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Ⅳ 初夏の木漏れ日
137 諍い2
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マリーは僕を睨めつけて、それから膨れっ面のまま、カップケーキをフォークで切り分け口に運んだ。
見た目よりも柔らかい、ケーキの小山が崩されていく。きれいに食べ終わってから、温くなったカフェラテのカップに指をかける。
黙ってたらマリーだって、可愛いって思えるのに。ちょっと怖いし、面倒だな、って思う時もあるけれど、僕は彼女のこの勝気さが嫌いじゃない。
十日間の旅を一緒に過ごしたコリーヌの、一見物柔らかに見えて、理詰めに相手を責め立てていくやり方に比べたら、感情的なマリーの方がずっと可愛げがあると思ってしまう。
なんとなく彼女を見つめていた僕にちらりと視線を向け、マリーはわざと怒っているように唇をすぼめた。反省しているんだな。言い過ぎたって。
「私の友だちなのよ。アレとつきあってる子、って」
唐突に彼女は吐き捨てるように呟いて、ショーンの立ち去った出口の方へ顎をしゃくった。
「その子、ずっとアルに憧れてて。でも今はあの馬鹿男に夢中」
「アルビーとショーンじゃ、随分タイプが違うと思うけど……」
「当たり前じゃない。馬鹿なのよ。本当に、どこがいいのって思うわ。あんな下半身だけの男!」
えっと、ショーンのことだよね? アルビーのことを、マリーが悪く言うはずがないし。でも、僕の中のショーン像と、彼女の言う「馬鹿男」のイメージが一致しない。それに、ショーンを好きだと馬鹿だと言われるのも納得できない。
「どうしてかな? ショーンは優しいし、頼りがいのあるいい奴だよ。確かにおたくっていうか、研究者気質っていうか、そんなところはあるし専門の話をしだしたら止まらないお喋りな面もあるけど、それは欠点というよりも彼の愛すべき点で……」
「会話なんてないんですって。お互いヤリたい時に逢って、ヤルだけ。ミラがさすがにそれだけじゃ嫌だって別れたのに、あの子、やっぱりあの馬鹿男が好きだって泣くのよ」
「えっと、僕は、彼女が旅行について来たいって言って、ショーンは遺跡巡りなんて特殊な趣味に嵌った旅行だし、僕もいるから断って、話がこじれて別れたって聞いてるけど」
「あの子は、あの男にもっと近づきたいから一緒に行きたいって言ったの。でもあいつには、あの子のことよりもあんたの方が大事なのよ」
「え、僕?」
いきなり話の矛先を向けられて、狐につままれた気分だった。
「あんたとの楽しい旅行を邪魔されるのが嫌だったのよ」
「それは誤解だよ。だって、僕らは結局、現地で知り合ったバックパッカーのカップルと四人で遺跡を廻ったんだよ。それにアルビーを呼んだのもショーンだよ?」
アルビーに関しては、どちらが先とも言い辛いけれど。でもショーンは、決して彼女のこと、僕との旅の邪魔だ、なんて思っていた訳じゃない。専門的な話ばかりになるこの旅が、部外者の彼女にとって、つまらないものになるに違いないと推察して気遣った面だってあったと思うんだ。
そんなふうに伝えると、マリーはわざとらしく、呆れたようにため息をついた。
「あんたにかかると誰でも善人ね」
冷めてしまったカフェラテで喉を湿らせ、マリーは苦々し気に喋り続ける。
「あいつが言うにはね、男と女の間に会話は必要ないんですって。中身のある会話も、悩みごとの相談も、自己のアイデンティティーに関わる問題は全て男同士で解決するから、女とは楽しむだけでいいって」
何、それ?
一瞬呆気にとられ、それから慌てて頭を振った。
「そんなことないよ。ショーンは普通にコリーヌと議論を交わしていたし、そんな相手の人格を無視するような態度を取ったりしなかったよ。さっきだって、その、ミラだっけ? 彼女と仲直りできて嬉しいって、」
「都合のいい女だもの、あの子」
マリーは、何を言っても聞く耳持たないって感じだ。
僕はどう言えば彼女が解ってくれるのか、と視線を虚空に漂わせながら、アルビーは……、アルビーと僕は「中身のある会話」なんてしてるっけ? と、頭の片隅でぼんやりと考え始めていた。
見た目よりも柔らかい、ケーキの小山が崩されていく。きれいに食べ終わってから、温くなったカフェラテのカップに指をかける。
黙ってたらマリーだって、可愛いって思えるのに。ちょっと怖いし、面倒だな、って思う時もあるけれど、僕は彼女のこの勝気さが嫌いじゃない。
十日間の旅を一緒に過ごしたコリーヌの、一見物柔らかに見えて、理詰めに相手を責め立てていくやり方に比べたら、感情的なマリーの方がずっと可愛げがあると思ってしまう。
なんとなく彼女を見つめていた僕にちらりと視線を向け、マリーはわざと怒っているように唇をすぼめた。反省しているんだな。言い過ぎたって。
「私の友だちなのよ。アレとつきあってる子、って」
唐突に彼女は吐き捨てるように呟いて、ショーンの立ち去った出口の方へ顎をしゃくった。
「その子、ずっとアルに憧れてて。でも今はあの馬鹿男に夢中」
「アルビーとショーンじゃ、随分タイプが違うと思うけど……」
「当たり前じゃない。馬鹿なのよ。本当に、どこがいいのって思うわ。あんな下半身だけの男!」
えっと、ショーンのことだよね? アルビーのことを、マリーが悪く言うはずがないし。でも、僕の中のショーン像と、彼女の言う「馬鹿男」のイメージが一致しない。それに、ショーンを好きだと馬鹿だと言われるのも納得できない。
「どうしてかな? ショーンは優しいし、頼りがいのあるいい奴だよ。確かにおたくっていうか、研究者気質っていうか、そんなところはあるし専門の話をしだしたら止まらないお喋りな面もあるけど、それは欠点というよりも彼の愛すべき点で……」
「会話なんてないんですって。お互いヤリたい時に逢って、ヤルだけ。ミラがさすがにそれだけじゃ嫌だって別れたのに、あの子、やっぱりあの馬鹿男が好きだって泣くのよ」
「えっと、僕は、彼女が旅行について来たいって言って、ショーンは遺跡巡りなんて特殊な趣味に嵌った旅行だし、僕もいるから断って、話がこじれて別れたって聞いてるけど」
「あの子は、あの男にもっと近づきたいから一緒に行きたいって言ったの。でもあいつには、あの子のことよりもあんたの方が大事なのよ」
「え、僕?」
いきなり話の矛先を向けられて、狐につままれた気分だった。
「あんたとの楽しい旅行を邪魔されるのが嫌だったのよ」
「それは誤解だよ。だって、僕らは結局、現地で知り合ったバックパッカーのカップルと四人で遺跡を廻ったんだよ。それにアルビーを呼んだのもショーンだよ?」
アルビーに関しては、どちらが先とも言い辛いけれど。でもショーンは、決して彼女のこと、僕との旅の邪魔だ、なんて思っていた訳じゃない。専門的な話ばかりになるこの旅が、部外者の彼女にとって、つまらないものになるに違いないと推察して気遣った面だってあったと思うんだ。
そんなふうに伝えると、マリーはわざとらしく、呆れたようにため息をついた。
「あんたにかかると誰でも善人ね」
冷めてしまったカフェラテで喉を湿らせ、マリーは苦々し気に喋り続ける。
「あいつが言うにはね、男と女の間に会話は必要ないんですって。中身のある会話も、悩みごとの相談も、自己のアイデンティティーに関わる問題は全て男同士で解決するから、女とは楽しむだけでいいって」
何、それ?
一瞬呆気にとられ、それから慌てて頭を振った。
「そんなことないよ。ショーンは普通にコリーヌと議論を交わしていたし、そんな相手の人格を無視するような態度を取ったりしなかったよ。さっきだって、その、ミラだっけ? 彼女と仲直りできて嬉しいって、」
「都合のいい女だもの、あの子」
マリーは、何を言っても聞く耳持たないって感じだ。
僕はどう言えば彼女が解ってくれるのか、と視線を虚空に漂わせながら、アルビーは……、アルビーと僕は「中身のある会話」なんてしてるっけ? と、頭の片隅でぼんやりと考え始めていた。
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