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Ⅳ 初夏の木漏れ日
140 見解
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さっきまで考えていたことをどう彼に説明すればいいのか判らなくて、代わりに昼間の二人の喧嘩の経緯をアルビーに話した。「マリーとショーンのことで、」と切り出しただけで、彼は幾分ほっとしたように表情を緩め、サンドイッチに手を伸ばして食べ始めた。だから僕も、時々掻い摘んで話しながらも、まずは食べる方に専念した。
「それは仕方がないね。話を聴く限りでは、その二人、合わないんじゃないのかな。考え方が違い過ぎて」
大筋の話を聴き終えると、アルビーは至極真面目にそう言った。僕はサンドイッチの最後の一口を頬に頬張っていたので返事ができなくて、こくりと大きく頷いた。アルビーは口許を緩ませ、伸びすぎている前髪を掻き上げるようにして、僕の頭を撫でた。
「良かった。コウ自身の問題じゃなくて」
「でも、」
僕はこのことで結構悩んだんだよ。と、口をもごもごさせる。
「でも、マリーの言うことも尤もだと思う。ショーンって、精神的なゲイだなって、僕も思うもの」
「え! なんで? ちょっとだらしないかな、って思うくらい彼は女の子が好きだし、男相手にそんな素振り見せたことなんかないよ!」
「そう。コウにはそう見えるんだ。ちょっと安心したな。本当にきみは……」
と、アルビーは目を細めてクスクス笑いながら、僕の頭を掻き抱いた。
「自覚がないって言うのも困りものだね。コウが、あのショーンと旅行に行くなんて言い出した時には、嫉妬で気が狂いそうだったよ」
「でも、ショーンは、」
「釘を刺しておいた。彼が変な気を起こさないように」
「誤解だよ、アルビー」
「そうだね。彼は精神的にはそうであって、肉体的には絶対にそんな自分を認めない。そういうタイプだものね。だから、きみの言い分も正しい」
アルビーは僕を胸に押し付けるように抱き締めたまま、囁くように話し続ける。
「コウは、彼の家族の話を彼から聞いた?」
「行方不明だっていう、妹さんのこと?」
「そう。彼の不幸な妹のこと。彼はね、自分でも自覚できないまま、女性という性を憎んでいるんだと、僕は考えているんだ」
「え?」
「まだ十やそこらの年端もいかない子どもだった彼に、言葉も満足に喋れないような幼い妹の面倒をみさせて、彼の母親はその間くだらない占いに興じていたんだ。
見知らぬ土地でほったらかされて、ほんのわずかの間見失ったがために、永遠に愛する妹を失ってしまった彼の気持ちを想像してごらん。
泣きたいのは彼自身なのに、彼の母親は、自分の落ち度を棚に上げて半狂乱で泣きわめいている。彼はひたすら自分を責め、謝り尽くすより仕方がない。心の奥底では、本当の責任は誰にあったのか解っているのに」
旅先のグラストンベリーで聴いたショーンの打ち明け話よりも、もっと詳細にアルビーはその事を知っていた。
そして、彼の母親への潜在的な憎悪が、女性の精神性に価値を置くことができない、今の彼の、歪んだ関係性に現れているのだと、そう解釈している、と。
ショーンは女性を憎んでいる……、なんて僕は思わないけれど。旅行中ずっと一緒だったコリーヌへの態度だって、そんな女性蔑視を思わせるようなものはなかったし、彼は僕よりもずっと沢山彼女と話していた。そりゃ、彼女の恋人のミシェルの目を盗んで二人が関係していたと知った時は、ぎょっとしたけれど。
アルビーの言う事には、女性を単なる性の対象としてしか見ない、人として信頼しないことが、本来の怒りが向けられるべきであった母親への復讐、その代償行動なのではないか、ということだった。
アルビーの説明は尤もだと思う反面、ショーンはそんな歪んだ奴じゃない、と否定する声が内面から沸き起こる。
「あの優しいショーンが、復讐なんて哀しい想いに囚われて人間関係が上手くいかないなんて思えないよ。彼はいつだってソツがなくて、ムードメーカーで、明るくて、男気のある人気者なんだよ?」
「表からは見えない面もあるんだよ」
「解らないよ……」
「うん。解らなくていいんだよ。彼が内側に何を抱えていようと、きみが彼に友情を抱くことに何ら支障はないのだから。だけどね、」
アルビーは少し躰を離して、僕の顎を指先で持ち上げた。
「彼に同情してる?」
僕は頭を横に振った。
「瞳が悲しそうだよ」
右と、左と、順番に、アルビーは僕の瞼にキスを落とす。
「僕を見て、コウ」
温かな手のひらに両頬を挟まれ、掠るように唇を啄まれた。
「僕だけを見て」
深い、果てのない森のような瞳。澄んだ迷宮。その中に自ら迷い込んで行く。何もかも忘れて。
「コウ、僕だけを見て」
焦らすような軽い啄みに我慢できなくて、彼の首筋に腕を廻して齧りついた。
「きみしか見れないよ」
この想いは友情じゃない。僕はもう、そのことを知っている。
「それは仕方がないね。話を聴く限りでは、その二人、合わないんじゃないのかな。考え方が違い過ぎて」
大筋の話を聴き終えると、アルビーは至極真面目にそう言った。僕はサンドイッチの最後の一口を頬に頬張っていたので返事ができなくて、こくりと大きく頷いた。アルビーは口許を緩ませ、伸びすぎている前髪を掻き上げるようにして、僕の頭を撫でた。
「良かった。コウ自身の問題じゃなくて」
「でも、」
僕はこのことで結構悩んだんだよ。と、口をもごもごさせる。
「でも、マリーの言うことも尤もだと思う。ショーンって、精神的なゲイだなって、僕も思うもの」
「え! なんで? ちょっとだらしないかな、って思うくらい彼は女の子が好きだし、男相手にそんな素振り見せたことなんかないよ!」
「そう。コウにはそう見えるんだ。ちょっと安心したな。本当にきみは……」
と、アルビーは目を細めてクスクス笑いながら、僕の頭を掻き抱いた。
「自覚がないって言うのも困りものだね。コウが、あのショーンと旅行に行くなんて言い出した時には、嫉妬で気が狂いそうだったよ」
「でも、ショーンは、」
「釘を刺しておいた。彼が変な気を起こさないように」
「誤解だよ、アルビー」
「そうだね。彼は精神的にはそうであって、肉体的には絶対にそんな自分を認めない。そういうタイプだものね。だから、きみの言い分も正しい」
アルビーは僕を胸に押し付けるように抱き締めたまま、囁くように話し続ける。
「コウは、彼の家族の話を彼から聞いた?」
「行方不明だっていう、妹さんのこと?」
「そう。彼の不幸な妹のこと。彼はね、自分でも自覚できないまま、女性という性を憎んでいるんだと、僕は考えているんだ」
「え?」
「まだ十やそこらの年端もいかない子どもだった彼に、言葉も満足に喋れないような幼い妹の面倒をみさせて、彼の母親はその間くだらない占いに興じていたんだ。
見知らぬ土地でほったらかされて、ほんのわずかの間見失ったがために、永遠に愛する妹を失ってしまった彼の気持ちを想像してごらん。
泣きたいのは彼自身なのに、彼の母親は、自分の落ち度を棚に上げて半狂乱で泣きわめいている。彼はひたすら自分を責め、謝り尽くすより仕方がない。心の奥底では、本当の責任は誰にあったのか解っているのに」
旅先のグラストンベリーで聴いたショーンの打ち明け話よりも、もっと詳細にアルビーはその事を知っていた。
そして、彼の母親への潜在的な憎悪が、女性の精神性に価値を置くことができない、今の彼の、歪んだ関係性に現れているのだと、そう解釈している、と。
ショーンは女性を憎んでいる……、なんて僕は思わないけれど。旅行中ずっと一緒だったコリーヌへの態度だって、そんな女性蔑視を思わせるようなものはなかったし、彼は僕よりもずっと沢山彼女と話していた。そりゃ、彼女の恋人のミシェルの目を盗んで二人が関係していたと知った時は、ぎょっとしたけれど。
アルビーの言う事には、女性を単なる性の対象としてしか見ない、人として信頼しないことが、本来の怒りが向けられるべきであった母親への復讐、その代償行動なのではないか、ということだった。
アルビーの説明は尤もだと思う反面、ショーンはそんな歪んだ奴じゃない、と否定する声が内面から沸き起こる。
「あの優しいショーンが、復讐なんて哀しい想いに囚われて人間関係が上手くいかないなんて思えないよ。彼はいつだってソツがなくて、ムードメーカーで、明るくて、男気のある人気者なんだよ?」
「表からは見えない面もあるんだよ」
「解らないよ……」
「うん。解らなくていいんだよ。彼が内側に何を抱えていようと、きみが彼に友情を抱くことに何ら支障はないのだから。だけどね、」
アルビーは少し躰を離して、僕の顎を指先で持ち上げた。
「彼に同情してる?」
僕は頭を横に振った。
「瞳が悲しそうだよ」
右と、左と、順番に、アルビーは僕の瞼にキスを落とす。
「僕を見て、コウ」
温かな手のひらに両頬を挟まれ、掠るように唇を啄まれた。
「僕だけを見て」
深い、果てのない森のような瞳。澄んだ迷宮。その中に自ら迷い込んで行く。何もかも忘れて。
「コウ、僕だけを見て」
焦らすような軽い啄みに我慢できなくて、彼の首筋に腕を廻して齧りついた。
「きみしか見れないよ」
この想いは友情じゃない。僕はもう、そのことを知っている。
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