霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

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Ⅲ.春の足音

112 旅30 始まりの島1

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 頭が重い。腫れぼったい瞼を持ち上げると、心配そうなショーンの瞳と目があった。
「気分は?」
「北欧神話のトール神が、頭の中で思う存分金槌ミョルニルを振るって暴れてる」
 眉をしかめてそう告げると、彼はくしゃっと笑ってペットボトルの水をくれた。
「二日酔いの薬を買ってきたんだ。とりあえず、飲んでおけよ」

 言われるままに半身を起こした。まずは薬を流し込み、次いで水も一気に飲み切った。ふぅー、と思い切り息を吐く。

「二日酔い? 覚えてないんだ。すぐ寝ちゃったし。ワインをちょっと飲んだだけだろ? 僕、酔ってた?」
「きみは、やっぱり酒は駄目なんだな。あれだけのワインでぐったりしていたし、ここに戻ってからさすがに心配になって、薬局に薬を買いに走ったんだぜ」

 ショーンと僕、同時にため息がついて出る。

「それなのにあいつら、きみにカクテルまで飲ませているし……。心配したんだぞ」
「カクテル?」
「瓶入りのアイスティー、飲んだだろ?」
「多分」
「あれはウォッカ入りのカクテルだよ」
 と、ショーンは壁際に転がしたままの空き瓶を指差した。
「全然判らなかった」
「味で判るだろ、普通」
 
 僕は馬鹿か。コーヒー牛乳の次は紅茶だなんて。冗談だろ?

 ショーンに呆れられたところで、ぐうの音も出ない。

「アルビーが心配する訳だ。いや、俺も悪いんだけどさ。……朝食、食べるかい?」
「うん」

 コリーヌたちはもう食堂に行っているという。僕はシャワーを浴びたいから、と告げ、ショーンには先に行ってもらった。

 頭を冷やさなければ。酔っ払って前後不覚だなんて、アルビーに知られたら何を言われるか判ったもんじゃない。きっとショーン以上に呆れられて怒られる。


 食堂に行くと、コリーヌがすぐに気づいて溌剌とした視線を向け、手を振って合図してくれた。元気だな、この三人は。
 ショーンのくれた薬のお陰か、朝食は普通に食べられた。ビュッフェ式だったので、クロワッサンにコーヒーと、自分で食べられそうなものを選べたのも良かった。ショーンは、「もっとしっかり食べろ、元が取れない」と顔をしかめていたけれど。

 朝食を終えたらチェックアウト。セント・マイケルズ・マウントに向かう。気怠さは残っているけれど、大丈夫。



 海岸に着いた頃は、島への道は波の下に呑まれ完全に海没していたので、行きは渡し舟に乗った。
 潮風が心地よい。
「ティンタジェルよりも風も、波も穏やかだね」
「天気もいいしな」

 降り立った島の風景も、観光地という感じもなくて穏やかな自然に包まれている。
「今日も上って、下ってだぞ」
 小高い山の頂上にある聖ミカエル修道院を見上げ、次いでショーンと顔を見合わせ苦笑する。


 途中、目的の修道院とは別の小さな教会の門前で立ち止まった。石造りの門壁の中央扉の上に、聖ミカエルの彫像があったからだ。その足元にドラゴンが組み敷かれている。

火蜥蜴サラマンダー火を吐く龍ファイヤー・ドレイクと同一視され、ミカエルに制圧されたのよ」
 コリーヌが僕の横に来て、同じように像を見上げた。
「そして、四大精霊は四大天使と象徴的に結びついて同化されたんだ。ミカエルは火の元素と対応する。そうだろ?」

 彼女に顔を向けることなく、そのまま歩き出した。ちょっとだけ腹立たしかったのもあるかもしれない。薬で頭痛は治まったとは言え、このどんよりとして、スッキリしない体調は明らかに二日酔いだもの。いくら自分たちが平気だからって、僕までばかすか飲ます必要なんてないじゃないか。

 せっかくこんな遠くまで来たって、いうのに。
 西の果ての、セント・ミカエル・レイライン、始まりの地にまで。

 



 

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