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Ⅲ.春の足音
130 旅48 軌道
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それぞれの部屋に荷物を置いた後、共同のダイニングエリアに向かった。時間も遅く、近くには気楽に食事できるようなパブもレストランもなさそうなので、夜食用に買い込んでいた食料を夕食に充てることにし、そこで食べることにした。
ソファーのあるラウンジを抜け、広いフロアに幾つものテーブルが並び、若々しい話声が飛び交うダイニングエリアに入る。消灯時間にはまだ早いので、テーブルの半分くらいが、僕たちとそう変わらない年代の学生たちで埋まっている。
でもショーンは、このダイニングから更にコンサバトリーへ続くドアを開けた。
ガラス天井の向こうは闇が広がり、壁面の僅かな灯りに照らされるだけの狭い空間は、薄暗く、そして寒々しい。実際、暖房が入っていないので寒いのだ。ぶるりと、僕は身ぶるいした。アルビーがちらりとショーンを見遣る。
「僕は気にしないよ」
ショーンは唇を尖らせてひょいと肩をすくめ、コンサバトリーは諦めてダイニングの隅に陣取った。
ショーンの気遣いも解る。ラウンジでも、ダイニングでも、アルビーが一歩足を踏み入れるだけで空気が変わった。一瞬のうちに視線が集中し、そして戸惑いがちに逸らされる。彼がここにこうして腰を据えたことで、話し掛けようと、顔を突き合わせているに違いない女の子たちが、あちこちのテーブルにいる。それはきっと、女の子たちだけじゃない。
食料を持っているコリーヌたちがなかなか下りてこない。手持ち無沙汰でイライラする。アルビーが晒し者になっているみたいで嫌だ。こんなことなら、薄暗いコンサバトリーで震えている方がマシな気がする。
アルビーは、そんな周囲の視線も、ぎこちない空気もまるで気にしている様子はないけれど。綺麗なアルビー。どこにいたって、人を惹きつけずにはいられないアルビー。僕のために、こんなところまで来てくれた。
「お待たせ」
やっとコリーヌたちが来た。ミシェルは手にワインボトルを掲げている。
「最後の晩だからね。奮発してちょっといいのを買って来た」
何て言われようと、僕はもう絶対に飲まないよ。
上目遣いにこっそりとショーンを見ると、解ってる、ってふうに彼は軽くウインクをくれた。話が蒸し返されて、僕が酔っ払って前後不覚になったこと、アルビーにバレませんように!
ミシェルが切り分けてくれるパンに、チーズだの、オイルサーディンだのを載せて食べた。彼はチーズにこだわりがあるらしく、今回も何種類かを用意している。食事と言うよりも、ワインのアテなんだろうな。
食べ始めると同時に、早速コリーヌは今日の遺跡巡りの話を始めた。僕はいったい何をしていたのか、何のためにあんな行動を取ったのかと、しきりに訊ねてくる。「そんな変なことしてたかな?」僕はパンを頬張りながら、首を傾げて見せる。正直、あまり覚えてないのもあった。ショーンが僕の代わりに喋り出してくれた。巧みに僕から話題を逸らし、遺跡全体の考察だとか宗教的な意義だとかにすり替えていってくれている。アルビーは聴いているのか、いないのか、一切口を挟まない。
「失礼、面白そうな話が聞こえてきたものだから。きみたちもストーンヘンジに行ってたんだろ? 僕らもなんだ。合流させてもらってもいいかな?」
急に声を掛けられても、コリーヌも、ミシェルも特に驚いた様子でもない。デジャヴだ。僕はショーンと目を見合わせて苦笑いした。僕たちも、この二人とこんなふうにして知り合ったんだものね。
「コウ、疲れた。部屋に戻ろう」
立ち上がったアルビーは、もう誰のことも視界に入れていなかった。僕は一瞬ショーンを見遣り、それからミシェルとコリーヌに「おやすみ」を言い、話し掛けてきた彼らに「失礼」と口の中で小さく呟いて、アルビーの後を追った。
これはこれで新たな問題発生だって、解ってはいたんだけど……。
僕の個室でアルビーが囁く。
「僕の中のコウが、コウの中に戻りたいって言ってる」
駄目……、だって言葉が喉につかえたまま声にならない。ここは、ユースホステルには珍しく各部屋にシャワーがついている。
「ベッドメイキングは自分でするんだ」
僕の返事に腕を解き、アルビーはベッドの上のシーツを広げる。
「やっておくよ。きみがシャワーを浴びている間に」
アルビーは、どうしていつも、こうも普通なんだろう。僅かな間逢わなかっただけで、僕はまた初めて彼に出逢った頃のようにドキドキして、おどおどして、彼から目が離せないでいるのに。まるで昨日の続きのように、彼は僕を抱き締める。どれだけ離れていても、僕は彼の日常の上。
僕は、僕の軌道の上に戻るんだ。アルビーの引力に囚われ、繋がれた日常の中に。
ソファーのあるラウンジを抜け、広いフロアに幾つものテーブルが並び、若々しい話声が飛び交うダイニングエリアに入る。消灯時間にはまだ早いので、テーブルの半分くらいが、僕たちとそう変わらない年代の学生たちで埋まっている。
でもショーンは、このダイニングから更にコンサバトリーへ続くドアを開けた。
ガラス天井の向こうは闇が広がり、壁面の僅かな灯りに照らされるだけの狭い空間は、薄暗く、そして寒々しい。実際、暖房が入っていないので寒いのだ。ぶるりと、僕は身ぶるいした。アルビーがちらりとショーンを見遣る。
「僕は気にしないよ」
ショーンは唇を尖らせてひょいと肩をすくめ、コンサバトリーは諦めてダイニングの隅に陣取った。
ショーンの気遣いも解る。ラウンジでも、ダイニングでも、アルビーが一歩足を踏み入れるだけで空気が変わった。一瞬のうちに視線が集中し、そして戸惑いがちに逸らされる。彼がここにこうして腰を据えたことで、話し掛けようと、顔を突き合わせているに違いない女の子たちが、あちこちのテーブルにいる。それはきっと、女の子たちだけじゃない。
食料を持っているコリーヌたちがなかなか下りてこない。手持ち無沙汰でイライラする。アルビーが晒し者になっているみたいで嫌だ。こんなことなら、薄暗いコンサバトリーで震えている方がマシな気がする。
アルビーは、そんな周囲の視線も、ぎこちない空気もまるで気にしている様子はないけれど。綺麗なアルビー。どこにいたって、人を惹きつけずにはいられないアルビー。僕のために、こんなところまで来てくれた。
「お待たせ」
やっとコリーヌたちが来た。ミシェルは手にワインボトルを掲げている。
「最後の晩だからね。奮発してちょっといいのを買って来た」
何て言われようと、僕はもう絶対に飲まないよ。
上目遣いにこっそりとショーンを見ると、解ってる、ってふうに彼は軽くウインクをくれた。話が蒸し返されて、僕が酔っ払って前後不覚になったこと、アルビーにバレませんように!
ミシェルが切り分けてくれるパンに、チーズだの、オイルサーディンだのを載せて食べた。彼はチーズにこだわりがあるらしく、今回も何種類かを用意している。食事と言うよりも、ワインのアテなんだろうな。
食べ始めると同時に、早速コリーヌは今日の遺跡巡りの話を始めた。僕はいったい何をしていたのか、何のためにあんな行動を取ったのかと、しきりに訊ねてくる。「そんな変なことしてたかな?」僕はパンを頬張りながら、首を傾げて見せる。正直、あまり覚えてないのもあった。ショーンが僕の代わりに喋り出してくれた。巧みに僕から話題を逸らし、遺跡全体の考察だとか宗教的な意義だとかにすり替えていってくれている。アルビーは聴いているのか、いないのか、一切口を挟まない。
「失礼、面白そうな話が聞こえてきたものだから。きみたちもストーンヘンジに行ってたんだろ? 僕らもなんだ。合流させてもらってもいいかな?」
急に声を掛けられても、コリーヌも、ミシェルも特に驚いた様子でもない。デジャヴだ。僕はショーンと目を見合わせて苦笑いした。僕たちも、この二人とこんなふうにして知り合ったんだものね。
「コウ、疲れた。部屋に戻ろう」
立ち上がったアルビーは、もう誰のことも視界に入れていなかった。僕は一瞬ショーンを見遣り、それからミシェルとコリーヌに「おやすみ」を言い、話し掛けてきた彼らに「失礼」と口の中で小さく呟いて、アルビーの後を追った。
これはこれで新たな問題発生だって、解ってはいたんだけど……。
僕の個室でアルビーが囁く。
「僕の中のコウが、コウの中に戻りたいって言ってる」
駄目……、だって言葉が喉につかえたまま声にならない。ここは、ユースホステルには珍しく各部屋にシャワーがついている。
「ベッドメイキングは自分でするんだ」
僕の返事に腕を解き、アルビーはベッドの上のシーツを広げる。
「やっておくよ。きみがシャワーを浴びている間に」
アルビーは、どうしていつも、こうも普通なんだろう。僅かな間逢わなかっただけで、僕はまた初めて彼に出逢った頃のようにドキドキして、おどおどして、彼から目が離せないでいるのに。まるで昨日の続きのように、彼は僕を抱き締める。どれだけ離れていても、僕は彼の日常の上。
僕は、僕の軌道の上に戻るんだ。アルビーの引力に囚われ、繋がれた日常の中に。
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