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Ⅲ.春の足音
108 旅26 魔女3
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嘘をついちゃいけない理由は、言葉そのものに力があるからだ。言葉によって歪められた事象が、新たに形成された偽りの言葉に沿って、この現実を捻じ曲げる。
僕は今、自分の浅はかさのもたらした結果をつくづくと噛みしめている。
アルビーはショーンに、いったいどんなふうに儀式の話をしたのだろう? そしてその話をコリーヌに伝えたショーンは? まるで伝言ゲームじゃないか。この話題が上がる度に、真実からは遠ざかる。
覆水盆に返らず、だ。
移動中の車内で、僕は問われるままに記憶にある『クラビクラ・サロモニス』の内容をかい摘んで語った。この本の中に、僕たちの行った儀式はない。それが真実。ショーンには、一番それっぽく聞こえ、納得できるような本の題名を挙げたに過ぎないのだから。
「ギリシア語の呪文はとても覚えられなかったし、意味も僕には教えて貰えなかった。悪いけれど、これ以上きみの好奇心を満たしてあげるのは無理だよ」
僕と話したいからと、わざわざショーンと入れ替わって隣に座る、コリーヌのしつこさに辟易しながらも、身から出た錆だと思ってこれでも我慢して応えたんだ。
さすがに彼女も儀式の再現が無理なのは、理解してくれたらしい。ところが今度はその矛先が、儀式の場にいた僕の友人に向かってしまった。
彼のことをしつこく聞かれた。ギリシア語が読めるのか、とか、その人となりは。今はどうしているのか。紹介して欲しい……。
図々しいを通り越して、彼女のバイタリティーと飽くなき好奇心には恐れ入る。
「その指輪を触るのはあなたの癖なのかしら? 火蜥蜴の守護を乞うための護符なんでしょ?」
無造作に伸びてきた彼女の手を、とっさに払いのけていた。何か言いたそうに開かれた彼女の顔から、露骨に視線を逸らして窓から流れる景色に移した。
延々と続く丘陵を車は走り続ける。逃げ場のない密室で、コリーヌは僕の膝にその長い指を這わせてきた。
「ミシェル、停めて。吐きそうだ」
僕は口を押さえて俯いた。やがて道の端に寄せられて停まった車を降り、うずくまって何度も肩で息を吸い込んだ。吐くことはなかった。ショーンが心配して僕の背中を擦ってくれている。
「平気か?」
「助手席と席を変わってくれる?」
「俺が後ろに行く」
呼吸を整えて車内に戻った残りの道程は、ショーンが肩を貸してくれ僕はじっと目を瞑っていた。
彼のことに触れられるのは嫌なのだ。アルビーの指輪に触れられるのも嫌だ。嫌だと思うことは、いけないことなのだろうか? 誰もが玉ねぎの皮でも剥くように、僕を包んでいる薄皮を一枚一枚剥がそうとする。
僕がこうして隠し事ばかりするから、彼らの好奇心を焚きつけてしまうのだと、解っている。彼らは僕の中に見え隠れする恐怖の香りに惹きつけられるのだ。恐れは心を震わせるとても甘美な香りがするから。そうして魅了し引き摺り込む。悪魔の誘惑の如く。
「ショーン、ごめん。あの儀式の失敗は、僕にとって今でも、もの凄く大きなトラウマなんだ」
もたれかかったまま、小声で告げた。
「僕は火が怖いんだよ。本当に、死にかかったんだ」
粗く、浅い呼吸に振動する僕の肩を、ショーンがぎゅっとその腕に力を込め、抱き締めてくれた。目を瞑っていると瞼裏に浮かび上がってくる記憶から逃げるように、僕は虚ろに視線を漂わす。
こうして積み重なっていく嘘の代償は? 今の僕の嘘が過去を歪めて、道を迷わせてしまったのだろうか?
狂いに狂った道なき道を、僕たちは進んでいる。
僕は今、自分の浅はかさのもたらした結果をつくづくと噛みしめている。
アルビーはショーンに、いったいどんなふうに儀式の話をしたのだろう? そしてその話をコリーヌに伝えたショーンは? まるで伝言ゲームじゃないか。この話題が上がる度に、真実からは遠ざかる。
覆水盆に返らず、だ。
移動中の車内で、僕は問われるままに記憶にある『クラビクラ・サロモニス』の内容をかい摘んで語った。この本の中に、僕たちの行った儀式はない。それが真実。ショーンには、一番それっぽく聞こえ、納得できるような本の題名を挙げたに過ぎないのだから。
「ギリシア語の呪文はとても覚えられなかったし、意味も僕には教えて貰えなかった。悪いけれど、これ以上きみの好奇心を満たしてあげるのは無理だよ」
僕と話したいからと、わざわざショーンと入れ替わって隣に座る、コリーヌのしつこさに辟易しながらも、身から出た錆だと思ってこれでも我慢して応えたんだ。
さすがに彼女も儀式の再現が無理なのは、理解してくれたらしい。ところが今度はその矛先が、儀式の場にいた僕の友人に向かってしまった。
彼のことをしつこく聞かれた。ギリシア語が読めるのか、とか、その人となりは。今はどうしているのか。紹介して欲しい……。
図々しいを通り越して、彼女のバイタリティーと飽くなき好奇心には恐れ入る。
「その指輪を触るのはあなたの癖なのかしら? 火蜥蜴の守護を乞うための護符なんでしょ?」
無造作に伸びてきた彼女の手を、とっさに払いのけていた。何か言いたそうに開かれた彼女の顔から、露骨に視線を逸らして窓から流れる景色に移した。
延々と続く丘陵を車は走り続ける。逃げ場のない密室で、コリーヌは僕の膝にその長い指を這わせてきた。
「ミシェル、停めて。吐きそうだ」
僕は口を押さえて俯いた。やがて道の端に寄せられて停まった車を降り、うずくまって何度も肩で息を吸い込んだ。吐くことはなかった。ショーンが心配して僕の背中を擦ってくれている。
「平気か?」
「助手席と席を変わってくれる?」
「俺が後ろに行く」
呼吸を整えて車内に戻った残りの道程は、ショーンが肩を貸してくれ僕はじっと目を瞑っていた。
彼のことに触れられるのは嫌なのだ。アルビーの指輪に触れられるのも嫌だ。嫌だと思うことは、いけないことなのだろうか? 誰もが玉ねぎの皮でも剥くように、僕を包んでいる薄皮を一枚一枚剥がそうとする。
僕がこうして隠し事ばかりするから、彼らの好奇心を焚きつけてしまうのだと、解っている。彼らは僕の中に見え隠れする恐怖の香りに惹きつけられるのだ。恐れは心を震わせるとても甘美な香りがするから。そうして魅了し引き摺り込む。悪魔の誘惑の如く。
「ショーン、ごめん。あの儀式の失敗は、僕にとって今でも、もの凄く大きなトラウマなんだ」
もたれかかったまま、小声で告げた。
「僕は火が怖いんだよ。本当に、死にかかったんだ」
粗く、浅い呼吸に振動する僕の肩を、ショーンがぎゅっとその腕に力を込め、抱き締めてくれた。目を瞑っていると瞼裏に浮かび上がってくる記憶から逃げるように、僕は虚ろに視線を漂わす。
こうして積み重なっていく嘘の代償は? 今の僕の嘘が過去を歪めて、道を迷わせてしまったのだろうか?
狂いに狂った道なき道を、僕たちは進んでいる。
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