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Ⅲ.春の足音
87 旅5 ショーンの彼女
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「別れたんだ」
ショーンは唇をへの字に曲げて肩をすくめた。
「ついて来たいって、煩かったからさ」
僕は意味が解らず、彼の顔をまじまじと見つめた。
「古代遺跡になんてカケラも興味もないくせに、一緒に行くって言い出したから、面倒になったんだよ」
皮肉気に口先を歪め、ぐいっとビールを煽る。
「あーあ、もう一本買っておけば良かったな」
苛立たし気な彼に、僕は何て応えればいいのか判らなかった。
「きみのせいじゃないからさ、気にするなよ」
「どういう意味?」
「もともとあいつはアルビーのグルーピーだからさ、俺よりもきみの方に興味があったのさ。きみの顔も覚えちゃいないくせにね」
苛立たしげに嗤うショーンは、口調とは裏腹にどこか哀しげだ。
なんとなく、初めに危惧したことが当たりだったらしい。彼女は、ショーンや僕を通してもっとアルビーに近づきたかった。だからショーンと付き合っていたと言うことらしい。でも、ショーンはショーンで、薄々解っていながら交際を続けていた。その辺が、僕にはよく理解できない。
「お互いに割り切った付き合いだったからさ、いいんだよ」
と、彼は言うけれど。
「でもきみは、ああいうのを許せるタイプじゃないだろ? 馬鹿みたいに真面目だし。それにきみ、アルビーみたいに上手くあしらえそうにもないしな」
ショーンの言うところによれば、「頭の悪い金髪女」に、自分の聖域にずかずか踏み込んでこられるのは嫌なのだそうだ。はなから彼女に、この特殊な学問の世界を理解できるなどと期待してはいない。興味もないのに自分の世界に首を突っ込まれることも、下心から僕に近づかれることも嫌だったから、って。その為に、僕との関係にヒビが入るようなことがあったら、堪ったものではないから、と。
何と言うか……。
ショーンは友だちとしてはいい奴だけど、女の子にしてみれば、多分、酷い奴だな。口には出さなかったけれど。
「それにな、アルビー・アイスバーグ、俺はあいつのことも嫌いじゃないんだ。初めは噂通りのいけ好かない奴かと思ってたけどさ。いい奴だよな。外見よりずっと真面目で、誠実だ。きみのことをすごく心配してたよ」
ふわりと、今までとげとげしかったショーンの空気が和らいだ。不思議だ。彼女との関係が上手くいかなかったのは、アルビーのせいだって思われたって仕方がないのに。
「彼と話していて、きみの言っていたことも理解できたよ。その指輪の意味もな。家族の一員って証だったんだな。アルビー・アイスバーグの身内にちょっかい掛けるような奴は、うちの大学にはいないもんな」
したり顔のショーンに、僕の方が狐に摘ままれた気分だ。
アルビー、きみはいったいショーンにどんな魔法をかけたの?
以前の彼はアルビーに対して、まるでセレブのゴシップ記事でも見るような、下賤な好奇心を向けていたのに。彼女のことは悪し様に言うくせに、アルビーの悪口は丸きり出て来ない。僕とのことを勘ぐるような言葉も……。
なんだか逆に彼を騙しているような気分になって、居た堪れない。
あんなふうに彼女の悪口を言っていても、ショーンはやっぱりその彼女のことが好きだったのではないかと思う。なんとなくだけど。
でもそれ以上に、僕たちの興味は、普通の人にとって特殊で、興味本位に触れて欲しくない、馬鹿にされたくない、そんな側面を持っていて。ショーンがこの旅に彼女を加えることを躊躇した気持ちも、解る気がするんだ。それに、おそらく彼女と上手く向き合えないに違いない、僕を気遣ってくれた気持ちも。
そして、ショーンがアルビーの事を「いい奴だ」って言ってくれた事が、何よりも嬉しくて。
「エールを奢るよ。そんなことくらいしかできないけど」
とってつけたような笑みを無理に作った僕に、彼もどこか照れたような微笑みを浮かべて頷いてくれた。
「そうだな、飲み直すか!」
三月もじきに終わる。でも、春の夜はまだまだ肌寒くて。冷え込んできた夜気にぶるりと身を震わせた。
パブに入って飲み直そう。ショーンにはエールを。僕はコーヒーを。夜はまだまだ長いのだ。
ショーンは唇をへの字に曲げて肩をすくめた。
「ついて来たいって、煩かったからさ」
僕は意味が解らず、彼の顔をまじまじと見つめた。
「古代遺跡になんてカケラも興味もないくせに、一緒に行くって言い出したから、面倒になったんだよ」
皮肉気に口先を歪め、ぐいっとビールを煽る。
「あーあ、もう一本買っておけば良かったな」
苛立たし気な彼に、僕は何て応えればいいのか判らなかった。
「きみのせいじゃないからさ、気にするなよ」
「どういう意味?」
「もともとあいつはアルビーのグルーピーだからさ、俺よりもきみの方に興味があったのさ。きみの顔も覚えちゃいないくせにね」
苛立たしげに嗤うショーンは、口調とは裏腹にどこか哀しげだ。
なんとなく、初めに危惧したことが当たりだったらしい。彼女は、ショーンや僕を通してもっとアルビーに近づきたかった。だからショーンと付き合っていたと言うことらしい。でも、ショーンはショーンで、薄々解っていながら交際を続けていた。その辺が、僕にはよく理解できない。
「お互いに割り切った付き合いだったからさ、いいんだよ」
と、彼は言うけれど。
「でもきみは、ああいうのを許せるタイプじゃないだろ? 馬鹿みたいに真面目だし。それにきみ、アルビーみたいに上手くあしらえそうにもないしな」
ショーンの言うところによれば、「頭の悪い金髪女」に、自分の聖域にずかずか踏み込んでこられるのは嫌なのだそうだ。はなから彼女に、この特殊な学問の世界を理解できるなどと期待してはいない。興味もないのに自分の世界に首を突っ込まれることも、下心から僕に近づかれることも嫌だったから、って。その為に、僕との関係にヒビが入るようなことがあったら、堪ったものではないから、と。
何と言うか……。
ショーンは友だちとしてはいい奴だけど、女の子にしてみれば、多分、酷い奴だな。口には出さなかったけれど。
「それにな、アルビー・アイスバーグ、俺はあいつのことも嫌いじゃないんだ。初めは噂通りのいけ好かない奴かと思ってたけどさ。いい奴だよな。外見よりずっと真面目で、誠実だ。きみのことをすごく心配してたよ」
ふわりと、今までとげとげしかったショーンの空気が和らいだ。不思議だ。彼女との関係が上手くいかなかったのは、アルビーのせいだって思われたって仕方がないのに。
「彼と話していて、きみの言っていたことも理解できたよ。その指輪の意味もな。家族の一員って証だったんだな。アルビー・アイスバーグの身内にちょっかい掛けるような奴は、うちの大学にはいないもんな」
したり顔のショーンに、僕の方が狐に摘ままれた気分だ。
アルビー、きみはいったいショーンにどんな魔法をかけたの?
以前の彼はアルビーに対して、まるでセレブのゴシップ記事でも見るような、下賤な好奇心を向けていたのに。彼女のことは悪し様に言うくせに、アルビーの悪口は丸きり出て来ない。僕とのことを勘ぐるような言葉も……。
なんだか逆に彼を騙しているような気分になって、居た堪れない。
あんなふうに彼女の悪口を言っていても、ショーンはやっぱりその彼女のことが好きだったのではないかと思う。なんとなくだけど。
でもそれ以上に、僕たちの興味は、普通の人にとって特殊で、興味本位に触れて欲しくない、馬鹿にされたくない、そんな側面を持っていて。ショーンがこの旅に彼女を加えることを躊躇した気持ちも、解る気がするんだ。それに、おそらく彼女と上手く向き合えないに違いない、僕を気遣ってくれた気持ちも。
そして、ショーンがアルビーの事を「いい奴だ」って言ってくれた事が、何よりも嬉しくて。
「エールを奢るよ。そんなことくらいしかできないけど」
とってつけたような笑みを無理に作った僕に、彼もどこか照れたような微笑みを浮かべて頷いてくれた。
「そうだな、飲み直すか!」
三月もじきに終わる。でも、春の夜はまだまだ肌寒くて。冷え込んできた夜気にぶるりと身を震わせた。
パブに入って飲み直そう。ショーンにはエールを。僕はコーヒーを。夜はまだまだ長いのだ。
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