霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

文字の大きさ
上 下
137 / 193
Ⅲ.春の足音

133 旅51 禹歩2

しおりを挟む
 セント・マイケルズ・マウントがレイラインの始まりの地だとすると、僕たちのこの旅は、ここエイヴベリーで一旦閉じられることになる。これで、このレイライン上の聖地と呼ばれる場所をほぼ廻れたことになるからだ。実際のレイラインは、ブリテン島の東の端ホプトンまで伸びているけれど。主要スポットは、やはりここエイヴベリー以西だから。



 新緑に萌える大地の上に、並び立つ幾つもの白味を帯びた大砂石が独特のリズムを刻み、背中を丸めた魔術師のように佇んでいる。
 その内のひとつ、凛とした巨石の岩肌に両手のひらを当てた。

「音楽のようだね」
 大地の脈動が聴こえるようだよ。

 一瞬にして、風に攫われた。

 朝陽が昇る。
 時が巻き戻り、道沿いに見た家々は消える。緑の平野が果てしなく広がる。
 その一方の端から、サラマンダーが駆け抜ける。
 二つの環状列石ストーンサークルを囲む大サークル。その中心を駆け抜ける。
 光の、焔の矢となって。

 彼の巻き上げる熱風に吹き飛ばされ、空気に溶けた意識がバラバラに解け、散り散りに飛散する。細かな金砂のような粒子に還って。

「コウ!」

 僕を呼ぶのは誰?

「コウ!」

 
 ――「それでね、バースに行く前にグラストンベリーを廻ろうと思うの」
「いいね! 聖ミカエルセント・マイケル教会跡、グラストンベリー・トーは異界への入り口だ! 旅の出発点として相応しいよな」
聖ミカエルサン・ミシェル・レイラインの中でも、最大の聖地だと思うわ」
「いや、最大というなら、僕はエイヴベリーを押すね」――


 ショーン、それはきみが、ケルトを遡る太古の民の末裔だから。

 グラストンベリーから始まり、セント・マイケルズ・マウントに還り、ここエイヴベリーに至る火の精霊サラマンダーの足跡を刻む禹歩は完成され、修復された大地に太古の龍脈が蘇った。



「コウ!」
「空気が緑に染まっているね、アルビー」

 心配そうに僕を見つめるアルビーの深い緑。彼の背後には若葉を湛えた大樹の枝が、鮮やかな萌黄色に輝いている。

「僕のせい?」
「何が?」
「昨夜、無理させ過ぎた?」
「そうじゃないよ」

 押し当てられた胸から伝わるアルビーの心臓の音は、大地の鼓動と重なり合い、絡まり合う心地良い律動。

「夢を見ていたんだ。遠い、遠い空から地上を見る夢」

「コウ、気がついたのか? ほら。いきなり倒れるからびっくりしたんだぞ」
 ショーンだ。アルビーに巻き付けていた腕を解き、躰を起こした。アルビーがそっと、樹の幹に僕の背中をもたせ掛けてくれた。みどりに苔むした古老のような大木の優しい気配に包まれる。

 ペットボトルの水が差し出される。それに、濡れたハンカチも。水は解るけれど、これは? と訝しくショーンを見上げた僕に、アルビーが、「自分じゃ解らない? コウ、熱があるんだよ」と教えてくれた。そして、言われてみれば火照っているような頬に、ひやりとハンカチを当ててくれた。

「コリーヌたちは?」
「いるわよ」

 声の方向に、くるりと首を捻った。別の樹の根本に、二人とも胡坐をかいて座っている。

「キリスト教徒の破壊した、火の精霊サラマンダーの霊道は修復されたよ」
 言葉を切って、彼女が何て応えるのか待ってみたけれど、返事はなかった。

「きみの守護者ガーディアンに伝えて。水の精霊ウンディーネの加護がなくとも、彼は在るべきものを在るべき場所に還すだろう、と」

「あなた、それでも人間なの?」
「それ以外の何に見える?」
「悪魔」
「コリーヌ、四大精霊は人を利するためにあるんじゃない。魔術の歴史は、人と精霊の戦いの歴史だ。そして僕は、黄泉平坂よもつひらさかの番人の一人、ただそれだけだよ」

 コリーヌはもう何も言い返すこともなく、立ち上がり、背を向けて歩み去った。その後をミシェルが僕たちを何度も振り返り、気にしながら追い掛ける。

「ここにいろよ。すぐ戻るから」
 訳が解らないまま呆気に取られていたのか、ぼんやりと佇んでいたショーンが我に返って彼らの後を追う。


「きみは何者?」
 アルビーがクスリと笑って訊ねた。

「ただの臆病な人間だよ。きみに恋している、ね」
「じゃあ、僕と同じだ」

 僕たちの座るこの大樹の絡まり合う根のように、彼は、僕の指にその指を絡ませて、朝露のように優しいキスをくれた。






しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

愛おしいほど狂う愛

ゆうな
BL
ある二人が愛し合うお話。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

処理中です...