故?
「初め、僕はきみの友人の実在を疑っていたんだ。きみの会話に常に登場するきみの友人。だけど誰も彼を知らない。きみの元いた寮に知り合いがいるから確かめてもみた。きみは独り言が多くて、誰とも友だち付き合いをしない。いつも一人でぼーっとしている、そんな見解ばかりが耳に入った」
「僕のこと、調べてたの?」
「一緒に暮らす訳だしね」
アルビーはここで一旦言葉を切った。このまま続けるかどうか、迷っている。僕は彼の腕をぎゅっと握って、続きを促した。
「総合失調症を疑った。きみの友人はきみの孤独が作り上げた妄想で、きみはいもしない友人を見、その声を聞いているのだろうと」
余りのショックに、何も言葉なんて出て来なかった。アルビーは僕を精神疾患だと思っていたなんて……。
「僕はきみを観察し、内緒でいろんなアプローチをすることで、きみに変化が起こるんじゃないかと思ったんだ」
僕は自分の腕で自分の頭を抱え込んで、顔を伏せた。とめどなく溢れてくる涙を、アルビーに見られたくなかった。
「でも、僕の解釈は間違っていた。きみは予想よりもずっとしっかりしていて、僕が妄想だと決めつけていた赤毛の友人は実在していた。僕はまるで見当違いをしていたわけだよ」
アルビーの指先が、僕の髪を撫でている。
「それに、あの人よりもずっと、コウは強い。他人を思い遣れるほどに」
「…………」
「コウ、」
「触るな……! 僕に触るな!」
アルビーの手を跳ねのけた。ぐちゃぐちゃの顔のまま、彼を睨めつけた。彼を罵ろうと唇はわななくのに、声は出なかった。
全てが熔解していく。
気がつくと居間を出ていた。アルビーが何か言っていた気がする。でも耳になんて入らなかった。
もう嫌だ。こんなところにいたくない。火蜥蜴、きみの許へ行きたい。
吐き気はもう収まっている。でも、余りの顔色の悪さに、アルビーが横になるようにと彼の膝を貸してくれた。
彼はもう何も訊かなかった。きっと、僕の友だちのことを訊きたくて堪らないはずなのに。火の精霊によく似た彼と同じように、水の精霊によく似たコリーヌのことも。尤も、その事実を知ったのは、僕だって今この場でのことだから何も応えようはないけれど。
長く伸びて接合し合う樹状突起がシナプスを形成し、巨大な情報ネットワークを編み上げていくように、個々バラバラだった偶然は、いつの間にか絡まり合い連結し合って、必然的な未来を紡ぎあげる。どこにも綻びのない網となって僕を包み込み、逃がさぬように出口を閉じる。
息が詰まる。僕はもう、何もかもぶちまけてしまいたい衝動に駆られる。もしもそれが、許されるのなら。
「アルビー、」
「ん?」
「きみは何を知りたいの? 儀式の詳細? それとも、赤毛の人形を燃やした理由?」
「一作目の四大精霊の人形を燃やしたのは、アーノルド・アイスバーグだよ。僕はその儀式の詳細は知っている。だから、敢えて知りたいって訳じゃないよ」
「じゃあ、僕から何を引き出したいの?」
「何も。ただ、きみのことが心配なだけ。それに、」
言い淀み、彼は髪を梳く手を止めて、そのまま滑らすようにして僕の頬を優しく擦る。
「それに、何?」
「きみは、似ているんだ。アーノルドに」
アルビーのお父さんに?
訝し気にアルビーの瞳を覗き込んだ僕の目に、彼の辛そうな、いや、怒りを含んだ深い陰影が容赦なく映る。
「似ているって、どういうこと?」
「……もう、傍にはいない人を想い続けている」
彼のこと?
「同じ運命を生きているんだ」
「あの人も似たようなことを言っていたよ。彼女は自分の半身だって」
僕は彼の膝から身を起こした。まだクラクラする。眩暈は収まっていない。ソファーの背もたれに腕を掛け、そこに頭をもたれさせてアルビーと向き合った。
「きみの言いたいことが解らない」
僕は彼のことを自分の一部のように思ったことなんてない。彼は僕の大切な友人だけど、それだけだ。それなのに、何故?
「初め、僕はきみの友人の実在を疑っていたんだ。きみの会話に常に登場するきみの友人。だけど誰も彼を知らない。きみの元いた寮に知り合いがいるから確かめてもみた。きみは独り言が多くて、誰とも友だち付き合いをしない。いつも一人でぼーっとしている、そんな見解ばかりが耳に入った」
「僕のこと、調べてたの?」
「一緒に暮らす訳だしね」
アルビーはここで一旦言葉を切った。このまま続けるかどうか、迷っている。僕は彼の腕をぎゅっと握って、続きを促した。
「総合失調症を疑った。きみの友人はきみの孤独が作り上げた妄想で、きみはいもしない友人を見、その声を聞いているのだろうと」
余りのショックに、何も言葉なんて出て来なかった。アルビーは僕を精神疾患だと思っていたなんて……。
「僕はきみを観察し、内緒でいろんなアプローチをすることで、きみに変化が起こるんじゃないかと思ったんだ」
僕は自分の腕で自分の頭を抱え込んで、顔を伏せた。とめどなく溢れてくる涙を、アルビーに見られたくなかった。
「でも、僕の解釈は間違っていた。きみは予想よりもずっとしっかりしていて、僕が妄想だと決めつけていた赤毛の友人は実在していた。僕はまるで見当違いをしていたわけだよ」
アルビーの指先が、僕の髪を撫でている。
「それに、あの人よりもずっと、コウは強い。他人を思い遣れるほどに」
「…………」
「コウ、」
「触るな……! 僕に触るな!」
アルビーの手を跳ねのけた。ぐちゃぐちゃの顔のまま、彼を睨めつけた。彼を罵ろうと唇はわななくのに、声は出なかった。
全てが熔解していく。
気がつくと居間を出ていた。アルビーが何か言っていた気がする。でも耳になんて入らなかった。
もう嫌だ。こんなところにいたくない。火蜥蜴、きみの許へ行きたい。
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