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Ⅱ.冬の静寂(しじま)
74 イン3
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「でも、約束したじゃないか」
僕はどうにも居た堪れない思いで呟いた。
「その方が解らないよ。コウは僕のことが好きだからOKしたのだと思っていた。でも、試してみたらやっぱり無理でってことなら、それでいいんだ。僕は無理強いしたい訳じゃないもの」
ごろりと俯せになって、アルビーは肘で頬を支えて僕の方に顔を向けた。その腕に絡み付くシダの濃い緑が、彼の面に陰を刻む。
「でも、それとも違うみたいだね。コウは、僕がっていうよりも、こういう行為そのものが怖いの?」
どうだろう? そうかも知れない。でも……。
「アルビーが怖いんだと思う。こうやって、きみの体温を感じられる距離にいるだけでもう駄目だもの」
「駄目って?」
「手を握られるのも、頭を撫でられるのも、肩を抱かれるのも全部駄目だよ。僕はアルビーの触れる先から、とろとろに溶けていくんだもの。きっとそのうちに形も無くなるくらいに溶かされて、僕は僕じゃなくなるんだ」
アルビーのしなやかな指先は、いつだって僕の中に火を点す。その一点から立ち上がる焔で僕は熔解し始める。どろどろに溶けて再び凝固できたとしても、きっとそれはもう僕じゃない。きっと、たった今、アルビーが僕にしようとしたような、彼の手によって捏ねられ作り変えられた僕になる。
「そしてきっと、僕は何もかも忘れてしまうんだ。何のためにイギリスに来たのか。何を学ぼうとしていたのか。すべて忘れて、アルビーのことしか考えられなくなってしまうんだ」
「ずっと、そんなふうに思っていたの?」
アルビーの指が伸びて来て、薬指の火蜥蜴が、僕の頬を擦る。僕に嘘をつかせないために。
だから僕は頷いた。正直に。こんな身勝手なことを言って彼に嫌われてしまっても仕方がない。自業自得だ。
「それなら、どうして……、て、堂々巡りだね」
アルビーはまた寝返りを打って、天井に顔を向ける。
「僕はコウのことが好きだから、もっとコウのことが知りたい。ちゃんと躰でも繋がりたい。でも、きみに愛を恵んで欲しい訳じゃないし、嫌がるきみから愛を奪い取りたい訳でもないんだ」
アルビーは優しく目を細めて、苦笑を浮かべて僕を見た。そして横向きになると、腕を伸ばして僕の髪をゆっくりと梳いた。
「僕の手でとろとろに蕩けるコウを見てみたいけれど、それ以上に、きみに僕を欲しいと思ってもらいたいんだ」
そう言いながら、彼は首筋に腕を差し込んで折り曲げ、僕の頭を引き寄せた。
「おいで」
僕は彼に逆らえない。
「僕の背中に腕を廻して」
言われた通りに腕を廻して、彼の背中を抱き締めた。
「温かいだろ? コウが僕の熱で溶ける時には、僕だって同じようにコウの熱で溶けているんだ。混じり合って一つになるんだよ。でも、そうやって溶け合った後でも、コウはコウで、僕は僕だよ。自分がなくなる訳じゃない。だから何度でも確かめ合うんだ。一瞬が永遠に変わるまで」
アルビーが囁く度に、彼の胸に茂るシダの葉が、その言葉に乗ってさわさわと揺れる。葉の上に頬を付け、細くとがった爬虫類の歯のような一枚一枚を指でなぞった。背中にも、同じようにシダの葉が茂っているのだろうか? 見える訳でもないのに、僕は手のひらで背の上のシダを探した。シダの葉の奥に隠れるアルビーを探した。
だからもう、アルビーが同じように僕を探しても、怖くはなかった。アルビーの手で溶かされていく自分を、もう、怖いとは思わなかったんだ。だって、僕はアルビーの森の中。吹き上げるマグマに熔解されても、シダの生い茂る大地に包まれ、何度でも生成される。枯れては芽吹く樹々のように、繰り返される命の営み。太古から連綿と続く生の儀式を、僕もまた踏襲しているだけなのだ。
僕はどうにも居た堪れない思いで呟いた。
「その方が解らないよ。コウは僕のことが好きだからOKしたのだと思っていた。でも、試してみたらやっぱり無理でってことなら、それでいいんだ。僕は無理強いしたい訳じゃないもの」
ごろりと俯せになって、アルビーは肘で頬を支えて僕の方に顔を向けた。その腕に絡み付くシダの濃い緑が、彼の面に陰を刻む。
「でも、それとも違うみたいだね。コウは、僕がっていうよりも、こういう行為そのものが怖いの?」
どうだろう? そうかも知れない。でも……。
「アルビーが怖いんだと思う。こうやって、きみの体温を感じられる距離にいるだけでもう駄目だもの」
「駄目って?」
「手を握られるのも、頭を撫でられるのも、肩を抱かれるのも全部駄目だよ。僕はアルビーの触れる先から、とろとろに溶けていくんだもの。きっとそのうちに形も無くなるくらいに溶かされて、僕は僕じゃなくなるんだ」
アルビーのしなやかな指先は、いつだって僕の中に火を点す。その一点から立ち上がる焔で僕は熔解し始める。どろどろに溶けて再び凝固できたとしても、きっとそれはもう僕じゃない。きっと、たった今、アルビーが僕にしようとしたような、彼の手によって捏ねられ作り変えられた僕になる。
「そしてきっと、僕は何もかも忘れてしまうんだ。何のためにイギリスに来たのか。何を学ぼうとしていたのか。すべて忘れて、アルビーのことしか考えられなくなってしまうんだ」
「ずっと、そんなふうに思っていたの?」
アルビーの指が伸びて来て、薬指の火蜥蜴が、僕の頬を擦る。僕に嘘をつかせないために。
だから僕は頷いた。正直に。こんな身勝手なことを言って彼に嫌われてしまっても仕方がない。自業自得だ。
「それなら、どうして……、て、堂々巡りだね」
アルビーはまた寝返りを打って、天井に顔を向ける。
「僕はコウのことが好きだから、もっとコウのことが知りたい。ちゃんと躰でも繋がりたい。でも、きみに愛を恵んで欲しい訳じゃないし、嫌がるきみから愛を奪い取りたい訳でもないんだ」
アルビーは優しく目を細めて、苦笑を浮かべて僕を見た。そして横向きになると、腕を伸ばして僕の髪をゆっくりと梳いた。
「僕の手でとろとろに蕩けるコウを見てみたいけれど、それ以上に、きみに僕を欲しいと思ってもらいたいんだ」
そう言いながら、彼は首筋に腕を差し込んで折り曲げ、僕の頭を引き寄せた。
「おいで」
僕は彼に逆らえない。
「僕の背中に腕を廻して」
言われた通りに腕を廻して、彼の背中を抱き締めた。
「温かいだろ? コウが僕の熱で溶ける時には、僕だって同じようにコウの熱で溶けているんだ。混じり合って一つになるんだよ。でも、そうやって溶け合った後でも、コウはコウで、僕は僕だよ。自分がなくなる訳じゃない。だから何度でも確かめ合うんだ。一瞬が永遠に変わるまで」
アルビーが囁く度に、彼の胸に茂るシダの葉が、その言葉に乗ってさわさわと揺れる。葉の上に頬を付け、細くとがった爬虫類の歯のような一枚一枚を指でなぞった。背中にも、同じようにシダの葉が茂っているのだろうか? 見える訳でもないのに、僕は手のひらで背の上のシダを探した。シダの葉の奥に隠れるアルビーを探した。
だからもう、アルビーが同じように僕を探しても、怖くはなかった。アルビーの手で溶かされていく自分を、もう、怖いとは思わなかったんだ。だって、僕はアルビーの森の中。吹き上げるマグマに熔解されても、シダの生い茂る大地に包まれ、何度でも生成される。枯れては芽吹く樹々のように、繰り返される命の営み。太古から連綿と続く生の儀式を、僕もまた踏襲しているだけなのだ。
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