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Ⅲ.春の足音
88 旅6 予定変更
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ショーンの側のベッドサイドライトが眩しくて、目を開けた。隣のベッドから、ショーンが僕を見ていた。
「おはよう」
声を掛けたけれど、ショーンは寝ぼけていただけだったのか、またすぐに目を閉じ、くるりと寝返りをうって僕に背を向けた。僕も窓に顔を向け、カーテンの隙間から見えるまだ昏い空を確認し、早すぎる目覚めにもうひと眠りしようと目を瞑る。だが、しばらく経っても眠気は戻って来ない。
昨夜は結構話し込んでいて、部屋に戻ったのはかなり遅かった。これでは、三時間くらいしか眠れていないことになる。それなのに目が冴えてしまったのか、もう眠れそうもない。
諦めて、昨夜盛んに震えていた携帯をチェックする。アルビーから不在着信とメールが何通も来ていた。特に内容の無い、「何してる?」とか、「楽しんでいる?」とか、「トラブルはない、大丈夫? 心配だ」なんて短い、何気ないものばかりだったけれど。
気づくのが遅くてごめん、アルビー。宿で知り合った、僕たちみたいなバックパッカーと意気投合して盛り上がっていたんだ。
取りあえず簡単な返信を打って、アルビーが起きる時間になったら電話しよう。予定変更も伝えておかなければ。
明日、ああ、もう今日か。行く予定だったストーンヘンジと周辺遺跡巡りは旅の後半に回し、ショーンの従弟の住むバースへ行く事になったのだ。昨夜知り合った連中が、車で一緒に回ろうと誘ってくれたのだ。便乗させてもらうお礼に、ショーンは従弟の家に、彼らも一緒に泊めてあげることにした。予定は前後するけれど、車だと計画よりも効率的に回れるし渡りに船だろ、とショーンは一応、僕の意向を確認した。
彼らの申し出は僕としても有難い。バースはケルトの聖地で、パワースポットでもある。
それに、ここはパワースポット……、よりも温泉で有名なんだ。温泉だよ、温泉! イギリスで温泉に入れるなんて! もう考えるだけで顔がにやけてしまう。
「何も心配いらないよ。旅行を満喫しています。送信、と」
メールを打ち終え、ボサリッ、と持ち上げていた頭を枕に落とした。
アルビーはやっぱり、僕を小さな子どもか何かのように思っているのかな? ショーンも一緒だし、いったい何を心配することがあるって言うんだろう?
ちょっとだけ、腹立たしい。でも、こうして彼が僕のことを気にかけてくれるのは、やはり嬉しい。
それにショーンに言われた、アルビーの指輪は家族の証だという解釈のお陰で、ほっこり胸が温かくて。
僕はいつしか携帯を握りしめたまま、うとうとと微睡みに落ちていた。
目覚ましの電子音に起こされた。かなりの音量で鳴っていたので、慌てて止めた。ショーンはまだぐっすり眠っている。
朝食の時間までは間があったので、先にシャワーを浴びることにした。
さっぱりして、ふと洗面台の大きな鏡に眼をやった。思わず自分の眼を疑ったよ! 寝起きのぼやっとした頭でいたから、躰を洗っている時もすっかり意識が飛んでいたんだ。
アルビー、酷いよ! こんな恥ずかしい姿で、温泉になんて入れないじゃないか!
後半! 旅行の後半だったら、きっと消えているのに! せっかくバースにまで行くのに! 温泉、温泉が……。
アルビーが僕の躰につけたキスの痕。恥ずかし過ぎて直視できない。
思わずその場にしゃがみ込んで、一人で赤くなっていた。
そうだ……。何も今日、明日に温泉に入らなくてもいいじゃないか。二日、三日経てば消えるはずだ。
ほっとして吐息が漏れる。だけど同時に、これが消えてしまうのもなんだか淋しく、名残惜しくて、僕は腕の内側のアルビーが残した赤い痕に、そっと唇を重ねていた。
「おはよう」
声を掛けたけれど、ショーンは寝ぼけていただけだったのか、またすぐに目を閉じ、くるりと寝返りをうって僕に背を向けた。僕も窓に顔を向け、カーテンの隙間から見えるまだ昏い空を確認し、早すぎる目覚めにもうひと眠りしようと目を瞑る。だが、しばらく経っても眠気は戻って来ない。
昨夜は結構話し込んでいて、部屋に戻ったのはかなり遅かった。これでは、三時間くらいしか眠れていないことになる。それなのに目が冴えてしまったのか、もう眠れそうもない。
諦めて、昨夜盛んに震えていた携帯をチェックする。アルビーから不在着信とメールが何通も来ていた。特に内容の無い、「何してる?」とか、「楽しんでいる?」とか、「トラブルはない、大丈夫? 心配だ」なんて短い、何気ないものばかりだったけれど。
気づくのが遅くてごめん、アルビー。宿で知り合った、僕たちみたいなバックパッカーと意気投合して盛り上がっていたんだ。
取りあえず簡単な返信を打って、アルビーが起きる時間になったら電話しよう。予定変更も伝えておかなければ。
明日、ああ、もう今日か。行く予定だったストーンヘンジと周辺遺跡巡りは旅の後半に回し、ショーンの従弟の住むバースへ行く事になったのだ。昨夜知り合った連中が、車で一緒に回ろうと誘ってくれたのだ。便乗させてもらうお礼に、ショーンは従弟の家に、彼らも一緒に泊めてあげることにした。予定は前後するけれど、車だと計画よりも効率的に回れるし渡りに船だろ、とショーンは一応、僕の意向を確認した。
彼らの申し出は僕としても有難い。バースはケルトの聖地で、パワースポットでもある。
それに、ここはパワースポット……、よりも温泉で有名なんだ。温泉だよ、温泉! イギリスで温泉に入れるなんて! もう考えるだけで顔がにやけてしまう。
「何も心配いらないよ。旅行を満喫しています。送信、と」
メールを打ち終え、ボサリッ、と持ち上げていた頭を枕に落とした。
アルビーはやっぱり、僕を小さな子どもか何かのように思っているのかな? ショーンも一緒だし、いったい何を心配することがあるって言うんだろう?
ちょっとだけ、腹立たしい。でも、こうして彼が僕のことを気にかけてくれるのは、やはり嬉しい。
それにショーンに言われた、アルビーの指輪は家族の証だという解釈のお陰で、ほっこり胸が温かくて。
僕はいつしか携帯を握りしめたまま、うとうとと微睡みに落ちていた。
目覚ましの電子音に起こされた。かなりの音量で鳴っていたので、慌てて止めた。ショーンはまだぐっすり眠っている。
朝食の時間までは間があったので、先にシャワーを浴びることにした。
さっぱりして、ふと洗面台の大きな鏡に眼をやった。思わず自分の眼を疑ったよ! 寝起きのぼやっとした頭でいたから、躰を洗っている時もすっかり意識が飛んでいたんだ。
アルビー、酷いよ! こんな恥ずかしい姿で、温泉になんて入れないじゃないか!
後半! 旅行の後半だったら、きっと消えているのに! せっかくバースにまで行くのに! 温泉、温泉が……。
アルビーが僕の躰につけたキスの痕。恥ずかし過ぎて直視できない。
思わずその場にしゃがみ込んで、一人で赤くなっていた。
そうだ……。何も今日、明日に温泉に入らなくてもいいじゃないか。二日、三日経てば消えるはずだ。
ほっとして吐息が漏れる。だけど同時に、これが消えてしまうのもなんだか淋しく、名残惜しくて、僕は腕の内側のアルビーが残した赤い痕に、そっと唇を重ねていた。
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