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Ⅲ.春の足音
96 旅14 ベジタリアン
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コリーヌが煩い。僕が馬鹿みたいに惰眠を貪っていた間、ショーンとコリーヌは僕をネタに、東洋のアニミズムと、ケルトのドルイドにおけるアニミズムの違いについて議論を闘わせていたらしい。ショーンの専門分野は、ケルト文化だけど、コリーヌの傾倒している思想は今一つ何がベースなのか判らない。ヨガをやっていると言っていたけれど、占星術の話もするし、ケルトにも詳しい。魔術系の知識も相当なものだと思う。
お風呂から戻って来た途端に、そのコリーヌに、なんだかよく分からない質問を吹っ掛けられた。
「ちょっと待って。さすがに何か食べないと頭が廻らないよ」
ため息交じりに告げると、バズがくっと噴き出した。
「パンがあるよ」
笑いながら、取り散らかったローテーブルの上の塊を指差している。
「皆はパンだけでいいの? ランチに何か作ろうか? もうこんな時間だし」
「あー、うん、そうだな」
ショーンは頷きながらも、歯切れが悪い。
「オニオンスープ、美味しかったわ」
コリーヌは、嬉しそうに瞳を輝かせている。そう言えば、ミシェルがいない。
「コリーヌはベジタリアン? ミシェルは?」
「そうよ。でも、卵と乳製品はOK。それから、彼は何でも食べるわよ。今は写真を撮りに出てるけど、もう帰って来るんじゃない?」
恋人と別行動なんだ……。彼の場合、仕事半分もあるのかな? そんな感じのことを言っていたような気がする。ネット記事を書いているとか、どうとか。
「ブイヨンも駄目なの?」
「野菜ブイヨンならいいけど」
あるのかな? と、バズに眼をやると、彼は笑って頷き立ち上がった。
「多分あると思うよ。よく遊びに来る父の友人もそうだから。彼が来る時はメニュー選びが大変だって母がボヤいてたもの」
シチューを作りながら、多分、食事中から始まることになるアニミズムに関する議論をシミュレートする。シチューの煮込みに三時間くらいかかればいいのだけれど、残念ながらここには最新家電の電気式圧力鍋がある。マリーの家にもあるのだ。ヒット家電ってやつ。すごく便利。使い方が判らなかったのを以前アンナに教えてもらった。多分、一時間もかからずに出来上がってしまう。
「ベーコンをどうするの?」
「後から足すんだよ。コリーヌの分だけ別に取り分けてさ。きみたち、野菜だけじゃ物足りないだろ?」
調理中もバズはいろんなことを訊いてくる。物珍しくて堪らないって感じで。外国人、とりわけ日本人が珍しいのかも知れない。
留学生ばかりの大学進学準備コースにいる時は、周りも世界中から集まった様々な国籍、人種の学生ばかりだから、余り自分が他人の興味を引く対象だって思うこともなかったけれど。なんだか、変な気分だ。僕の言動で、日本人はこういう人種、なんて変な印象を与えるんじゃないかと心配になってしまう。
今のところ、彼はとても好意的でほっとするけれど。それでも、身が引き締まる思いがする。
テーブルに着くと、案の定コリーヌが文句をつけてきた。皆のシチューにベーコンが入っていたから。
「ちゃんときみの分は別に作ったよ。きみのだけ、ベーコン無しの野菜ブイヨン」
「そうなの? わざわざ面倒なことしなくたって良かったのに」
自分に合わせて菜食主義に付き合えって?
「きみの主義は尊重するよ。たとえ納得いかないものであってもね」
「納得いかない? どうして? その方が不思議。個人の行動で、世界中で殺戮される動物たちの数を減らすことができる。こんな解り易くて簡単な実践はないじゃない」
「食べられる動物は可哀想で、植物は可哀想じゃないの? 畜産に反対するのに、農業には反対しないんだ? 植物は生き物じゃないの?」
畳み掛けるように訊ねた僕を、コリーヌはスプーンを握り締めたまま、唖然と見つめていた。
「口に入れるものを選ぶことこそ、傲慢じゃない? 人間は食物連鎖の頂点にいる訳じゃない。本来はその輪の中に生きているんだ。生物として弱いからこその雑食じゃないか。そこに在るものの命を頂いて自分自身の血肉とし、人としての身体を造りあげてきたんだ。それが、動物の肉であろうと、魚であろうと、植物であろうとね。だからこそ、人間は地域によって体内の造りも、体内酵素の種類や量も違うんじゃないの」
しんと静まり返った食卓で、饒舌に喋る僕に皆が注目している。
「どうしたの? 食べないと冷めてしまうよ」
動物と人間の道徳的倫理観に因る反対意見は何度も繰り返し聞かされてきたけれど、と前置きを入れてコリーヌの反論が始まる。植物を動物と同等に、あるいは人間と同列に置いて考えるなんて、と予想通りの。動物には知能や感情が有るけれど、植物にはないじゃないのって。
「本気で言っているの? その同じ口でよくアニミズムが語れるね」
いったい彼女の何が、僕をこんなにも苛立たせるのだろう?
お風呂から戻って来た途端に、そのコリーヌに、なんだかよく分からない質問を吹っ掛けられた。
「ちょっと待って。さすがに何か食べないと頭が廻らないよ」
ため息交じりに告げると、バズがくっと噴き出した。
「パンがあるよ」
笑いながら、取り散らかったローテーブルの上の塊を指差している。
「皆はパンだけでいいの? ランチに何か作ろうか? もうこんな時間だし」
「あー、うん、そうだな」
ショーンは頷きながらも、歯切れが悪い。
「オニオンスープ、美味しかったわ」
コリーヌは、嬉しそうに瞳を輝かせている。そう言えば、ミシェルがいない。
「コリーヌはベジタリアン? ミシェルは?」
「そうよ。でも、卵と乳製品はOK。それから、彼は何でも食べるわよ。今は写真を撮りに出てるけど、もう帰って来るんじゃない?」
恋人と別行動なんだ……。彼の場合、仕事半分もあるのかな? そんな感じのことを言っていたような気がする。ネット記事を書いているとか、どうとか。
「ブイヨンも駄目なの?」
「野菜ブイヨンならいいけど」
あるのかな? と、バズに眼をやると、彼は笑って頷き立ち上がった。
「多分あると思うよ。よく遊びに来る父の友人もそうだから。彼が来る時はメニュー選びが大変だって母がボヤいてたもの」
シチューを作りながら、多分、食事中から始まることになるアニミズムに関する議論をシミュレートする。シチューの煮込みに三時間くらいかかればいいのだけれど、残念ながらここには最新家電の電気式圧力鍋がある。マリーの家にもあるのだ。ヒット家電ってやつ。すごく便利。使い方が判らなかったのを以前アンナに教えてもらった。多分、一時間もかからずに出来上がってしまう。
「ベーコンをどうするの?」
「後から足すんだよ。コリーヌの分だけ別に取り分けてさ。きみたち、野菜だけじゃ物足りないだろ?」
調理中もバズはいろんなことを訊いてくる。物珍しくて堪らないって感じで。外国人、とりわけ日本人が珍しいのかも知れない。
留学生ばかりの大学進学準備コースにいる時は、周りも世界中から集まった様々な国籍、人種の学生ばかりだから、余り自分が他人の興味を引く対象だって思うこともなかったけれど。なんだか、変な気分だ。僕の言動で、日本人はこういう人種、なんて変な印象を与えるんじゃないかと心配になってしまう。
今のところ、彼はとても好意的でほっとするけれど。それでも、身が引き締まる思いがする。
テーブルに着くと、案の定コリーヌが文句をつけてきた。皆のシチューにベーコンが入っていたから。
「ちゃんときみの分は別に作ったよ。きみのだけ、ベーコン無しの野菜ブイヨン」
「そうなの? わざわざ面倒なことしなくたって良かったのに」
自分に合わせて菜食主義に付き合えって?
「きみの主義は尊重するよ。たとえ納得いかないものであってもね」
「納得いかない? どうして? その方が不思議。個人の行動で、世界中で殺戮される動物たちの数を減らすことができる。こんな解り易くて簡単な実践はないじゃない」
「食べられる動物は可哀想で、植物は可哀想じゃないの? 畜産に反対するのに、農業には反対しないんだ? 植物は生き物じゃないの?」
畳み掛けるように訊ねた僕を、コリーヌはスプーンを握り締めたまま、唖然と見つめていた。
「口に入れるものを選ぶことこそ、傲慢じゃない? 人間は食物連鎖の頂点にいる訳じゃない。本来はその輪の中に生きているんだ。生物として弱いからこその雑食じゃないか。そこに在るものの命を頂いて自分自身の血肉とし、人としての身体を造りあげてきたんだ。それが、動物の肉であろうと、魚であろうと、植物であろうとね。だからこそ、人間は地域によって体内の造りも、体内酵素の種類や量も違うんじゃないの」
しんと静まり返った食卓で、饒舌に喋る僕に皆が注目している。
「どうしたの? 食べないと冷めてしまうよ」
動物と人間の道徳的倫理観に因る反対意見は何度も繰り返し聞かされてきたけれど、と前置きを入れてコリーヌの反論が始まる。植物を動物と同等に、あるいは人間と同列に置いて考えるなんて、と予想通りの。動物には知能や感情が有るけれど、植物にはないじゃないのって。
「本気で言っているの? その同じ口でよくアニミズムが語れるね」
いったい彼女の何が、僕をこんなにも苛立たせるのだろう?
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