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Ⅲ.春の足音
129 旅47 タクシー
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「コウはこっち」
「すぐに着くぞ」
「じゃあ、構わないだろ?」
ぼやぼやしている間に、タクシーに押し込められた。目の端でショーンがやれやれと肩をすくめているのが見える。僕の荷物、ミシェルの車に置きっぱなしだ。
「やっと二人きりになれた」
当たり前にアルビーが僕を抱き締める。大きく息を吸い込む様子が、飼い主をずっと探していた大型犬が、その匂いを確かめるみたいだ。
「ん……、」
息が詰まる。唇を塞がれると、また、呼吸の仕方を忘れてしまう。酸欠でぼうとした頭で、ぽんと宇宙に放り投げられる。
「駄目だよ、アルビー。ショーンに変に思われる。僕にはきみみたいなポーカーフェイスは無理だからね」
「別にいいじゃないか。何も言われたりしないよ。それくらいのエチケットは心得ているだろ、いくらあいつでも」
アルビーの息のかかるうなじがこそばゆい。
「駄目。僕が嫌なんだ。こんなけじめのないの」
でもそう言いながら、彼の躰にまわした腕を解けないのは僕の方で。ますます力を籠めて抱きすくめ、その胸に顔を埋める。
「伝えたいこと、話したいことがいっぱいなんだ。だから、他のことで煩わされたくない。ね?」
服の間からさしこまれた指先に小さな焔が灯るのを、その軌跡が緋色の線を描くのを、僕の肌は悦び震えながら待っていることを、アルビーはちゃんと解っているのに。僕は全く逆のことを言うんだ。どちらも本当。だから嘘つきだって言わないで。
「僕が煩わしい?」
静かな低い声が耳を掠った。
「そうじゃなくて!」
顔を跳ね上げた僕の額に、アルビーはコツンとその額を当てた。
「解ってる」
さらりと腕を解き、アルビーは車窓に顔を背ける。
どうしていいのか判らなくて、僕は彼の膝の横に投げ出されていたその手の平に、僕の手を重ねる。指を絡める。
応えて、アルビー。
握り返してくれない。手の平にキスを落とした。それでもまだこっちを向いてくれない。指の先まで舌を這わす。ゆっくりと。ビクッとその指が痙攣する。アルビーの肩が震えている。クスクス笑いながら、彼はやっと僕を見てくれた。
「コウ、どうしたの? なんだかコウじゃないみたいだ」
「きみみたいだろ? 僕の中のきみが、きみを呼んだんだよ」
他愛もない話をしている間に、今晩の宿に到着していた。明日向かうエイヴベリーへの道中にあるユースホステルだ。
機嫌の直ったアルビーに聞いたところ、僕には内緒でショーンと連絡を取り合い、ストーンヘンジで待ち合わせしていたらしい。だからショーンは、コリーヌのことも大して意に介していなかったのだ。アルビーという邪魔者が入るのが解っていたから。なんだかズルくないか? て気もするけれど、それはそれで、とてもショーンらしい判断のような気もする。もともと僕の意志を完全に無視した、コリーヌの勝手な提案に従わなければならない方がおかしいんだ。
アルビーに驚かされ、すっかり彼女のことが抜け落ちていた。また夕食の席で前みたいに煩くかまわれるのだろうか? それともアルビーがいるから平気かな? でもアルビーの過去を知っているミシェルも厄介だし……。
次から次へと……。自分が、内側で必死に走って、小さな赤い輪っかをカラカラと回しているハムスターにでもなった気分だ。走っても、走っても景色は何も変わらない。それなのに厄介ごとは天から降ってくるんだ。こんな閉じ込められた世界だと言うのに。
そして予感していた通り、部屋割りでもめた。僕とショーンが同室だとか、アルビーが許すはずがない。「久しぶりにコウとゆっくり話したい」から、と平然と部屋を変われとショーンに言っている。
それは駄目だ! 絶対に駄目! とんでもない!
アルビーは意外に自分のことを解っていない。彼と同じ部屋で寝て、僕が明日まともな状態で遺跡巡りができるなんて、本気で思っているのだろうか? それこそあり得ないだろ!
と、僕の必死の抵抗で、部屋割りはアルビーとショーンが同室で、僕が個室になった。アルビーは憮然としていたけれど、僕は気づかないふりを決め込んだ。
「すぐに着くぞ」
「じゃあ、構わないだろ?」
ぼやぼやしている間に、タクシーに押し込められた。目の端でショーンがやれやれと肩をすくめているのが見える。僕の荷物、ミシェルの車に置きっぱなしだ。
「やっと二人きりになれた」
当たり前にアルビーが僕を抱き締める。大きく息を吸い込む様子が、飼い主をずっと探していた大型犬が、その匂いを確かめるみたいだ。
「ん……、」
息が詰まる。唇を塞がれると、また、呼吸の仕方を忘れてしまう。酸欠でぼうとした頭で、ぽんと宇宙に放り投げられる。
「駄目だよ、アルビー。ショーンに変に思われる。僕にはきみみたいなポーカーフェイスは無理だからね」
「別にいいじゃないか。何も言われたりしないよ。それくらいのエチケットは心得ているだろ、いくらあいつでも」
アルビーの息のかかるうなじがこそばゆい。
「駄目。僕が嫌なんだ。こんなけじめのないの」
でもそう言いながら、彼の躰にまわした腕を解けないのは僕の方で。ますます力を籠めて抱きすくめ、その胸に顔を埋める。
「伝えたいこと、話したいことがいっぱいなんだ。だから、他のことで煩わされたくない。ね?」
服の間からさしこまれた指先に小さな焔が灯るのを、その軌跡が緋色の線を描くのを、僕の肌は悦び震えながら待っていることを、アルビーはちゃんと解っているのに。僕は全く逆のことを言うんだ。どちらも本当。だから嘘つきだって言わないで。
「僕が煩わしい?」
静かな低い声が耳を掠った。
「そうじゃなくて!」
顔を跳ね上げた僕の額に、アルビーはコツンとその額を当てた。
「解ってる」
さらりと腕を解き、アルビーは車窓に顔を背ける。
どうしていいのか判らなくて、僕は彼の膝の横に投げ出されていたその手の平に、僕の手を重ねる。指を絡める。
応えて、アルビー。
握り返してくれない。手の平にキスを落とした。それでもまだこっちを向いてくれない。指の先まで舌を這わす。ゆっくりと。ビクッとその指が痙攣する。アルビーの肩が震えている。クスクス笑いながら、彼はやっと僕を見てくれた。
「コウ、どうしたの? なんだかコウじゃないみたいだ」
「きみみたいだろ? 僕の中のきみが、きみを呼んだんだよ」
他愛もない話をしている間に、今晩の宿に到着していた。明日向かうエイヴベリーへの道中にあるユースホステルだ。
機嫌の直ったアルビーに聞いたところ、僕には内緒でショーンと連絡を取り合い、ストーンヘンジで待ち合わせしていたらしい。だからショーンは、コリーヌのことも大して意に介していなかったのだ。アルビーという邪魔者が入るのが解っていたから。なんだかズルくないか? て気もするけれど、それはそれで、とてもショーンらしい判断のような気もする。もともと僕の意志を完全に無視した、コリーヌの勝手な提案に従わなければならない方がおかしいんだ。
アルビーに驚かされ、すっかり彼女のことが抜け落ちていた。また夕食の席で前みたいに煩くかまわれるのだろうか? それともアルビーがいるから平気かな? でもアルビーの過去を知っているミシェルも厄介だし……。
次から次へと……。自分が、内側で必死に走って、小さな赤い輪っかをカラカラと回しているハムスターにでもなった気分だ。走っても、走っても景色は何も変わらない。それなのに厄介ごとは天から降ってくるんだ。こんな閉じ込められた世界だと言うのに。
そして予感していた通り、部屋割りでもめた。僕とショーンが同室だとか、アルビーが許すはずがない。「久しぶりにコウとゆっくり話したい」から、と平然と部屋を変われとショーンに言っている。
それは駄目だ! 絶対に駄目! とんでもない!
アルビーは意外に自分のことを解っていない。彼と同じ部屋で寝て、僕が明日まともな状態で遺跡巡りができるなんて、本気で思っているのだろうか? それこそあり得ないだろ!
と、僕の必死の抵抗で、部屋割りはアルビーとショーンが同室で、僕が個室になった。アルビーは憮然としていたけれど、僕は気づかないふりを決め込んだ。
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