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Ⅳ 初夏の木漏れ日
136 諍い1
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久しぶりの学校は休暇前と何ら変わりない、心地良い喧騒と見慣れた顔ぶれが並ぶ平穏な安堵感に満ちていた。
授業の合間に、カフェテリアでぼんやりと外を眺めているショーンを見つけた。この日の授業は彼とは被らない。ここにいるかな、って寄ってみて正解だ。
「ショーン!」
「やぁ、もう具合は良くなったのか?」
僕の顔を見て相好を崩し、でもすぐに渋い顔を作ってショーンは口をへの字に曲げる。
「まだ顔色が悪いな。ムリするなよ」
「大丈夫。ここはロンドンだもの」
「確かに病院くらいはあるもんな」
くっくっと彼は肩で笑う。
エイヴベリーで僕が倒れた時、あそこはお店も数件しかないような本当に田舎の小さな村だったから、アルビーが、かなりぶち切れて悪態をついていたのだ。ショーンがそんな彼を宥めてくれた。朧にそんな記憶がある。
「なぁ、きみは……」
でもすぐにその顔を曇らせ、どこか物憂げな調子でショーンはため息を吐いた。
「ん?」
よく聞き取れなくて顔を近づけたら、彼はぱっと視線を天井に逸らした。けれど少し身体を引いて僕を見返すと、突然、思い出したようににっと唇の端を吊り上げた。
「俺な、あいつとヨリを戻したんだ。帰って来るなり泣きつかれてさ」
なんだか今日の彼は落ち着かないと思ったら、そういうことか!
休暇に入る直前に、ショーンは、僕らの旅行に一緒に行きたがっていた彼女の参加を僕に遠慮して断って、喧嘩別れしてしまったのだ。僕も彼女に申し訳なく思っていたんだ。だからこの朗報は素直に嬉しい。
「おめでとう、ショーン! 本当はさ、まだ好きだったんだろ、その子のこと」
「多分な」
照れ臭そうに笑う彼の肩を、とんっと拳で突いた。ショーンもふざけてやり返してくる。
「何、子どもみたいにじゃれあってんのよ!」
冷ややかな声に面を上げる。
「マリー、どうしたの? 珍しいね。こっちの方まで来てるなんて」
胡散臭そうな眼つきでショーンを眺め、それでもマリーはおしとやかに椅子に腰を下ろした。いつもはもっとガサツなのにさ。彼女でもひと目を意識したりするんだな。
「マリー、何か飲む? 僕も注文はまだなんだ。一緒に買ってくるよ」
「カフェラテ」
「OK」
ショーンとマリー二人残して、一旦席を立った。余り深く考えてなかったんだ。カウンターで注文し終えた頃に、そう言えば、あの二人って初対面なんじゃないのか、と気がついた。会話の中でいつも自然に彼らの話題が出ていたから、思い浮かばなかった。
トレイを持って席に戻って来たところで、背中越しの、ショーンの苛ついた声が耳に飛び込んできた。
「俺は女にそんなことを期待していないよ」
「あんたなんか異性愛者のフリしてる、臆病者のゲイじゃないの! それも、思いっきり女性蔑視主義者のね!」
「そんな訳あるか! 俺は男とやりたいなんて、一度だって思ったことはないからな。だいたい、あいつの方からヨリを戻したいって言ってきたのに、何だってきみが首を突っ込んでくるんだ? きみの方がよほどイカれてるだろ!」
ダンッと、大きな音を立てて、ショーンは椅子を引き立ち上がった。振り向きざまにぼんやり突っ立っていた僕に気づき、気まずそうに視線を逸らせる。
「悪いけど、先に行く」
ぽんっと軽く僕の肩を叩いて、彼は悠然とその場を去った。
「どうしたの? 何があった?」
「あんた、何だってあんな最低の奴とつるんでるのよ!」
「ショーンはいい奴だよ」
「あんたから見れば、誰だっていい奴なんじゃないの? あんたは、なんでもかんでも肯定していれば丸く収まるって思ってるんだから」
完全に頭が沸騰しているマリーの前に、カフェラテと、ラズベリーとクリームチーズのカップケーキを置いた。
「本日のお薦めケーキ。寝込んじゃって、いろいろ迷惑かけたお詫びだよ」
「……それに、食べもので私を懐柔できるって思ってるんでしょ。だから、あんたなんて嫌いなのよ」
「うん。そして僕は、マリーが天邪鬼だってことも知ってるよ。でもね、彼は僕の友人なんだよ。だから彼のことをあんなふうに悪し様に言われると、僕は嫌な気分になるんだ。解るだろ、マリー? きみが何に対して怒っているのか、教えて」
彼女はお喋りなくせに、要点をまとめて解るように説明するのが苦手だ。ただ単に感情を発散させたいだけで、解って欲しいなんて、初めから思っていないのかもしれない。
だけど、今回ばかりは僕だって納得したい。マリーの言い様は差別的で、度を超えて侮辱的だった。いくら彼女でも許せないものがある。
ショーンは、僕の大事な友人なのだ。そのことを、マリーにも解って欲しかった。
授業の合間に、カフェテリアでぼんやりと外を眺めているショーンを見つけた。この日の授業は彼とは被らない。ここにいるかな、って寄ってみて正解だ。
「ショーン!」
「やぁ、もう具合は良くなったのか?」
僕の顔を見て相好を崩し、でもすぐに渋い顔を作ってショーンは口をへの字に曲げる。
「まだ顔色が悪いな。ムリするなよ」
「大丈夫。ここはロンドンだもの」
「確かに病院くらいはあるもんな」
くっくっと彼は肩で笑う。
エイヴベリーで僕が倒れた時、あそこはお店も数件しかないような本当に田舎の小さな村だったから、アルビーが、かなりぶち切れて悪態をついていたのだ。ショーンがそんな彼を宥めてくれた。朧にそんな記憶がある。
「なぁ、きみは……」
でもすぐにその顔を曇らせ、どこか物憂げな調子でショーンはため息を吐いた。
「ん?」
よく聞き取れなくて顔を近づけたら、彼はぱっと視線を天井に逸らした。けれど少し身体を引いて僕を見返すと、突然、思い出したようににっと唇の端を吊り上げた。
「俺な、あいつとヨリを戻したんだ。帰って来るなり泣きつかれてさ」
なんだか今日の彼は落ち着かないと思ったら、そういうことか!
休暇に入る直前に、ショーンは、僕らの旅行に一緒に行きたがっていた彼女の参加を僕に遠慮して断って、喧嘩別れしてしまったのだ。僕も彼女に申し訳なく思っていたんだ。だからこの朗報は素直に嬉しい。
「おめでとう、ショーン! 本当はさ、まだ好きだったんだろ、その子のこと」
「多分な」
照れ臭そうに笑う彼の肩を、とんっと拳で突いた。ショーンもふざけてやり返してくる。
「何、子どもみたいにじゃれあってんのよ!」
冷ややかな声に面を上げる。
「マリー、どうしたの? 珍しいね。こっちの方まで来てるなんて」
胡散臭そうな眼つきでショーンを眺め、それでもマリーはおしとやかに椅子に腰を下ろした。いつもはもっとガサツなのにさ。彼女でもひと目を意識したりするんだな。
「マリー、何か飲む? 僕も注文はまだなんだ。一緒に買ってくるよ」
「カフェラテ」
「OK」
ショーンとマリー二人残して、一旦席を立った。余り深く考えてなかったんだ。カウンターで注文し終えた頃に、そう言えば、あの二人って初対面なんじゃないのか、と気がついた。会話の中でいつも自然に彼らの話題が出ていたから、思い浮かばなかった。
トレイを持って席に戻って来たところで、背中越しの、ショーンの苛ついた声が耳に飛び込んできた。
「俺は女にそんなことを期待していないよ」
「あんたなんか異性愛者のフリしてる、臆病者のゲイじゃないの! それも、思いっきり女性蔑視主義者のね!」
「そんな訳あるか! 俺は男とやりたいなんて、一度だって思ったことはないからな。だいたい、あいつの方からヨリを戻したいって言ってきたのに、何だってきみが首を突っ込んでくるんだ? きみの方がよほどイカれてるだろ!」
ダンッと、大きな音を立てて、ショーンは椅子を引き立ち上がった。振り向きざまにぼんやり突っ立っていた僕に気づき、気まずそうに視線を逸らせる。
「悪いけど、先に行く」
ぽんっと軽く僕の肩を叩いて、彼は悠然とその場を去った。
「どうしたの? 何があった?」
「あんた、何だってあんな最低の奴とつるんでるのよ!」
「ショーンはいい奴だよ」
「あんたから見れば、誰だっていい奴なんじゃないの? あんたは、なんでもかんでも肯定していれば丸く収まるって思ってるんだから」
完全に頭が沸騰しているマリーの前に、カフェラテと、ラズベリーとクリームチーズのカップケーキを置いた。
「本日のお薦めケーキ。寝込んじゃって、いろいろ迷惑かけたお詫びだよ」
「……それに、食べもので私を懐柔できるって思ってるんでしょ。だから、あんたなんて嫌いなのよ」
「うん。そして僕は、マリーが天邪鬼だってことも知ってるよ。でもね、彼は僕の友人なんだよ。だから彼のことをあんなふうに悪し様に言われると、僕は嫌な気分になるんだ。解るだろ、マリー? きみが何に対して怒っているのか、教えて」
彼女はお喋りなくせに、要点をまとめて解るように説明するのが苦手だ。ただ単に感情を発散させたいだけで、解って欲しいなんて、初めから思っていないのかもしれない。
だけど、今回ばかりは僕だって納得したい。マリーの言い様は差別的で、度を超えて侮辱的だった。いくら彼女でも許せないものがある。
ショーンは、僕の大事な友人なのだ。そのことを、マリーにも解って欲しかった。
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