129 / 193
Ⅲ.春の足音
125 旅43 ストーンヘンジ1
しおりを挟む
今回、ショーンにこの旅に誘われるまで、僕は古代遺跡や、廃墟と化した文化史跡に興味を持つことなどなかった。あまり歴史や物語にロマンを汲み取れるだけの情緒を持ち合わせていなかった、と言うべきか。
だが、こうして雄大な自然の中に残る人類の足跡とも言える遺跡を実際に巡ると、その悠久の時の中に脈打つ人間の息吹や、連綿と続く生死の環を見守り続ける自然の大いなる視線を、強く意識し感銘を受けずにはいられなかった。
だから、僕は僕にこんな経験をくれた、コリーヌとミシェルに感謝している。僕はレイラインという言葉すら知らなかったのだから。
恩知らず! 彼らが知りたいということを教えてあげればいいじゃないか、と僕の心が呟く。
だから、それは不可能なんだって! と、今度は僕の頭が反論する。
冷めてしまったコーヒーを、ふと思い出して手を伸ばし、こくりと飲み干してから深く息を継いだ。朝食を掻き込み、お腹を満たして少し冷静になった気がする。
「どう言えば解ってくれるんだろう? 言い渋っているんじゃないんだ。本当に、僕では再現するのは無理なんだよ。だいたい、ハムステッド・ヒースでさえ大火事になり掛けた危険な儀式を、世界遺産のストーンヘンジ内で再現なんて、絶対に無理だよ」
ショーンは、その通り、とばかりに力強く頷いた。
「大丈夫だよ。そんな真面目に考えなくてもなんとかなるからさ。まぁ、あれだ。あいつらには世話になったしな。できるだけの誠意は見せる、そんなフリだけしとけばいいさ」
ショーン……。
彼もまた僕以上に怒っていることに、たった今気づいて、僕は一瞬息を呑んでいた。
こんな険のある眼つき、苦々し気な口調。
彼は、口は悪くても本気で怒ったりはしない。僕はショーンのことをそんなふうに思っていた。今みたいに露骨に感情を表に出す彼は、初めてなんじゃないだろうか……。てっきりコリーヌの味方だとばかり思っていたのに。別れた彼女の時でさえ、悪し様に口にしても、それは嘘だと思える優しさと一体だったのに。
学問に対しては凄く真摯な彼が、「どうせ解らないのだから騙せ」なんてことを言うこと自体がもう、その胸の内が煮えたぎっていることを物語っていたんだ。
「でも、」
あくまで言い淀む僕に、彼はにっと意地悪そうな笑みを浮かべて立ち上がる。
「もう俺に任せておけよ。これでも責任を感じてるんだ。俺がきみの事情も考えずに安易に喋っちまって、あいつをつけ上がらせたのもあるからな」
テーブル越しに、ぽんと僕の肩に手を置いた。
「向こうがあくまでもきみにこんな無礼な態度を取るんなら、こっちだってせいぜい、あいつらを利用してやればいいさ」
声を低めて囁かれたのは、こんな言葉で。
「さぁ」
頭を起こした彼は、笑ってウインクして出口に向かって顎をしゃくる。
僕は困惑したまま、仕方なく彼の後に続いた。
日没時間に合わせて、ストーンヘンジを訪れることになった。時間潰しも兼ねて、周辺の遺跡を見て回る。
車中で、ショーンが説明をしてくれた。
まずはオールド・セーラム。旧ソールズベリーの中心地と言える、堀と塀に囲まれた王宮や、大聖堂跡の残る史跡だそうだ。今は崩れた城壁が僅かに残るのみだと言う。
平気な顔で会話するショーンとコリーヌを尻目に、僕は夕暮れまでにどうコリーヌを納得させるかを、目まぐるしく思案する。
オールド・セーラムについてからも、殆ど上の空。細かな石積みの城壁の残る、今は緑の中に静かに眠る夢の跡をそぞろ歩きながら、とめどなく流れる思考の、どれを摘まみ上げるかばかりに気を取られていた。
頭上に落ちて来そうな、灰色の空に問い掛けた。
騒がしい風に、あの雲を払って、成すべきことを教えてくれと頼んでみる。
……決めるのは、あなた。
そんなふうに、笑いながらつむじ風は僕の髪を掻き散らして行った。
だが、こうして雄大な自然の中に残る人類の足跡とも言える遺跡を実際に巡ると、その悠久の時の中に脈打つ人間の息吹や、連綿と続く生死の環を見守り続ける自然の大いなる視線を、強く意識し感銘を受けずにはいられなかった。
だから、僕は僕にこんな経験をくれた、コリーヌとミシェルに感謝している。僕はレイラインという言葉すら知らなかったのだから。
恩知らず! 彼らが知りたいということを教えてあげればいいじゃないか、と僕の心が呟く。
だから、それは不可能なんだって! と、今度は僕の頭が反論する。
冷めてしまったコーヒーを、ふと思い出して手を伸ばし、こくりと飲み干してから深く息を継いだ。朝食を掻き込み、お腹を満たして少し冷静になった気がする。
「どう言えば解ってくれるんだろう? 言い渋っているんじゃないんだ。本当に、僕では再現するのは無理なんだよ。だいたい、ハムステッド・ヒースでさえ大火事になり掛けた危険な儀式を、世界遺産のストーンヘンジ内で再現なんて、絶対に無理だよ」
ショーンは、その通り、とばかりに力強く頷いた。
「大丈夫だよ。そんな真面目に考えなくてもなんとかなるからさ。まぁ、あれだ。あいつらには世話になったしな。できるだけの誠意は見せる、そんなフリだけしとけばいいさ」
ショーン……。
彼もまた僕以上に怒っていることに、たった今気づいて、僕は一瞬息を呑んでいた。
こんな険のある眼つき、苦々し気な口調。
彼は、口は悪くても本気で怒ったりはしない。僕はショーンのことをそんなふうに思っていた。今みたいに露骨に感情を表に出す彼は、初めてなんじゃないだろうか……。てっきりコリーヌの味方だとばかり思っていたのに。別れた彼女の時でさえ、悪し様に口にしても、それは嘘だと思える優しさと一体だったのに。
学問に対しては凄く真摯な彼が、「どうせ解らないのだから騙せ」なんてことを言うこと自体がもう、その胸の内が煮えたぎっていることを物語っていたんだ。
「でも、」
あくまで言い淀む僕に、彼はにっと意地悪そうな笑みを浮かべて立ち上がる。
「もう俺に任せておけよ。これでも責任を感じてるんだ。俺がきみの事情も考えずに安易に喋っちまって、あいつをつけ上がらせたのもあるからな」
テーブル越しに、ぽんと僕の肩に手を置いた。
「向こうがあくまでもきみにこんな無礼な態度を取るんなら、こっちだってせいぜい、あいつらを利用してやればいいさ」
声を低めて囁かれたのは、こんな言葉で。
「さぁ」
頭を起こした彼は、笑ってウインクして出口に向かって顎をしゃくる。
僕は困惑したまま、仕方なく彼の後に続いた。
日没時間に合わせて、ストーンヘンジを訪れることになった。時間潰しも兼ねて、周辺の遺跡を見て回る。
車中で、ショーンが説明をしてくれた。
まずはオールド・セーラム。旧ソールズベリーの中心地と言える、堀と塀に囲まれた王宮や、大聖堂跡の残る史跡だそうだ。今は崩れた城壁が僅かに残るのみだと言う。
平気な顔で会話するショーンとコリーヌを尻目に、僕は夕暮れまでにどうコリーヌを納得させるかを、目まぐるしく思案する。
オールド・セーラムについてからも、殆ど上の空。細かな石積みの城壁の残る、今は緑の中に静かに眠る夢の跡をそぞろ歩きながら、とめどなく流れる思考の、どれを摘まみ上げるかばかりに気を取られていた。
頭上に落ちて来そうな、灰色の空に問い掛けた。
騒がしい風に、あの雲を払って、成すべきことを教えてくれと頼んでみる。
……決めるのは、あなた。
そんなふうに、笑いながらつむじ風は僕の髪を掻き散らして行った。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
胡桃の中の蜃気楼
萩尾雅縁
経済・企業
義務と規律に縛られ生きて来た英国貴族嫡男ヘンリーと、日本人留学生・飛鳥。全寮制パブリックスクールで出会ったこの類まれなる才能を持つ二人の出逢いが、徐々に世界を揺り動かしていく。青年企業家としての道を歩み始めるヘンリーの熾烈な戦いが今、始まる。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる