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Ⅲ.春の足音
118 旅36 贅沢な夜2
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ショーンがシャワーを浴びている間に、アルビーにメールする。
明日の夜にはもうソールズベリーへ戻り、コリーヌたちともお別れだ。そこで二泊して、初めに予定していたエイズベリーと、ストーンヘンジへ行って、ロンドンに戻る。
――きみに逢いたい。きみを抱き締めて「ただいま」って言いたい。離れてたって、僕はずっときみでいっぱいだった。でもやっぱりきみに触れて、きみの輪郭をこの手で確かめたい。今、一番にそうしたい。
なんて打ってみても、送信ボタンを押す勇気はないけれど。
「コウ」
浴室から出て来たショーンは、ずいぶんな渋面だ。頑張っては見たけれど……、って顔。それに多分、僕の反応も気に入らないんだろうな。
「似合ってるよ」
チェシャ猫のようなニヤニヤ笑いをなんとかしようと、両手のひらで頬を押さえた。ショーンの奴、憮然としたため息をつき、恨みがましく僕を見ている。
くるんくるんのショーンの天然パーマが、スタイリング剤でもどうにもならないのは、僕のせいじゃないからね!
「行くか」
ショーンはちらりと壁の大きな鏡に眼をやり、ジャケットを羽織る。僕も「うん!」と頷いて、慌ててメールを送信して立ち上がった。
建物の裏手の行き届いた庭園をそぞろ歩いた。ちょうど夕暮れ時で、広々とした芝生に、金色の斜光が柔らかく包み込むように広がっていて、とても美しい。
「それにしても広いな」
ぐるりと一周して苦笑いする。せっかく髪を整えてきたのに、風でもうぐちゃぐちゃだ。ショーンは平気みたいだけれど、四月初めのこの時期は、日が傾くとまだまだ冷える。少し早足で、別棟の背後に広がる鬱蒼と茂る林の中へと分け入った。
木立の奥、どんつきらしい石造りの壁に突き当たる。かなり古そうだ。壁の上部にアーチ型の窓がある。屋根のないちいさな礼拝堂みたいだ。ここも遺跡なのだろうか? 数段の階段を上った箇所にある建物の入り口は、鉄柵で塞がれている。
いつの間にか、ホテルの敷地内から出てしまっていたのだろうか?
ぽつんと取り残されたように、雨ざらしで僅かに苔むしたベンチが置かれている。ショーンは気にせずそこに腰掛けた。
湿った土と緑の香りが満ち満ちている。
石塀に絡み付き、重くしなる葉を茂らせる蔦。太い樹々の陰る足元には、まだ開ききっていない細いシダが勢い良く伸びる。名も知らぬ雑草が小さな花をつけている。その陰にひっそりと置かれた平板状の石碑。そしてベンチと向かい合う、生い茂る草に守られるように立つ十字架を、茜色の木漏れ日が照らしている。
ここは、おそらく墓地なのだろう。
しめやかに色づいた空気に包まれた安寧の場所。
ショーンは黙ったまま、風雨にさらされ一部黒ずんでしまっている十字架を、じっと眺めていた。
僕は、ただ目を伏せてその場に立ち尽くしていた。彼に言葉を掛けることもできずに。
しばらくして、ショーンは音もなく立ち上がった。
「腹減ったな」
いつものように、笑っている。
彼は僕の肩を組んで、のんびりと歩き出した。「腹減った」様子にはとても見えない静かな瞳に、笑みを湛えて。
「ここのレストランの食材はな、全部地元で調達しているのがウリなんだ。ほら、あの辺でもーもー言っていた牛をさばいてな、今夜のテーブルに載せてるってわけさ。新鮮そのものだろ!」
林を抜けた駐車場の向こう側には、広大な牧場が広がっている。思わず目を剥いた僕を見て、ショーンはニヤリと笑っている。
「嘘だろ! そんなことを知ったら、きっとコリーヌがへそ曲げるよ!」
「内緒にしとこうぜ。食ってる最中にケチつけられるのはかなわないしな」
クスクス笑っているなんて。ひとが悪いよ。
こんな事を教えられると僕だって嫌だってことくらい、知っているくせに。理屈はどうだって、ここコーンウォールの地は、とにかく牛だの、羊だのがそこら中にいて。遺跡の横で草を食んだりしているのだから。
やっぱり直に目にしていると、可愛いんだもの……。
新鮮なのは、搾りたてのミルクで作ったクロテッド・クリームくらいでいいのに。そう思わずにはいられないよ。
明日の夜にはもうソールズベリーへ戻り、コリーヌたちともお別れだ。そこで二泊して、初めに予定していたエイズベリーと、ストーンヘンジへ行って、ロンドンに戻る。
――きみに逢いたい。きみを抱き締めて「ただいま」って言いたい。離れてたって、僕はずっときみでいっぱいだった。でもやっぱりきみに触れて、きみの輪郭をこの手で確かめたい。今、一番にそうしたい。
なんて打ってみても、送信ボタンを押す勇気はないけれど。
「コウ」
浴室から出て来たショーンは、ずいぶんな渋面だ。頑張っては見たけれど……、って顔。それに多分、僕の反応も気に入らないんだろうな。
「似合ってるよ」
チェシャ猫のようなニヤニヤ笑いをなんとかしようと、両手のひらで頬を押さえた。ショーンの奴、憮然としたため息をつき、恨みがましく僕を見ている。
くるんくるんのショーンの天然パーマが、スタイリング剤でもどうにもならないのは、僕のせいじゃないからね!
「行くか」
ショーンはちらりと壁の大きな鏡に眼をやり、ジャケットを羽織る。僕も「うん!」と頷いて、慌ててメールを送信して立ち上がった。
建物の裏手の行き届いた庭園をそぞろ歩いた。ちょうど夕暮れ時で、広々とした芝生に、金色の斜光が柔らかく包み込むように広がっていて、とても美しい。
「それにしても広いな」
ぐるりと一周して苦笑いする。せっかく髪を整えてきたのに、風でもうぐちゃぐちゃだ。ショーンは平気みたいだけれど、四月初めのこの時期は、日が傾くとまだまだ冷える。少し早足で、別棟の背後に広がる鬱蒼と茂る林の中へと分け入った。
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いつの間にか、ホテルの敷地内から出てしまっていたのだろうか?
ぽつんと取り残されたように、雨ざらしで僅かに苔むしたベンチが置かれている。ショーンは気にせずそこに腰掛けた。
湿った土と緑の香りが満ち満ちている。
石塀に絡み付き、重くしなる葉を茂らせる蔦。太い樹々の陰る足元には、まだ開ききっていない細いシダが勢い良く伸びる。名も知らぬ雑草が小さな花をつけている。その陰にひっそりと置かれた平板状の石碑。そしてベンチと向かい合う、生い茂る草に守られるように立つ十字架を、茜色の木漏れ日が照らしている。
ここは、おそらく墓地なのだろう。
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ショーンは黙ったまま、風雨にさらされ一部黒ずんでしまっている十字架を、じっと眺めていた。
僕は、ただ目を伏せてその場に立ち尽くしていた。彼に言葉を掛けることもできずに。
しばらくして、ショーンは音もなく立ち上がった。
「腹減ったな」
いつものように、笑っている。
彼は僕の肩を組んで、のんびりと歩き出した。「腹減った」様子にはとても見えない静かな瞳に、笑みを湛えて。
「ここのレストランの食材はな、全部地元で調達しているのがウリなんだ。ほら、あの辺でもーもー言っていた牛をさばいてな、今夜のテーブルに載せてるってわけさ。新鮮そのものだろ!」
林を抜けた駐車場の向こう側には、広大な牧場が広がっている。思わず目を剥いた僕を見て、ショーンはニヤリと笑っている。
「嘘だろ! そんなことを知ったら、きっとコリーヌがへそ曲げるよ!」
「内緒にしとこうぜ。食ってる最中にケチつけられるのはかなわないしな」
クスクス笑っているなんて。ひとが悪いよ。
こんな事を教えられると僕だって嫌だってことくらい、知っているくせに。理屈はどうだって、ここコーンウォールの地は、とにかく牛だの、羊だのがそこら中にいて。遺跡の横で草を食んだりしているのだから。
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