霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

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Ⅲ.春の足音

98 旅16 電話

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「ごめん」
 謝るしかない。僕が悪いのだもの。
「ごめん、アルビー」
 彼の気が済むまで謝るしかない。アルビーがこんなに僕のことを心配してくれていたなんて、思ってもみなかったのだもの。

 僕が余りにも連絡を怠っていたから、ショーンの方へアルビーからの電話が入った。僕に電話するようにって。
 別に無視していた訳じゃないんだ。先延ばしにしていただけで……。その、後廻し、と言うのがアルビーにしてみれば気に喰わないのだ。「コウは僕が想っている半分も、僕のことを考えてくれていない」と、電話口で散々に拗ねられた。
 だから、さっきから謝っているじゃないか。

 ――謝って欲しいんじゃないよ。僕を、きみの心の片隅にでもいさせて欲しいだけなんだ。

「隅じゃなくて、真ん中にいるよ。いつだって」
 だから、後廻しになるんじゃないか。皆がいるところでメールしたり、電話したりなんてできないもの。今だって、僕一人バズの部屋に移って話しているんだ。アルビーと話している時の自分がどんな顔をしているか、想像するのさえ怖いのに。ショーンに変に思われるのは嫌だもの。せっかく、彼はアルビーに好意を持ってくれているんだ。以前みたいな、変な眼でアルビーを見て欲しくない。
 それに僕も。アルビーとのことが知られると、ショーンとの心地良い関係が変わってしまいそうで怖いんだ。

 僕はズルい。

 電話口でアルビーに「ごめん」を繰り返しながら、そんなことばかりを考えている。アルビーが好きなのに、誰にも知られたくないと思っている自分がいる。

 ノックの音に、これからはちゃんと毎日メールするから、と約束して慌てて電話を切った。


「ガールフレンド?」
 バズが揶揄うような瞳で僕を見ている。こういうところ、ショーンに似てるな。
「スマホにキスするような相手パートナーがいるんだね?」

 僕は知らない振りをして、「お帰り。お疲れ様」と笑顔を向けた。



 作日は一日バース市内を観光した。 日曜日だったからバズも一緒に行けて、丁度良かった。
 ローマ浴場跡ローマン・バスは、古代ローマ人の建設した温泉施設だ。古代から連綿と豊かな天然温泉が湧き出ている。古代ローマに支配される以前から、ケルトの聖地としてこの源泉は信仰の対象とされてきた。
 でも現在はこのお湯に浸かることはできない。水質に問題があるらしい。がっかりだ。
 日本のように温泉の街と言えば、温泉旅館が乱立していて、なんて言うのとはまるで違った。かつての高級保養地で、その名残りは随所にあるのだけれど……。

 温泉の街バースで湧き上がる湯を見るだけなんて、お預け喰った犬みたいな気分だ、と深くため息をついていると、ショーンが、「明日はゆっくりと温泉に浸かろうぜ」、と僕を驚かせてくれた。
 長い間閉鎖されていた温泉は、新しく別の源泉から湯を引いてモダンなスパ施設で利用できるようになったのだそうだ。すごく人気で土・日は酷く込み合うから、明日バズの講習が終わってから行こう、ってことになった。



「そろそろ行こうかって。水着を貸してあげるよ。持ってないだろ?」
 さすがにバズは慣れたもので。タオルやバスローブは借りられるから、持ち物は水着だけでいいらしい。

 コリーヌやミシェル、ショーンは元々予定に入れていたらしく、水着を持参していた。コリーヌはマッサージを受けるため、さっさと予約まで入れている。マッサージコースの概要を聞いて、僕もどうしようかとかなり迷った。身体がずっとバキバキしてるし、疲れが溜まっているのは確かだと思うから……。
 でも、他人に身体を触れられるのが嫌なのはもちろんあるのだけれど、それよりも、なんだかアルビーの感触を忘れてしまいそうな気がして。そんなことで心が揺らいで諦めた。

 せめてこの倦怠感が、温泉でほぐれてくれるといいけれど。

 
 




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