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Ⅲ.春の足音
121 旅39 巨石群
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見渡す限り緑の広がる牧草地に、ぽつりぽつりと生える灌木。その中に、戸惑うように立ち尽くす規則性のある巨石群。それが、ボドミンムーアのハーラーズ・ストーンサークルだ。
「遊びに興じすぎて石に変えられた人々だなんて、言い得て妙だと思わないか?」
ショーンはこんな広大な遺跡を目の当たりにしていることが、嬉しくて仕方がないように声を弾ませる。教会跡を訪れている時よりも、こういう太古の遺跡を見ている時の方が、彼は生き生きしている。
吹きさらしの荒野を徒歩で、点在する奇石群を見て回る。コリーヌたちとは集合場所を決めて別行動にした。賑やかに喋るショーンと並んで歩きながら、僕は終始無言だった。
頬を撫で、揶揄うように通り過ぎる風の囁きにすら耳を塞ぎ、俯いて歩いていた。ろくに返事もしない僕に呆れたのか、いつの間にかショーンも喋るのを止めていた。
唸るような風音に混じる、微かにピリピリと流れる電流のような、薄霞のような感触を掴み取ろうと、僕は必死だった。
一歩、一歩踏み締める柔らかな大地の感触に意識を集中させ、地中深くを蠢く緩やかな焔の流れを、全身の神経を傍立てて見失うまいと追っていた。
ストーンサークル。錫の採石所跡、支石墓……。
「この形は世界共通だね」
トレセヴィ・クオイト、高さ四、五メートルはありそうな支石墓の、巨大な支柱石の上に渡された平たい天井石を見上げ、ふと呟いた。
「日本の遺跡にもあるよ」
ずっと黙りこくっていてやっと口をきいたのに、ショーンは特に機嫌を損ねた様子もなく、応えてくれた。
「そうだな。巨石文化は世界中にある。墓なのか、祭祀場なのか、信仰は違うはずなのに、同じ形態として残るってのはどうしてなんだろうな」
「選択肢の少ない段階での思考形態は、似たようなものになりがちなんじゃないかな」
支柱石にもたれかかるショーンの横で、ひんやりとした岩肌に手のひらを当てる。
「日本ではこんな石のことを、磐座って言うんだ。神の座する岩って意味だよ」
「きみの国も、このドルメンも、選択肢の少ない古代人の思考の結果ってことかい?」
「巨大なもの、堅固なもの。日々の生活の全てが自然の気まぐれに翻弄される太古のアニミズムの中で、盤石なるものが信仰の対象となるのは不思議じゃないと思う」
「大きなものにひれ伏すのは、選択肢の充分にある現代でも同じだな」
ショーンはニヤリと笑い、首をすくめる。
「こうして、風除けにしてしまうところとかね」
僕も彼の横に並んで、岩石に背中を預ける。
「こうしてると安心する。きっと、古代人はもっと敬虔な想いで、このドルメンに接していただろうにな。罰が当たるかな」
言葉とは裏腹に、ショーンはのんびりと動かない。
「罪と罰の概念を作ったのは一神教だろ? アニミズムの神たる自然は、もっと懐が深いから平気だよ」
「アニミズムだって、厳しい禁忌はあるだろ?」
「禁忌と罪は違うよ。精霊が決めた訳じゃない。人間の方が自然の働きを見て、自分たちを守るために、それを禁忌と定めたんだ。エデンの林檎を食べることは罪だ、って決めたきみたちの神とは違う」
ショーンは声を立てて笑った。
「林檎を食べてくれた人類の母に感謝するよ!」
ショーンはいい奴だ。彼といると僕は僕でいられるような気がする。
英語が喋れない訳じゃなかった。幼稚園の頃から英会話は習っていたもの。だけど、こんなことを言ったら嫌われる、変に思われる、そんなことばかり気にしてしまい、ずっと上手く言葉が出て来なかった。でもショーンは、僕が思いつくまま、好き勝手なことを喋っても気にしない。さっきみたいに、自分のことに没頭してしまって、喋らなくなっても怒らない。
……アルビーは? アルビーなら、どうだろう? スティーブは、僕に気を遣って、こんな話題にでも嫌な顔もせずに付き合ってくれていたけれど、アルビーはまるで興味なさそうだった。
アルビーは、僕を知らない。僕も、彼を余りにも知らない。そして僕は、僕のことを彼に知られることが、怖い、と思っている……。アルビーは僕を不安にさせる。アルビーを怖いと思うのは、彼に触れられ、熔かされた今でも変わらない。
「遊びに興じすぎて石に変えられた人々だなんて、言い得て妙だと思わないか?」
ショーンはこんな広大な遺跡を目の当たりにしていることが、嬉しくて仕方がないように声を弾ませる。教会跡を訪れている時よりも、こういう太古の遺跡を見ている時の方が、彼は生き生きしている。
吹きさらしの荒野を徒歩で、点在する奇石群を見て回る。コリーヌたちとは集合場所を決めて別行動にした。賑やかに喋るショーンと並んで歩きながら、僕は終始無言だった。
頬を撫で、揶揄うように通り過ぎる風の囁きにすら耳を塞ぎ、俯いて歩いていた。ろくに返事もしない僕に呆れたのか、いつの間にかショーンも喋るのを止めていた。
唸るような風音に混じる、微かにピリピリと流れる電流のような、薄霞のような感触を掴み取ろうと、僕は必死だった。
一歩、一歩踏み締める柔らかな大地の感触に意識を集中させ、地中深くを蠢く緩やかな焔の流れを、全身の神経を傍立てて見失うまいと追っていた。
ストーンサークル。錫の採石所跡、支石墓……。
「この形は世界共通だね」
トレセヴィ・クオイト、高さ四、五メートルはありそうな支石墓の、巨大な支柱石の上に渡された平たい天井石を見上げ、ふと呟いた。
「日本の遺跡にもあるよ」
ずっと黙りこくっていてやっと口をきいたのに、ショーンは特に機嫌を損ねた様子もなく、応えてくれた。
「そうだな。巨石文化は世界中にある。墓なのか、祭祀場なのか、信仰は違うはずなのに、同じ形態として残るってのはどうしてなんだろうな」
「選択肢の少ない段階での思考形態は、似たようなものになりがちなんじゃないかな」
支柱石にもたれかかるショーンの横で、ひんやりとした岩肌に手のひらを当てる。
「日本ではこんな石のことを、磐座って言うんだ。神の座する岩って意味だよ」
「きみの国も、このドルメンも、選択肢の少ない古代人の思考の結果ってことかい?」
「巨大なもの、堅固なもの。日々の生活の全てが自然の気まぐれに翻弄される太古のアニミズムの中で、盤石なるものが信仰の対象となるのは不思議じゃないと思う」
「大きなものにひれ伏すのは、選択肢の充分にある現代でも同じだな」
ショーンはニヤリと笑い、首をすくめる。
「こうして、風除けにしてしまうところとかね」
僕も彼の横に並んで、岩石に背中を預ける。
「こうしてると安心する。きっと、古代人はもっと敬虔な想いで、このドルメンに接していただろうにな。罰が当たるかな」
言葉とは裏腹に、ショーンはのんびりと動かない。
「罪と罰の概念を作ったのは一神教だろ? アニミズムの神たる自然は、もっと懐が深いから平気だよ」
「アニミズムだって、厳しい禁忌はあるだろ?」
「禁忌と罪は違うよ。精霊が決めた訳じゃない。人間の方が自然の働きを見て、自分たちを守るために、それを禁忌と定めたんだ。エデンの林檎を食べることは罪だ、って決めたきみたちの神とは違う」
ショーンは声を立てて笑った。
「林檎を食べてくれた人類の母に感謝するよ!」
ショーンはいい奴だ。彼といると僕は僕でいられるような気がする。
英語が喋れない訳じゃなかった。幼稚園の頃から英会話は習っていたもの。だけど、こんなことを言ったら嫌われる、変に思われる、そんなことばかり気にしてしまい、ずっと上手く言葉が出て来なかった。でもショーンは、僕が思いつくまま、好き勝手なことを喋っても気にしない。さっきみたいに、自分のことに没頭してしまって、喋らなくなっても怒らない。
……アルビーは? アルビーなら、どうだろう? スティーブは、僕に気を遣って、こんな話題にでも嫌な顔もせずに付き合ってくれていたけれど、アルビーはまるで興味なさそうだった。
アルビーは、僕を知らない。僕も、彼を余りにも知らない。そして僕は、僕のことを彼に知られることが、怖い、と思っている……。アルビーは僕を不安にさせる。アルビーを怖いと思うのは、彼に触れられ、熔かされた今でも変わらない。
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