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Ⅲ.春の足音
131 旅49 休日
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翌朝目が覚めたら、僕はひとりだった。目を瞑ったままそこに在るはずの温もりを探して、したたか壁に手を打ちつけた。それで目が明いた。
窓の外は明るいけれど、まだ朝早い。目覚まし代わりの携帯を見るとアルビーからメールが来ていた。「起きたら散歩に行こう」そんなメッセージが入っている。「シャワーを浴びてくるから待っていて」と、急いで返信を入れた。
アルビーの部屋をノックしたら、ショーンがドアを開けてくれた。
「あいつもシャワーだよ」
言いながら、大あくびしている。
「昨夜はごめん。どうだった、面白い話が聴けた?」
「全然。ただの観光客だった。専門的な話なんてからっきしで、単に飲んで騒ぎたかっただけさ。だから俺たちもさっさと引き上げて、ミシェルたちの部屋で飲んでたんだ」
ショーンは遅くまで飲んでたのかな。すっきりしないのか、喋りながら、腕を伸ばしたり身体を捻ったりと、ストレッチしている。
「この部屋に戻って来て驚いた。こいつ、」と言いながらショーンはバスルームを指差す。
「マットレスをベッドから剥がして床に置いて、きっちりベッドメイキングした上で丸くなって寝てるんだもんな」
「彼、狭いところが駄目なんだ」
「危うく踏むところだったぜ」
ショーンはそんなアルビーに余程驚いたのか、ケタケタと笑っている。
彼、昨夜も散々文句を言っていたんだ。僕のベッドで。お陰で助かった、とも言えるけど。
「俺は我慢して寝たんだぜ。脚がはみ出しているのをさ。起きたら痣ができてた。壁にぶつけてさ」
言いながらズボンの裾を捲り上げ、青痣になった脛を見せてくれた。
「あ、同じ」
「何が同じだって?」
髪を拭きながらバスルームから出て来たアルビーを振り返り、手の甲を向けた。
「ここのベッドが小さすぎるって話だよ。ほら、寝ぼけて思い切り壁にぶつけちゃたよ」
アルビーが眉をしかめて僕の手を取った。キスされる。そう思ってとっさにその手を引いた。
「アルビー、髪の毛、拭いてあげるよ。座って」
「このベッド、頭がぶつかるんだ」
ブツブツ文句を言いながら、二段ベッドの下の段に腰を下ろし、膝に肘をついて頭を突き出している。立ったままの僕の視点で彼を見下ろすのは、何だか新鮮だ。
入れ替わりでバスルームに向かうショーンに、散歩に行く旨を告げ、朝食のダイニングでね、と伝えた。
「こんな田舎で休日を過ごすのもいいね」
まだひんやりと冷たい薄靄のかかる、しっとりと濡れた芝生の上を、アルビーと二人そぞろ歩いた。
このホステルは隣接する体験農場の一部らしく、綺麗に整備された高い生垣に挟まれた道は、広大な牧場に繋がっている。そこに至るまでに通りかかった子どものための公園でアルビーは立ち止まり、幼児用の遊具や誰もいないガーデンセットを、感慨深げな視線で眺めている。
「アルビーは、」
言い掛けて、やめた。でも勘の良いアルビーはすぐに察して僕の言葉を継いだ。
「僕も子どもの頃、こんな場所に旅行に連れて来てもらったよ。スティーブとアンナに。マリーはまだずっと小さくてさ。可愛かったよ。動物を見て、怖いって怯えて泣いていた」
「あのマリーが?」
「本当に、うんと小さな頃だけどね」
懐かしそうにアルビーは微笑んで、ブランコの鎖を握って揺らした。
アルビーが羨ましかった。そんな思い出が、彼にはないんじゃないかと思っていたのに。
だって、僕にはないもの。お祖母ちゃんの家に行くのは、僕に取って休息でも癒しでもなかったから。子どもの頃の僕には、滑り台を滑った記憶も、ブランコを漕いだ記憶もない。
「アルビー、来てくれてありがとう」
ん? と彼は顔を傾げた。
「ここでこうして同じ空気を吸って、同じ景色を見ている。きみがこうして、居てくれるだけで、世界は僕ひとりの時より何倍も輝いて見えるんだ。だから、ありがとう。きみが僕の世界に色彩を載せてくれるんだ」
この柔らかな大地のように、僕を支えてくれるアルビー。僕を見ていてくれるきみ。きみこそが、僕の見つけた宝物。
窓の外は明るいけれど、まだ朝早い。目覚まし代わりの携帯を見るとアルビーからメールが来ていた。「起きたら散歩に行こう」そんなメッセージが入っている。「シャワーを浴びてくるから待っていて」と、急いで返信を入れた。
アルビーの部屋をノックしたら、ショーンがドアを開けてくれた。
「あいつもシャワーだよ」
言いながら、大あくびしている。
「昨夜はごめん。どうだった、面白い話が聴けた?」
「全然。ただの観光客だった。専門的な話なんてからっきしで、単に飲んで騒ぎたかっただけさ。だから俺たちもさっさと引き上げて、ミシェルたちの部屋で飲んでたんだ」
ショーンは遅くまで飲んでたのかな。すっきりしないのか、喋りながら、腕を伸ばしたり身体を捻ったりと、ストレッチしている。
「この部屋に戻って来て驚いた。こいつ、」と言いながらショーンはバスルームを指差す。
「マットレスをベッドから剥がして床に置いて、きっちりベッドメイキングした上で丸くなって寝てるんだもんな」
「彼、狭いところが駄目なんだ」
「危うく踏むところだったぜ」
ショーンはそんなアルビーに余程驚いたのか、ケタケタと笑っている。
彼、昨夜も散々文句を言っていたんだ。僕のベッドで。お陰で助かった、とも言えるけど。
「俺は我慢して寝たんだぜ。脚がはみ出しているのをさ。起きたら痣ができてた。壁にぶつけてさ」
言いながらズボンの裾を捲り上げ、青痣になった脛を見せてくれた。
「あ、同じ」
「何が同じだって?」
髪を拭きながらバスルームから出て来たアルビーを振り返り、手の甲を向けた。
「ここのベッドが小さすぎるって話だよ。ほら、寝ぼけて思い切り壁にぶつけちゃたよ」
アルビーが眉をしかめて僕の手を取った。キスされる。そう思ってとっさにその手を引いた。
「アルビー、髪の毛、拭いてあげるよ。座って」
「このベッド、頭がぶつかるんだ」
ブツブツ文句を言いながら、二段ベッドの下の段に腰を下ろし、膝に肘をついて頭を突き出している。立ったままの僕の視点で彼を見下ろすのは、何だか新鮮だ。
入れ替わりでバスルームに向かうショーンに、散歩に行く旨を告げ、朝食のダイニングでね、と伝えた。
「こんな田舎で休日を過ごすのもいいね」
まだひんやりと冷たい薄靄のかかる、しっとりと濡れた芝生の上を、アルビーと二人そぞろ歩いた。
このホステルは隣接する体験農場の一部らしく、綺麗に整備された高い生垣に挟まれた道は、広大な牧場に繋がっている。そこに至るまでに通りかかった子どものための公園でアルビーは立ち止まり、幼児用の遊具や誰もいないガーデンセットを、感慨深げな視線で眺めている。
「アルビーは、」
言い掛けて、やめた。でも勘の良いアルビーはすぐに察して僕の言葉を継いだ。
「僕も子どもの頃、こんな場所に旅行に連れて来てもらったよ。スティーブとアンナに。マリーはまだずっと小さくてさ。可愛かったよ。動物を見て、怖いって怯えて泣いていた」
「あのマリーが?」
「本当に、うんと小さな頃だけどね」
懐かしそうにアルビーは微笑んで、ブランコの鎖を握って揺らした。
アルビーが羨ましかった。そんな思い出が、彼にはないんじゃないかと思っていたのに。
だって、僕にはないもの。お祖母ちゃんの家に行くのは、僕に取って休息でも癒しでもなかったから。子どもの頃の僕には、滑り台を滑った記憶も、ブランコを漕いだ記憶もない。
「アルビー、来てくれてありがとう」
ん? と彼は顔を傾げた。
「ここでこうして同じ空気を吸って、同じ景色を見ている。きみがこうして、居てくれるだけで、世界は僕ひとりの時より何倍も輝いて見えるんだ。だから、ありがとう。きみが僕の世界に色彩を載せてくれるんだ」
この柔らかな大地のように、僕を支えてくれるアルビー。僕を見ていてくれるきみ。きみこそが、僕の見つけた宝物。
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