霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

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Ⅲ.春の足音

102 旅20 夜2

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 自分にとっては当たり前のことが、少数派であり、マイノリティの意見として認識されると解っていて、それを口にできるほど、僕は強い人間じゃない。

 ショーンが変なのか、彼を変だと思う僕が変なのか、正しいのはどちらなのか、そんなふうに考えることがもう変なのだ。
 僕がその質問を口にすると、きっとバズはこう応えるだろう。
「それはきみの問題じゃないよ」

 つまるところ、それが正解。これはショーンと、コリーヌ、そしてミシェルの問題なのだ。僕が文句を言えるとしたら、未成年のバズを見張りに立たせるのは道徳的にいかがなものか? ということくらいだろう。

 アルビーのことにしても同じ。
 彼がクルージングすることに、どうして僕が文句を言える? 彼はいろんなリスクを承知の上でそうしているのだから。でも、僕の心配も理解してくれ、何の病気にも感染していない証明に、病院の診断書を見せてくれた。「コウがいるから、もうあそこへは行かない」と、僕を抱きしめてくれた。

 だから僕は受けとめなければいけないんだ。彼の性欲を。貪欲な快楽の追求を。彼を引きずり込み、呑み込もうとする、僕には決して教えてくれないどろりとした底なし沼のような、彼の不安を。
 その汚泥をマリーに見せないために、あの家に持ち込まないために、それを吐き出す場所が、相手が、アルビーには必要なのだから。

 ――あいつ、すごくイイんだろ?

 以前ショーンに言われた通り、アルビーはせめてもの優しさで、愛の代わりに快楽をくれる。誰にでも。それこそ平等に。

 そうして考えれば考えるほど、僕はバラバラになっていくんだ。アルビーのくれる快楽が、キスが、僕を切り刻んでいく。僕を粉々にし、捏ね直し、彼は僕を支配する。まるで中毒患者のように、甘美な鎖で僕は彼に繋がれる。


「僕は自分が恥ずかしいんだよ」
 惨めに微笑んで、そう呟いた僕をバズは不思議そうに見つめた。
「楽しみたいって感覚、僕には解らないんだ。重く考え過ぎ、って皆には言われる。それこそカトリックの処女かよ! って」
「そうなの? そんなふうには見えないけどな」
 テーブルに頬杖をついて、バズは目を細めて僕を見ている。
「恋人がいるんだろうな、ってひと目で判ったよ。すごく愛してくれる相手がいるんだろうな、って」
「そんなふうに言われたの、初めてだよ」
「だろうね。ちょっと言い難いよね。コウはちょっとした仕草がさ、すごくエロいんだもの。コリーヌも色っぽいけどさ、コウはキュートな上にエロティック」

 エロい……? 僕の頭の中身、だだ漏れだったってこと?

 恥ずかし過ぎて、テーブルに突っ伏してしまった。バズはやっぱりクスクス笑って、僕と同じように肘を横たえ頬をのせた。

「楽しんでいるからだよね。そんなふうに見えるのって。それなのに、ショーンとコリーヌは理解できない?」
「僕には、性と愛を切り離して考えることはできないよ。躰を重ねるって、相手に与えて、受け取って愛し合うことだと思うし、もっと知りたいって望むことだと思うもの。その、理解できない訳じゃないんだ。ショーンの言う、たくさんの人と付き合ってみて、その中から最高の生涯の伴侶パートナーを見つけたいって気持ちも……」

 前の彼女と別れた後、そんなふうに言っていた。本質的な価値観の合う相手を探しているんだって。どんなに相手に惹かれていても、違うって思ったらそこで冷めてしまうからって。でも、コリーヌがその誰かだと思ってこんな行為に及んだわけじゃないだろ? そこは、違うだろ? 

 なんだか混乱して、訳が判らなくなってきた。

「試してみない?」
「え?」
「僕と。コウの相手は、じゃなくて、なんだろ? 僕、最近自分の性的指向セクシュアリティが判らなくなってきてさ」
「同性同士でセックスできればゲイかもしれない、ってこと? そんな単純なものでもないと思うよ。そもそも性的指向って言葉の意味するところが理解できない。僕にとって彼は、他の誰とも比べようのない特別な一人だったんだ。その彼が望んだからそういう関係になった。僕の性的指向で選んだ訳じゃないよ」
「特別なだからセックスするってこと?」
「そうだよ。恋に落ちたんだ。性別なんて考えなかった。だから、」
「僕が相手じゃ嫌?」
「きみに魅力がないってことじゃないよ。僕にはその人しか考えられないんだ」
「残念」

 クスクスと笑うバズは、なんだか僕よりもずっと大人みたいだ。僕の方は、僕を見つめるバズの瞳を意識して、心臓がバクバクして仕方がなかったのに。
 僕はやはり何も解っていない「赤ちゃん」で、だからアルビーはあんなに心配だって言うのかな。そんな疑問が、ふと脳裏を過っていた。

 





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