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Ⅲ.春の足音
94 旅12 バズ
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バースは街自体が世界遺産に登録されているのだそうだ。世界一美しい集合住宅で有名なだけあって、ショーンの親戚の家もそんな集合住宅の中にあった。夜陰に紛れて見上げた限りでは、その美しさなんて皆目判らなかったけれど。
ショーンの従弟は、十七歳の高校生だ。ショーンと同じ淡い金髪碧眼で、どことなく彼に似た、好奇心旺盛そうな瞳の活発な感じの子だ。彼の両親は今一週間の旅行中で、彼はAレベルの試験勉強のために一人で家に残っているのだそうだ。
「皆、腹ペコなんだけど、何かないか?」と訊ねるショーンに、日中は試験の為の短期講座に出ていて食事はほぼファーストフードで済ませているので、判らない。自由に使って、と、彼は僕たちをキッチンに案内してくれた。
コリーヌは車の中で爆睡。起こしても起きないので、取りあえず居間のソファーに寝かせている。ミシェルによるとこれも好転反応というやつらしい。ショーンは、彼女のために客室のベッドメイキングに行っている。
僕とミッシェルが、その間に遅い夜食の用意に取り掛かることにした。
確かに、本人が言った通り直ぐに食べられそうなものはない。テーブルの上に乾燥してカチカチになったパンを見つけ、ミシェルを見上げた。彼は口をへの字に曲げてひょいっと肩をすくめた。そして、冷蔵庫を物色している。自由にしていい、と言われても、躊躇なく他人の家の冷蔵庫を開けるのは、なかなか慣れない。でも今はそんなことも言っていられないので、彼の背中越しに僕も中を覗き込んだ。
「フレンチトーストと、オニオングラタンスープのどっちがいい?」
と訊ねると、ミシェルは小首を傾げて怪訝な顔をした。通じてない? フレンチトーストって、フランス料理じゃないのかな?
作り方を説明すると、「あ~! パン・ペルデュ!」と頷きながらも、何だか変な顔をして考えている。
「あれは、おやつだろ」
と、随分経ってから返事があった。確かに朝食ならともかく、夜食には向かないかな。
「じゃあ、スープにするね。簡単だし僕一人で大丈夫だから、コリーヌの様子を見てあげて」と言うと、ミシェルは頷いてキッチンを後にした。
「手伝うよ。何がいるか言って」
ショーンの従弟のバズは、そのまま残ってくれている。
「そこのフードプロセッサーを借りてもいいかな?」
他人の家のキッチンなので、彼がいてくれると気兼ねしなくていい。
きびきびと手伝ってくれたバズのお陰で、三十分も経つ頃には、ほかほかと湯気の立つグラタンスープが出来上がった。
「パンもチーズもまだあるから、おかわりできるよ」
「旨いよ、とっても」
「バズがたくさん手伝ってくれたんだ」
「玉ねぎの皮、剥いただけだよ」
ほぼ喋るのも忘れて食べている三人を、僕はにこにこと眺めていた。この三人って、ショーンと、ミシェルとバズ。コリーヌは起きない。バズも食事は済ませたはずなのに、しっかり食べている。食べ盛りだもんな。きっと、お腹が空いた時はスナック菓子か何かで誤魔化していたんだろうな。そして僕はと言うと、さすがに昼間の不調のせいか、バターたっぷりのスープを飲む気にはなれなかったから、眺めるだけ。
明日の朝の分もいけるかな、と目算していたスープが、あっという間に空になりかかっている。コリーヌの分が無くなりそうだ。もう少し、保存食を物色させてもらう方がいいのだろうか? 食べさせてもらった分は、明日買って返すにしても……。
後、何があっただろう? 缶詰とベーコン、卵……。
でも、食べるだけ食べると、ミシェルは寝室に移したコリーヌの様子を見に行き、ショーンはバズの試験勉強や、他の親戚の話を始めた。
受験期間中の彼の邪魔になってはいけないと、ショーンは直前までここに寄るかどうかを迷っていたんだ。バズの方から、そんな近くに来ているのなら是非泊まっていってくれ。勉強、勉強と煮詰まって、却って集中できなくて困っていたから相談に乗って。と、頼まれてやっと決心したそうだ。
僕は、温泉、温泉と浮かれていたけれど。
受験真っ盛りの子どもを一人置いて旅行に行く両親に、それを当たり前のように受け入れているバズ。彼が短期講習に通っている間、三日おきにハウスキーパーが来て掃除や洗濯はしてくれるらしいけれど……。
しっかり者の印象だけど、まだまだあどけなくも見えるバズを見ていると、自分の受験の時のことを思い返してしまい、なんだか胸が苦しくなった。
ショーンの従弟は、十七歳の高校生だ。ショーンと同じ淡い金髪碧眼で、どことなく彼に似た、好奇心旺盛そうな瞳の活発な感じの子だ。彼の両親は今一週間の旅行中で、彼はAレベルの試験勉強のために一人で家に残っているのだそうだ。
「皆、腹ペコなんだけど、何かないか?」と訊ねるショーンに、日中は試験の為の短期講座に出ていて食事はほぼファーストフードで済ませているので、判らない。自由に使って、と、彼は僕たちをキッチンに案内してくれた。
コリーヌは車の中で爆睡。起こしても起きないので、取りあえず居間のソファーに寝かせている。ミシェルによるとこれも好転反応というやつらしい。ショーンは、彼女のために客室のベッドメイキングに行っている。
僕とミッシェルが、その間に遅い夜食の用意に取り掛かることにした。
確かに、本人が言った通り直ぐに食べられそうなものはない。テーブルの上に乾燥してカチカチになったパンを見つけ、ミシェルを見上げた。彼は口をへの字に曲げてひょいっと肩をすくめた。そして、冷蔵庫を物色している。自由にしていい、と言われても、躊躇なく他人の家の冷蔵庫を開けるのは、なかなか慣れない。でも今はそんなことも言っていられないので、彼の背中越しに僕も中を覗き込んだ。
「フレンチトーストと、オニオングラタンスープのどっちがいい?」
と訊ねると、ミシェルは小首を傾げて怪訝な顔をした。通じてない? フレンチトーストって、フランス料理じゃないのかな?
作り方を説明すると、「あ~! パン・ペルデュ!」と頷きながらも、何だか変な顔をして考えている。
「あれは、おやつだろ」
と、随分経ってから返事があった。確かに朝食ならともかく、夜食には向かないかな。
「じゃあ、スープにするね。簡単だし僕一人で大丈夫だから、コリーヌの様子を見てあげて」と言うと、ミシェルは頷いてキッチンを後にした。
「手伝うよ。何がいるか言って」
ショーンの従弟のバズは、そのまま残ってくれている。
「そこのフードプロセッサーを借りてもいいかな?」
他人の家のキッチンなので、彼がいてくれると気兼ねしなくていい。
きびきびと手伝ってくれたバズのお陰で、三十分も経つ頃には、ほかほかと湯気の立つグラタンスープが出来上がった。
「パンもチーズもまだあるから、おかわりできるよ」
「旨いよ、とっても」
「バズがたくさん手伝ってくれたんだ」
「玉ねぎの皮、剥いただけだよ」
ほぼ喋るのも忘れて食べている三人を、僕はにこにこと眺めていた。この三人って、ショーンと、ミシェルとバズ。コリーヌは起きない。バズも食事は済ませたはずなのに、しっかり食べている。食べ盛りだもんな。きっと、お腹が空いた時はスナック菓子か何かで誤魔化していたんだろうな。そして僕はと言うと、さすがに昼間の不調のせいか、バターたっぷりのスープを飲む気にはなれなかったから、眺めるだけ。
明日の朝の分もいけるかな、と目算していたスープが、あっという間に空になりかかっている。コリーヌの分が無くなりそうだ。もう少し、保存食を物色させてもらう方がいいのだろうか? 食べさせてもらった分は、明日買って返すにしても……。
後、何があっただろう? 缶詰とベーコン、卵……。
でも、食べるだけ食べると、ミシェルは寝室に移したコリーヌの様子を見に行き、ショーンはバズの試験勉強や、他の親戚の話を始めた。
受験期間中の彼の邪魔になってはいけないと、ショーンは直前までここに寄るかどうかを迷っていたんだ。バズの方から、そんな近くに来ているのなら是非泊まっていってくれ。勉強、勉強と煮詰まって、却って集中できなくて困っていたから相談に乗って。と、頼まれてやっと決心したそうだ。
僕は、温泉、温泉と浮かれていたけれど。
受験真っ盛りの子どもを一人置いて旅行に行く両親に、それを当たり前のように受け入れているバズ。彼が短期講習に通っている間、三日おきにハウスキーパーが来て掃除や洗濯はしてくれるらしいけれど……。
しっかり者の印象だけど、まだまだあどけなくも見えるバズを見ていると、自分の受験の時のことを思い返してしまい、なんだか胸が苦しくなった。
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