霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

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Ⅲ.春の足音

126 旅44 ストーンヘンジ2

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 ストーンヘンジは、ガイドブックなんかでよく見る写真の、鳥居に似た二本の立石にまぐさ石を載せた形の三石塔トライリソンを囲む環状列石のことだと、僕は思っていた。
 だが実際に世界遺産として登録されているのはそこだけではなく、ストーンヘンジを中心とする幾つかの地域周辺遺跡を含むのだそうだ。世界遺産への登録面積は26k㎡というのだから、いかに広範囲に渡っているのかが判る。


 夕暮れ時に最終目的地に到着するように、まずは新石器時代のカーサスから大平原を歩いて順繰りに遺跡を見て回ることになった。
 カーサスは遺跡、といっても判りやすい巨石群があるわけではない。土堤を巡らした砦状の構築物だ。一面緑に覆われた草原でピンとこないが、この東西に伸びるカーサスは、春分、秋分の日の日の出の位置に向いているらしい。そして、この両先端にある窪みを結ぶ日の出と日没の線が、夏至の日のストーンヘンジと並ぶということで、遺跡は単独のものではなく、周辺遺跡諸々を統合して、ストーンヘンジの祭祀場としての機能が完成するらしい。

 ショーンの、民俗学よりも考古学を専攻する方が良いのではないか、と思えるような、様々な説を踏まえた解説に聴き入りながら、のどかな平原を歩いた。


 次に向かった、ダーリントン・ウォールズ、そしてウッドヘンジは特に興味深かった。
 
「木は人の生きる土地を、石は死者の地を意味するんだ」

 ウッドヘンジには、直径にして50mの円の内側に、一見ランダムに、けれど実際は六層もの環状に、膝の高さ程度の低いコンクリートの円柱が埋め込まれている。
 この円柱は、かつては木製の柱だった、というのが定説だ。ダーリントン・ウォールズに残る集落の跡から、ここは大規模な村が形成されていたとされる。
 この人の生きる場所から、定められた道を通りストーンヘンジへと死者を送る。最後に行き着く場所としてのかの地は、埋葬場であり祭祀場である。

 これが、様々なストーンヘンジの仮説の中でショーンの押す、最も有力な説なのだそうだ。

「きみはどう思う?」

 ぼんやりと辺りを眺めていた僕を、ショーンが覗き込む。

「生者の土地と死者の土地は、エイボン川と特別な道で結ばれていたのかな。日本でも聖と俗は川で分断され、その水で禊して彼岸と繋がる聖なる場所に渡るんだ」
「エイボン川かどうかは判らないがな。カーサスはストーンヘンジ・ボトムと呼ばれる、今は水の枯れ切った川の跡を横切っているんだ」

 水脈が変わる……。

 そう言えば、バースでもそんなことを聞いた。十九世紀初頭に尽きたと思われていた泉は水路が変わっていただけで、元の水路に戻したところ、またこんこんと温泉が湧き出た、と。

 水の流れが人の流れを変え、集落を形成する場所を決める。

「今見ている地形とは、景色が異なっているんだね」

 このコンクリートの木の柱が、どんな建造物だったか想像もつかないように。今、目の前に広がる風景は、紀元前三千年もの彼方で彼らの見ていた景色とは同じじゃない。だけど。それなのに……。

 何なんだろう? 何かが解り掛けているのに。

 遮るものなど何もない平原を、風が自由に駆け回る。小さな子どものように、無邪気に。屈託なく。
 でもその当たりは、街中で感じるものよりも余程冷たく、痛いほどで、僕は頬を両手の平で覆って擦り温める。


 ケルトの女王ブーディカの塚で行った儀式を、ストーンヘンジに再現して見せてくれと言うコリーヌ。
 古墳、遺跡、夏至、が共通項に見えるかもしれないけれど、この地の遺跡は、ケルトよりも更に古代に遡ると言うのに。パワースポットと呼ばれる場所なら、猫も杓子もない。一緒くただ。

 彼女の思考回路はいったいどうなっているのだろう? 


「この環の中央には、身体を屈めた子供が埋葬されていたの。神に捧げられた生贄のね」
 
 ショーンの話を黙って聴いていたのにも関わらず、コリーヌは人差し指を、環の中央に差し示す。

「遺体が発掘されているのよ。その後のロンドンでの調査中に、大空襲でその遺体は失われてしまったの」


 彼女はどうしたって、頑なに思い込んでいる召喚の儀式には、「奉納の生贄」が必要だと思っているらしい。

 生贄を捧げる古代人の宗教観なんて、僕には解らない。そして、その悪しき習慣を嬉々として語るコリーヌは、更に輪をかけて、僕には理解できない存在でしかなかった。








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